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照りつける太陽、それによって熱を持つ地面。体育祭当日、何のために一学期に開催しているのか分からないほどの熱気だ。
そんな中、俺は実行委員をやらされている訳だが。
「貴様ら!今日はしっかりと働け!働いて働いて絶対に成功させてやるぞ!」
何なんだこいつは。
教員用のテントの前に集合させられた実行委員一同の眼の前で、突然と一人の教員が声を張り上げる。
体育教師の鬼頭先生、通称赤鬼だ。
当然ながら俺を含めた一般学生、主に帰宅部などは萎縮して、思わず集団の後ろに隠れてしまうのだが、田中等を含めた運動部は、萎縮する様子も無く、赤鬼を真っ直ぐ見て大きく返事をした。運動部の返事は、地面を揺らす程大きなものだった。
しばらく赤鬼の言葉を聞き流し、今日の作戦について、逸島に言われた事を整理してみる。
と言っても、逸島から言われた仕事はそんなに多くはない。もっと言えば、一つだけである。
赤鬼の今日一日の様子を探る事。
何とも絞られた指令だが、どうやらこれが重要な事らしい。
赤鬼が鍵を握るようだが、果たして何が重要なのか少し分かりかねている。逸島の言葉足らずな部分が否めない。短い文から、その意味をいちいち解読しなければならないのだから。
さて、取り敢えずは赤鬼にも、逸島にも、睨まれない程度には仕事に励むとするか。
☆
幸いにも、俺が担当する箇所は、教員用テントの隣にある、簡易保健室のテントだった。しかも、今の所忙しくなる気配もなく、悠々と赤鬼の様子を探る事が出来た。
だからと言って、何かを探る事が出来た。なんて事は無いのだが。細かい所を言うのであれば、赤鬼は自分のクラスとか関係なく、器用にバランスをとって応援をしている人だと分かった。こう言うところで変に器用な人なのかも知れない。
「あら、暇そうね委員さん」
赤鬼の観察を続けているところ、急に後ろから話しかけられて椅子から跳ね上がってしまった。パイプ椅子が悲鳴をあげる。同時に俺も変な奇声を漏らしてしまう手前まで来ていた。
後ろを振り返って確認すれば、声の主は逸島だった。
「なんだよ逸島、もう中間報告かよ」
まだ一競技も終わってない段階で見に来たなんて、フライングし過ぎではないだろうか。だが、彼女は御構い無しに患者様の椅子に座った。
「いいえ違うわ。ただの患者よ」
は?
思わず口から疑問の感情が溢れてしまった。そこで漸く逸島の状態を眺めた。
何時もの制服では無く、学校指定のジャージを身に付けている。紺色のジャージ、その下の同色の短パンの裾から漏れ出すように見えている膝小僧。そこまで見て、彼女の膝小僧が、少し赤くなっているのが分かった。
「分かったかしら、私が患者だってこと」
「お座りくださいませ」
どんな経緯で負傷をしたのか謎ではあるが、本当に彼女は正規のルートで此処に来ているらしい。逸島の出場競技について詳しくは無いが、一競技も終わっていないので、練習中に怪我したのだろう。
「一応は言っておくけれど、私の出場競技は二人三脚よ。相方は荒川さん」
思わず消毒液を落としてしまいそうになった。荒川が文字通り足を引っ張っている姿が、容易に想像できたからだ。
気を取り直して、彼女の怪我を簡単に処置していく。
「それで、件についてどうかしら」
逸島が先に赤鬼について問うて来た。けれど、正直に言って、有力な情報は手元に無かったので、ハッキリと特に無いと言った。
彼女もそれなりに予測していた事だったのか、特に続きを言わない。
少しの間沈黙が続く。
「細い事でもいいのよ」
俺が治療を終えたと同時に、逸島が沈黙を破った。赤鬼の情報についてなのだろうが、細い事でも本当に微量しか無いのだ。時間的にも仕様がないのだが、その微量を絞り出すしかない。
「どうやら、赤鬼は人情家な面があるみたいだ」
「へえ、人情家」
「まあ体育教師にありがちな事かも知れないが、見ている通りだと、努力したり頑張ったりしてる奴には、敵味方の隔たり無く応援する人だ」
「敵味方関係なく、ねぇ」
逸島は顎に手を添えて思考に耽る。
俺が治療道具を片付け終えるまで、逸島は思考を続けた。
「成る程、有力な情報だったわよ、月等くん。少なからず、二択に絞れる程度には」
そこまで言い切り、急に逸島が立ち上がって、口を三日月型に歪めた。
「でもその前に、荒川さんとの二人三脚をどうにかする必要があるわね」
ギラリと逸島の瞳が鋭くなる。サバンナの猛獣みたいに獰猛な表情だ。背筋が凍るような寒気がする。
荒川の身が危険だ。だが、この逸島を止める方がもっと危険だ。
「程々にな」
「ええ、善処するわ」
逸島の微笑みに、安心感は全く湧かなかった。荒川の後ろには、決して睨まれたくない人物が居るというのに、逸島を止めようとは思えない。
もう、大分手綱を握られているのかも知れない。
「それじゃあ引き続きよろしく頼むわね、月等くん」
「ああ、分かったよ逸島」
黒髪を揺らして、逸島がテントを出て行く。
その後ろ姿は、いつにも増して自信に満ち溢れているのが伺えた。それと同時に、少しだけその自信と同じくらい、苦労するのではないかと予想出来た。
溜息と共に、スターターピストルの音が鳴った。