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次の日の昼休み。逸島は田中の席を陣取って、俺と強制参加の作戦会議を開いた。席の主は、取られた事も知らずに呑気に購買に行ってるだろう。
さて、目の前の逸島は黙ったまま、ずっと考え事に耽っている。作戦会議だって言うのに、進行具合は匍匐前進である。
「で、何も思い浮かばないのか」
我慢が出来ずに直接問う。逸島は目線だけ俺に向けた。
「彼女の行動理由は分かったけれど、それは花冠を見て花の種類を当てれただけよ。根っこの部分は未だ不明」
詰まりは何も分かっていないと。
あれだけ昨日は楽しそうに顔を輝かせていたのに、逸島の表情はもう曇り空だ。それに付き合っている俺は大雨になりそうだけど。
「もう直接聞きに行くしかないかしらね」
「え?」
「行くわよ月等くん」
逸島が突然立ち上がり、呆気に取られている俺の腕を引っ張って外へ連れ出す。
流れに任せて着いて行くが、未だに状況が読めていない。
何をしたいんだ逸島は。
「だ、誰のところに向かってるんだよ」
「あら月等くん。会話の流れ的に答えは一つでしょう」
前だけ向いて素っ気なく返事を返された。
まさか。
程なくして、目的地に辿り着いた。
俺たちの隣の隣のクラス。あまり交流の無い組。俺たちは一人の女子の前で止まった。
「もう来たんだ」
「ええ、伏見さんにどうかヒントをくれないかお願いしに来たの」
伏見京子。逸島の現在立ち向かっている謎を引き起こしている張本人。
言うなれば、答えを知っている人間である。その人物に会いに行くのは、逸島的には大丈夫なのだろうか。謎である。
「え?京子ちゃんこの人たち誰?」
「愛子は知らなくてもいい人たち」
「へ、へー」
伏見は食事中だった。いや、昼休みだから当たり前の光景ではあるが、取り敢えず一言ゴメンと言っておく。
「それで、用件は何かしら」
「貴女の姉について」
隣の少女が素っ頓狂な声を上げた。少女のおかっぱ頭が少し揺れる。
「何を聞きたいの」
声色が氷点下なくらい冷めている。
何だろう、逸島が気にしていない分、その無視された棘が俺に突き刺さっている気がする。
「貴女の姉は現在何歳?」
逸島の問いに伏見の顔が歪む。
嫌味、に聞こえたのだろうか。いや、敵対心を剥き出しにしている相手に、気を使われたからだろうか。どちらにしろ、何か思うところがあったのだろう。それでも伏見は冷静な表情に戻して答えた。
「十九歳。……順調に生きていれば」
また隣の少女が揺れた。笑顔が凍りついている。
「あら、今年卒業したのかしら?」
「それも順調に行ってたらね」
逸島が口を開くたびに伏見の表情が険しくなっていく。これもうどうしようもないよこの状況。
「そう。ならある程度の目星はついたわ。ありがとう伏見さん」
逸島の皮肉たっぷりの笑顔が顔に張り付いた。もういつ殴られてもおかしく無い。お腹痛くなるからやめてくれ。
「もう、クラスに来るのは止めてくれない?」
「ええ、善処するわ」
あー、痛い。お腹痛い。おかっぱ頭の子も似たようにお腹を押さえ始めたよ。この二人は完全に犬猿の仲だ。どんな爆発を起こすのか想像がつかない。
「それじゃあ、次は解決した時に会いましょう」
「会える時を楽しみ待っている」
嵐のような時が過ぎ去った。
一組から抜け出した時、妙な汗が身体中から噴き出しているのを漸く感覚が捉えた。汗も忘れる程に緊張が溢れる空間が出来ていた。
空気がこれ程までに美味しいと感じたのは、生きていてもう何回もないだろう。
「月等くん、伏見さんは強敵ね」
「そう言える余裕があって羨ましいよ」
逸島が久しぶりに此方を振り向いた。
僅かに逸島の額に汗が走って行くのが見える。どうやら、当の本人も緊張はしていたらしい。
続く文句が途絶えてしまう。
「あれ程の空間を作れるなんて余程の覚悟なのね、彼女は」
しかし、御構い無しに彼女は笑った。
「なら、私達もそれなりの覚悟が必要なようね」
昨日見た、あの表情が戻って来ている。
不敵に笑って、馬鹿みたいに顔を輝かせて、そして楽しそうな顔。
あの顔は、断れないんだよ。
「そう言えば月等くん。もう直ぐあのイベントよね」
人差し指を立て、逸島が言う。
答えを催促されているようだが、答えられる程の俊敏性は無い。
「な、何があるんだよ」
俺の答えに逸島が本当に驚いた顔をする。かなり隙を見せた表情だが、軽く噴き出してまた気を取り無して言う。
「体育祭よ、体育祭。其処が勝負よ」
「え、体育祭?それがどうしたんだよ」
最後まで言い切って、逸島の待ってましたの顔を見てしまったと思う。
軽く誘導された。
「学年合同イベントよ?上級生を担当する先生に近づく最大のチャンス。もう分かっているわよね?」
今度は頭が痛くなってきた。
詰まり、体育祭の実行委員の俺に働けと?
「分かっているならいいわよ。貴方が望むならそれ相応の望みを叶えるけど」
また不敵な笑みだ。
魔女と一部から言われているが、その理由もわかる気がする。が、
「良いさ、ここまで来たらもう引き返せないさ。やれるところまではやるよ」
「へー」
また流された。何でこんな言葉が口から這い出るんだ。これでは良いようにされているだけだろう。もうこの魔女からは逃れられないのだろうか。
落ち込む俺にトドメを刺すように逸島は言った。
「なら月等くん。叫ぶ魔法陣の調査開始ね」