蠱毒の王!
聞仲を倒したナタク。
しかし揺れる城の。
戦況は、この城の主にて真王。
紂王!
わ、私は姜子牙
「うっ、うわぁあああ!」
「ご主人様ぁああ!」
私と四不象は崩壊する殷国城の天井を抜けて、屋上へと飛び出すと、強い力に引っ張られてしまう。
「逃がさないよ」
紂王の身体を覆う血蒸気は、足下を溶解させ、更には城全体を縦に揺らした。
「四不象!力付くで逃れるぞ!」
「は、は~い!」
私は印を結んで、集中し唱える。
「聖獣変化唯我独尊!」
私の身体にオーラの塊となった四不象が吸い込まれるながら消えると、漲る力が紂王の拘束を破りながら急上昇した。
「ゼェゼェゼェ~」
(ご主人様!逃げて)
「えっ?」
紂王が私に掌を向けると、巨大な血漿が塊となった掌が逃げ場を塞ぐように閉じていく。
「こ、これはヤバいぞぞぞ!」
私は咄嗟に打神鞭を抜くと、忌眼の力を解放させて振り払った。
「打神鞭!拡散血雷撃」
私を中心に拡散する鮮血の雷撃が一瞬だけ閉じる掌を止めると、その指の隙間をすり抜けるように脱出する。閉じた巨大な掌が強烈な衝撃を波紋の如く広がり、その波に飲み込まれながら私は吹き飛ばされた。
「うわぁあああ!」
な、何て出鱈目なんだ。
これが倶利伽羅の真王の力なのか?
張奎や趙公明、聞仲も出鱈目だと思ったが、ここまで規格外ではなかった。
何故なら奴らは攻撃をすれば、多少なりともダメージは残ったはず。
しかし今の紂王には何をしても、仮に攻撃を当てられたとしても、倒せる気がせん。
「ど、どうしたら良いのだ」
すると紂王は笑みを見せながら答えた。
何故かその表情には諦めと、悲しさが見てとれた。
「私の力は、封じ込めていたんだ。この力は無限の繁殖力を持つから。この世界を滅ぼす事が容易い程に」
「?」
「それが今、解かれたようだよ」
「どういう意味だ?」
「聞仲の気配が消えたようだ。奴には私の力を封じていた。奴が私の力を抑えるための封印だった。それが今、消えたようだ」
すると紂王の額が割れて、第三の眼が光輝く。
しかもあの輝きは忌眼の輝き!
「な、ナタクが聞仲を倒したのか?こ、これは素直に喜べんぞ」
何故なら、紂王を倒す唯一の手段が今、失われたようだから。
つまり紂王を倒すには、聞仲を先に倒しては駄目だったのだ。
奴を残して、先に紂王を倒さねばならなかった。
それは後にも先にも、今となっては元の木阿弥。
後悔先に立たず。
私は涙目で頬から冷や汗をたらす。
「姜子牙。私はもう疲れたよ。もう何もかも消し去ってしまいたい。この沸き上がる憎悪を、もう抑えておく必要がないのだから。妲己のいないこの世界はもう・・・消し去る他にないのだから」
「えっ?」
その時、地上で起きている状況に気付いてはいなかった。
(ご、ご主人!し、下!下!)
「へっ?」
私が地上を見ると、何かが広がって見えた。
それは赤い血漿?
何かが炸裂しながら赤い霧が充満しながら広がっていたのだ。
「あ、アレは?」
更に紂王城が揺れだし、崩れながら、蒸発しながら、そして噴き出しながら集まっていく。
それは紂王を中心に渦を巻く。
「な、何が起きている?わからん!まだ何か起きるのか?これ以上絶望的な事が?」
「ぐぉおおおおおおお!」
「!!」
今度は紂王が苦しみ出し始める。
「この私の孤独が世界を滅ぼす」
その時、私の頭の中に声がした。
(真王とは蠱毒の王を意味する。蠱毒とは何か知っておろう?)
