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彼女との記憶

作者: J.

私はかつて、彼女に恋をしていた。


 私が彼女に出会ったのは、一番古い記憶で確か小学生3年生の頃である。その頃の私は無口と言うよりは人見知りな性分であり、教室の隅で本を静かに読むような人物であったと思う。それでも数少ない友人と外で遊ぶ事もあり、極々普通の小学生だった。


 そんな私も、淡い恋心を持つ機会があった。冒頭の彼女の事である。


 彼女は夏休みの終わりにやって来た。彼女の家は親の仕事の都合でよく各地を点々としており、親や学友の噂によれば中々苦労しているという話だった。今回もきっと直ぐに転校しまうだろうと誰もがそう思っていたが、しかし珍しい転校生という存在を自由気ままにさせて放置する訳がない。小学生とは新しいモノと光るモノが好きなのである。

 また、これは後程気づいたのであったが、転校していく内に身に着いたと思われる彼女の沈着かつ気さくな態度が幸いし彼女は忽ち教室に馴染んだのだった―――しかし、私との関係を除いて。

 これは明らかに私のミスである。

 彼女の身の上の事情は彼女が一番良く知っている。きっと彼女は短い期間の中、少しでも早く皆と仲良くなりたかったのだろう。わざわざ皆に名前や好きなモノを聞いて回っていた。当然、私の番が来る。彼女は私に言った。

「君、名前は?」

 この時私はひどく緊張していた。何分人見知り、ましてや'女の子'との交流など一切ない。これは今では大分緩和されたとは言えども私の悩みの一つであり、人が大勢いる中で特に異性を前にすると言葉が出ないのだ。こんなことはこの時は思いもしていないし、理解もしていない。が、私は下を向くと顔を赤くし、石の如く口を横にしていた。むしろ話しかけないでくれとあからさまに本を読んでいるフリをしていたような気もする。

 その後彼女は私に何度か話しかけたが、暫くすると少し不機嫌になり、去ってしまった。


 変化が訪れるのは、彼女が引っ越すと聞いた一ヶ月前―――寒さが肌を刺すころである。

 昼休み中、私はその時ハマっていた小説、それはある大学生が理想の学生生活を求め何度も時間を巻き戻すと言う内容、を読んでいた。きっと大学生と言う未知の世界、大人に近く大人でない世界への憧れと、この主人公の"理想の学生生活"に無意識ながら感じる処があったのだろう。最後は常にハッピーエンド、その位が丁度良い。

 この頃には、私は内なる彼女への思いに気付いていた。彼女の黒く長い髪、一般的に見ても整った顔立ちをし実に可愛らしくその朗らかな性格は人を惹き付けるモノがあり、既にクラスの男子には密かに人気を得ていた為、私がそう思うのも仕方なかろう。しかしそれは永遠に心の奥底に封じられ、何重にも鎖で縛りそして時間的縦深によって影も形で忘れ去られるべき事柄であるとその時は信じていた。現実は小説のようにはいかない。私の人生に黒髪の乙女は訪れないのだ。そう考えつつ、近頃流行ってきた風邪で休んだ友人達を憂いながら、私は読んでいる本の内容と文章の軽快さ、その言葉遊びの上手さに少し笑いが漏れる。明らかに端から見れば気持ち悪い光景。そんな中、彼女は私の本に興味を示したようだった。

「ねえ、何の本を読んでいるの?」

 私は急に話し掛けられ、少々びっくりしたが、周りはほとんど外へ遊びに行った事で私にも少し余裕が出来た。

「―――、だけど」

へー、と彼女がは言う。何がへえだと思ったが特に何も用はなさそうなので、視線を元に戻そうとした時だった。

「面白いよね、それ」

「へ?」

「いやだから……」

私は初めてこの本を読んだ同い年を見た。彼女はさらに、

「特に第四章が面白いと思うの。あの主人公がまさか自分の部屋で遭難するっていう意外な展開が・・・」

この時嬉しさのあまり我を失っていたのであろう。周りが腕白少年ばかりの中、本の虫であった私には同じく読書を趣味とする同士には恵まれていなかった為につい彼女の手を握り、目を輝かせながら「だよね!」

