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不思議なマリコさん  作者: 苦無玄
マリコさんの序章
3/9

0-3

「こんな場所に呼び出されるなんて初めてよ。光栄だわ」


「冷やかすなよ」


「いやね、こわい」


放課後、俺は逸島を校舎裏に誘った。

当然ながら、昼休みの事件以外に用事はなく、特別な想いを持ってるとかでもない。それを知っている上で、逸島は俺をからかって来ている。とても可愛くない奴だ。


「それで、要件は何かしら?まあ、荒川さんの事でしょう?」


ーーーーそうなんでしょう。

逸島の顔にはそんな言葉が貼り付けてある。もう確定事項みたいだ。


「ああ、そうだ。今回の件、あれは藤島の良心ーーとか、そんなんじゃないのだろう?」


俺の問いに逸島は腕を組み、鼻で笑った。校舎の影で暗くなった表情が、逸島の心情を隠してしまう。

少しだけ目を閉じて、逸島は答えた。


「ええ、そうね。間違いなく藤島くんには下心があった」


逸島が同意した。

指先の温度が一気に無くなる感覚と同時に、頭がカーッとあったかくなる。

自分の推理が、逸島の同意で正解なんだと分かって少しだけ感動したんだ。俺は自らの回答を、逸島せんせいに向けてぶつけていく。


「藤島が言っていた通り、トイレの前で拾ったのは本当の事だろう。でも、其処から嘘が入る。藤島は知っていたんだ。あのハンカチが憧れの荒川の物だって事を」


あの時の事、少しずつ思い出して行く。


「藤島は盗む為に、ハンカチを拾ってポケットへと忍び込ませた。そして購買に向かう途中、確認しに来た女子とすれ違ったのは推理通りだ。そしてクラスへと戻って来た時、事態が思った以上に大きくなっていた」


その時だ、俺が藤島のポケットからハンカチが頭を出していたのを見たのが。明らかに男性の趣味とは違う物ーー。そして、俺はそれに見覚えがあった。


「藤島は驚いただろうな。まさかここまで影響力を持っていたなんて。引き返せない状況、名乗り出たら何をされるか分からない。目まぐるしく頭が複数の選択肢をはじき出しているところで、逸島が声を上げた」


ーーーーそれじゃあ答え合わせと行きましょうか


「お前は藤島を釣り上げたんだ。沼の奥底へと沈む前に、釣り針で藤島を浮上させた。そして、お前は藤島を名指しして、盗もうとしたと分かっている上で、作り上げた推理で藤島を庇った。優しい嘘を吐いたのだろう?」


逸島はあの推理中、藤島の発言を最小限にして、語らせる間もなく、つらつらと述べ続けていた。嘘で藤島の行為を善意に塗り替える為に。


「そして藤島の悪意を善意に塗り替え、大団円で終わらせた。違うか?」


逸島は俺の話を腕を組み、目を閉じ、直立不動の姿勢で、ずっと静かに聞いていた。

が、ふっ、と息を吐く音を皮切りに、逸島の口が三日月の形を描いて行き、やがて声を出して笑い始めた。

突然の事で、思わず面を食らってしまう。力んでいた体から力が抜けて行ってしまう。

それから暫くして、逸島の笑いは止まった。


「そ、そうだね、お腹痛い、せ、正解だよ、き、君の言う通り、藤島くん、は、悪意を、持っていたよ」


涙を拭きながら、時折まだ漏れる笑いを堪え、逸島は述べていく。


「優しい、とはまた違うかもしれないけど、まあ、あれが一番の解決法だと思ったからやっただけさ」


崩れ落ちそうな体勢から、服装を正した。そして、昼休みのような、射抜く視線を俺に向ける。


「それよりも、君と荒川さんの関係を知りたいな。君はハンカチの事を知ってるって事は、それなりの関係なんだろう?」


うっ。急に俺の事についての質問な上、はぐらかしていた所を見事に突かれてしまった。またと表情に表れてしまったのか、目の前で逸島が吹き出した。仕方がない、言うしかないな。


「俺と荒川は幼馴染ってやつだ」


ほー。と、逸島が納得したように頷くが、無視して続ける。


「あれは、いつかのバレンタイのお返しで、ホワイトデーで俺がプレゼントしたハンカチだ。だからあの状況から察して、荒川のハンカチだと確信した」


「そう、ならば納得がいくわ」


満足そうに逸島は頷く。

言いたくない事、ではなく、言いづらい事だった。学校のアイドルと知り合いなんて、正直いい思い出がなかった。だから、この事について教えているのは、極一部の人間だけだ。

この学園で生徒会長を務める荒川の姉と、荒川の友好関係を持つ数人だけ。逸島のように、交友関係が浅い人物に言うのは初めてだ。


「と、言う事で、今回の俺の要件はおしまいだ。色々と腑に落ちない所があったが、無事解決する事が出来た。時間をかけさせてしまったな、スマン」


俺は逸島に謝りを言い、夕陽に染まる事なく、影で薄暗い校舎裏を去ろうとしたーーーーが、逸島が俺を呼び止める。


「ああ、最後に」


呼び止められて振り返ると、薄暗い影の中、逸島は不気味に微笑んでいた。


「荒川さんって、ストーカーの被害にあってるのでしょう?」


心臓が掴まれた感覚がした。


「何の話だ」


とぼけるつもりで声を発したはずなのに、思わず低く、ドスの効いた声になってしまった。それでもなお、逸島は怖気付かず続ける。


「物が無くなった。それだけで荒川さんが大きく動揺していたのが引っかかってたのよ。普段の彼女なら、もっと笑顔を振りまいて自信たっぷりに騒ぎを終わらせていたはずよ。でも、彼女は最初から自信がなさそうだった。何かに怯えるようにね」