「えっ?」
蠱毒とは、猛毒を持った無数の害虫を一つの壺に閉じ込め、共喰いをさせながら一匹になるまで争わせる。すると最後に残りし一匹は、何者も触れられぬ猛毒を持つ蠱毒の王となるのだ。
「そ、それってつまり・・・」
察した。
この新生殷国は、巨大な壺のようなもの。
そして集められたのは神を殺す猛毒を持つカミシニなる災害者。
そして今、その壺の中に集められて、生き残った者こそ、蠱毒の王!
「蠱毒王が目覚めると言うのか」
直後、私は身震いした。
その強烈な視線に!
ゆっくりと、ゆっくりと視線の先に向かって見上げた時、そこには巨大な、天を覆う程の眼が私を見下ろしていたから。
「まさか?紂王は世界の中心とでも言うのか!」
逃げ場なんて、もうこの地上世界には存在しないと言うのか?
すると身体を押し潰すような圧力が降りてくる。
それは隕石のような燃え盛る物体。
紂王の尾であった。
「うわあぁあああ!」
視界は全て絶望的だった。
逃げ場なんて、何処にもない。
全速力で飛んだとしても、助かるなんて思えない程、天は覆われていた。
しかも今にも落下しそうな圧を受けた状態で、何が出来る?
「くそぉ!しゃらくせぇ!」
私は落下してくる尾を迎え撃つ事に決めた。
「私の忌眼よ!限界まで解放しろ!」
私の瞳が銀色に光輝き、全身を覆いながら鋭くも閃光の如き矢のように突っ込んでいた。
「逃げられぬなら、ぶち抜いてやるぞ!」
強い衝撃が全身を震わせた。
振り回されるように、自分自身が何処をどう飛んでいるのかわからないまま、気付くと地面に向かって急降下していた。
「うわぁあああ!」
も、もう駄目だ。
身体の自由が効かない遠心力に、指一つ動かせないまま地面に直撃し、恐らく姿形残らず潰れてしまうのだろう。そう覚悟した時、私は地上から昇って来る猛火に飲み込まれた。
それは熱く強い炎。
しかしその炎は私を焦がす事なく、私の急降下を止めて宙に止めたのだ。
そして私は気付く。
力強い腕に掴まれ、支えられている事に。
「待たせたな。姜子牙!ここから先は一人じゃないぞ。この俺が共に戦うから」
その声は?
私は直ぐに気付いた。
私と別れた時とは全くの別人?
いや?そう思えるほど逞しく見違えた。
「張奎 を倒したのだな」
「苦戦したけどな」
「大したもんだよ!黄天下!」
その炎の主は黄天下。
倶利伽羅の力を持つ張奎を相手にするため単身一人で残り、私を先に向かわせてくれた。
そして見事に張奎を倒して、生きて私のもとに現れたのだな。
「ん?それは?」
すると黄天下の手に握られた打神鞭に気付く。
それは?
「これか?張奎を倒した後に、奴の部屋に置かれていたのを拝借して来たんだよ」
黄天下が打神鞭を振り回すと、それは燃え盛る炎を噴き出して炎の壁を作る。
「張奎の奴は剣士だったからな。恐らく鞭の使用はせずに保管していたのかもな」
「あはは」
すると私も打神鞭を振り回して雷を呼び込むと、炎と雷が絡み合うように上昇し、強烈な閃光を放ち、再び降りて来た尾を粉砕した。
降り注ぐ血の雨の中に、巨大な深紅の九尾の頭上に騎乗した紂王が私達を見下ろしていた。
「天を覆っていたのは幻だったのか?」
「あながち幻とも言えまい。少なくともあの紂王からは、地上界を消滅させられる力を感じるからな」
唾を飲み込む私は、黄天下から感じる迷いのない強い意思を持つ風格に驚きを感じていた。
「あの者は世界を滅ぼす。そんなのは本当の王ではない!少なくとも俺は、この地上世界を守る王になってやる!だから姜子牙!俺に力を貸してくれるな?」
黄天下の背中も、意思の籠った声も、頼もしく引っ張られる。
この者こそ、私が仕える真の王。
だったら、私が必ず王にしないといかん。
「当然だ!」
世界を統べ、その中心に現れし蠱毒の王。
そして私という仲間を傍らで戦う成長した黄天下。
この戦いで真の王が証明されるだろう。
次回予告
紂王に挑む姜子牙と黄天下。
しかし相手は、あまりにも強大だった。