と叫んだ。

 彼女は私の変貌に少々困惑したが、次第に落ち着きを取り戻し互いに少し話をした。どうして初めて会ったときは話す素振りさえ見せなかったのかと聞いてきた彼女に、「私はあがり性で話すことがそこまで得意ではないのだが、しかし好きな事となると気持ちが昂ってああなってしまうのだ」と返すと、何故か彼女は軽快に笑った。

「君、面白いね」

「僕としては、普通なんだけど」

「初めて見たタイプだよ。小学生なんてみんな社交的じゃない?」

仕方ないじゃない、こう言う性格なのだから。空を飛ぶ鳥に何故お前は飛べるのかと聞くようなものだと、言い訳がましく恥ずかしい思いをしていると

「ねえ、私って後一ヶ月で引っ越しちゃうんだけどさ、今からでも友達にならない?」

と聞いてきた。引っ越すことは知っていたが、まさか彼女との交友関係が今さら成立するとは思いもしなかった。しかしこういう機会はこの後起こらないだろうから、と思いながら

「ええ、もちろん。喜んで」と答えた。


 それから彼女はとは友人となった。短い期間であったが彼女の家で互いに好きな本を紹介したり、家に招待し炬燵に入りながら映画鑑賞をしたり過ごした。不思議と一緒に過ごす内に彼女は私以外の友人と過ごすことは少ないことに気づいた。疑問に思ったので彼女にそれを聞いてみると

「案外世知辛いものよ、交遊関係って」

と言った。その表情はどこか諦念じみたモノがある。

「そう言うものかい?」

「うん。だって、今まで誰一人として引っ越した後に連絡をしてくれた人はいないもの」

それは辛いな、と言うと

「そうでもないよ。私、あまり友達は作らないから」

と思いもしない答えが返ってきた。私は内心大変驚きつつ平静を装っていた。彼女の学校での立ち回りは実に見事と思うほかなく、様々なクラスメイトと鮮やかな会話を繰り広げ、かといって誰かをないがしろにすることなくクラス内に見事な調和を生み出しているように思えたからからだ。

「それにしては随分周りが華やかじゃないか」

「あれは一種の社交辞令。あれも含めるならたくさんいるね」

これがコミュニケーション強者か……と感心してしまう。しかしつまるところ

「僕は例外な訳だ、うれしいな」

とそのような意味に取れると考えると、独り言が聞こえたのかそうよ、と彼女は微笑む

「では例外らしく、君が引っ越した後も、交遊を続けて見せようじゃないか」

そう胸を張って見せた。義理と人情を守る事だけは自身があるのだ。そうしないと数少ない友人達にも見捨てられそうな気がする。

「……今さらだけど、何でそんな話方なの?」

「多分祖父母に可愛がられたからだ」

あっそう、と彼女は興味無さげに言う。そっちが聞いたんじゃないかと悲しくなってしまった。

「あ、そうそう」

「何?」

「君、引っ越しする際は頼むから引っ越し先の住所を教える事、忘れないでくれよ?」

彼女は目を丸くすると、わかったよと寂しそうに笑った。



 3週間が経ち、彼女が発つときが近づいて来た。彼女の家族は引っ越す一週間前には段ボールに荷物を詰め始め、少しがらんとした居間―――流石に彼女の部屋は遠慮していた、これは彼女の家での暗黙の了解だった―――で何時ものように駄弁っていた。流石に初めの頃のように異性の友人宅に伺った時の緊張はない。既に彼女の母とも何回か話し、〇〇といつも仲良くしてくれてありがとうね、と互いに言葉を交わし少なくとも友達であると認識されたことは確かであったようだ。

 いつもは楽しい時間を過ごしているのだが、今日が恐らく彼女の家に訪れるのも最後になるのだと思うと、来週には彼女がいなくなる事実が急に現実のモノとして私に襲い掛かり、私の心に暗い影を落としていた。しかし、私は明るく振まうことしか出来ない。せっかく彼女と過ごすのだからちゃんと遊ばないと彼女にも失礼に思えた。

 話し始めてから数時間後、流石に話す内容もボチボチと無くなり、私たちの間には無音が漂っている。私は努めて今の心情を彼女にバレない様に心がけた。別れるなら笑って別れたいのである。しかし、彼女は何かを察したのか、ボソリと呟く。

「……後、一週間だね」

私は何も言えずにいた。そう、後一瞬間なのだ。どんなに想っていても、彼女はいなくなる。

「ねえ、前の事、引っ越しても友達でいてくれるってことは、まだ有効?」

「当たり前じゃないか」

「じゃあ、君の家の住所も教えて?」

私は何も言わず、紙に住所と電話番号を書いて彼女に渡した。電話番号は隣町の図書館に電車で向かう際に、親に持たされたものである。

「住所だけでいいのに」

「いいじゃないか、ついでだ、ついで」

彼女は フフ、と笑う。その時私は強く言い様のない痛みを胸に感じていたを感じた。それは吐き出せない苦しみ、伝えたら全て終わってしまうような、どうしようもない寂しさ。思えば私が初恋を抱き、さらに此処まで仲良くなった異性の友人は彼女が初めてだった。好き以前に友人として、本という趣味を共有してくれる数少ない友人だ。私がどんな顔をその時していたかは定かではない。

「何、私がいなくなると寂しいの?」

彼女は慣れているのか、小馬鹿にしたような顔で何て事ない風に言う。

「大丈夫よ、君は私と交際し続けてくれるんでしょう?」

「勿論だとも」

私は力強く頷いた。当然のことだった。

「なら、大丈夫よ」

そういうものか、と考えた。


その後、何事もなく時は過ぎて彼女は一週間後に引っ越した。引っ越す直前、彼女は私に「またね」と言った。不思議と悲しくはない。少なくとも私と彼女の間では「またね」なのだ。私は彼女の行き先を知っている。注意深く、切れないように慎重な扱いを要求される縁だが、私は決してそれを手放すことはないだろう。

 早速家に帰って、早速手紙をだそう。お別れ会で泣いていた同級生達に対し、私は確かに彼女と繋がりを持っている。そう思うと、幾分余裕が出てくるものだ。家に帰り親に便箋と切手をせがむ。親は急な息子の態度を訝しんだが、事情を話すと了承してくれた。


さて、初めは、

―――

拝啓 〇〇様―――

―――





 今も約束通り彼女と交際は続いている。あれから我々も成長したし、世の中も変わった。携帯電話から機種がスマートフォンに代わり、SNSを使うようになっても、彼女との手紙は途切れる事は無かった。(勿論、互いにSNS上でもやり取りはしているが)

 我々が別れて暫く後、私は彼女に何故私と友達になったのかを聞いた。すると一文だけ「ギャップが面白かったからだ」と返ってきた。小学校で初めて逢って、その後に友達にならない?と聞かれた時と全然態度が違う事が、どうやらお気に召したらしい。

 今彼女は九州にいる。関東からはかなり遠いが、手紙を見る限り元気そうだ。私は未だに彼女に恋しているはずだ。断定出来ないのは彼女とのこの関係があまりに特殊だからだろう。恋とかそう言う関係じゃなく気のおけない親友と言った所なのだから。

 そんな彼女だが、今度関東に遊びに来るそうでその時久しぶりに会おう、となった。写真などで彼女の今の姿も知っているが、生は初めてだ。以前私からも何回か会いに行こうと考えたのだが、流石に学生の身分だと難しい。

「……一体どんな会話をすれば良いのか。気まずい空気にならなければいいが……」

文通やSNSでは互いにやり取りをしているが、実際彼女が今の私の事をどう思うかは分からない。今でも私の事を友達だと考えているだろうか?彼女は美人だから今では私より友人の数も多く、もしかしたら教えてくれないだけで彼氏などもいるかもしれない。もしいるのなら、少し残念だがそれはそれで面白い。馴れ初めなど問い詰めたら一体どんな反応するのだろう。そう考えると今から楽しみに想える。






その後、彼女とどういう関係になったのかは想像にお任せする。

一つ言うのであれば、今でも彼女とは仲がいいという事だけ教えておこう。


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