それにーーーー、


「貴方も神経質になっている。藤島くんが犯人であるかの可能性を探る為に、いちいち私を呼び出して答え合わせをする程に。更には貴方たちの関係が幼馴染とするならば、何かしらの相談を受けていると考えられる」


やはり俺は嘘が苦手だ。

表情だけじゃなく、行動にも出ていたらしい。ストーカー被害なんて、普通の人間なら出てこない可能性なんだろうが、相手は逸島だ。どうやら一枚も二枚も上手らしい。逸島相手では、もう観念するしかないのかもしれないな。


「そうだとして、お前は何がしたい」


事実上の敗走宣言。それを聞いて逸島は笑みを浮かべて言った。


「謎は私の好物よ。それを食べて生きていかないと餓死しちゃうのよ。そして推理は調理。食事する為の行程よ。後は言わなくても分かるわよね?」


ーーーーその謎、私に食べさせなさい。


ギラリと逸島の瞳の奥が怪しく光った。

サバンナで獲物を見つけた肉食動物みたいに、獰猛な気配を辺りに振りまきながら、そこに立っている。

逸島の目は本気だった。本当の本当に生きる為の一部だと言っている。

どうやら、やばいのに噛み付かれたみたいだな、俺は。


「ストーカー被害に、推理とか謎とか、そういった要素があると言うのか」


どう聞いても悪足搔きだ。勝ち目も無い、俺の手札にはなんのペアも出来てないんだ。それでも、この件に他人を巻き込みたく無いと言ったのは、被害者の荒川だ。

だから、極力逸島を巻き込むのは避けたい。

が、目の前の逸島は、逃がすつもりなど到底ないらしい。もう我慢出来ないと言わんばかりに舌なめずりをした。


「そんなに怖がる必要はないわ。ストーカー被害なんて、大概パターン化されているものよ。簡単に説明できてしまうわ」


少しずつ、此方へとにじり寄ってくる。


「まず、ストーカーになるタイプは、対象に一時期急接近した経験があるもの。同僚、クラスメイト、カップル……若しくは追っかけね。同じグループに居て、そして好意を持ってしまう。此処までは普通にあるケースよ。でも、次が重要」


気が付いたら逸島が目の前にいた。柑橘系の、ふわりとした良い香りが鼻腔を擽る。


「其処から関係性が一気に離れる事よ。同僚なら転職、クラスメイトなら転校、カップルなら失恋。その恋愛が深ければ深いほど、離れた時の反動は大きくなる。そしてこう考えてしまう」


ーーーー自分は裏切られた。


「そんな事実は無いわ。でも、恋は人を盲目にさせてしまうから、それが事実無根でも気が付かない」


逸島の指が、俺の胸をひと撫でする。目の前に、逸島の綺麗な顔があった。変人だと言うイメージが、逸島の評価を著しく低下させているが、逸島も普通に美女なのだ。自分の鼓動がどんどんと荒くなっていくのが分かる。それを知っているのか知らないのか定かでは無いが、逸島は一つくすりと笑うと、俺から離れた。


「他にもケースはあるかも知れないわ。でも、大まかな理由はこの二つよ。そこから荒川さんを狙うストーカーが誰かを導き出す事ができるはず。そうねぇ、今私達は高校一年の春だわ。出会いも多い季節だけれど、浮かれた学生カップル達が別れるには早すぎるし、クラス替えなどの行事も無い。なら犯人は習い事か、中学時代の知り合いになるわ。荒川さん、中学時代に何かやってた?」


うあ、ちょっと逸島の妖艶さに翻弄されていた所だった。急に振られて驚いて、言葉が喉で二転三転して詰まるが、なんとか声として出す。


「そ、そうだな……。自分の姉を引き継ぐように、生徒会長をしていたな」


俺が言い終わった直後、逸島が俺に向けて指を指して言った。


「それだよ月等くん。間違いなく犯人はそこにいる」


うえ、と、急に名前を呼ばれて変な声を出してしまう。俺の名前を教えた覚えはない。なのになんで知ってるんだよ。俺は荒川や逸島とは違って、特に有名人でも何でもないはずだ。

だが、今はそんな疑問を呈している時ではない。中学時代の生徒会に犯人がいる?でもそれには問題点が一つある。


「残念だが逸島、あの生徒会には女子しか在籍してなかったんだ。それに悪い奴なんていなかったよ」


女子だけとは、あの中学では珍しい生徒会だったらしい。当然ながら、成績は軒並み優秀な人達ばかりだったが、嫌味な人も居らず、外見、中身、どちらも水準を軽く超えていた。間違いなく歴史に残る生徒会に違いない。その中からまさか荒川をストーカーする奴なんて。

でも、逸島は笑顔を崩さない。


「月等くん。男性が女性を愛する。それも当然の事だけれど、女性が女性を愛する世界だって存在するのよ。それに、本当に悪い人なら、荒川さんは中学時代にもう襲われているわ。ある程度、理性を操れる人だったからこそ、今動いたのよ」


正論が俺の精神を突き刺す。確かに恋愛は人それぞれだ。それについてはもう何も言えない。そう考えると、急に疑念が湧いてくる。


「それで月等くん。その生徒会メンバーの中で、同じ高校に来た子達って何人?」


「確か、荒川を含めて五人中二人、後の三人は別の高校に行った」


「そう。じゃあその三人の中の誰かね」


あっさりと言い切った。自信というか、もう事実を述べている態度だ。だが、まだ三人だ。三分の一、この解答を間違えてはいけない。けれど、見知らぬ誰かよりも、元生徒会のメンバーとなれば、生徒会長も動きやすくなるだろう。


「逸島、本当にありがとうな。これでかなり物事が進展するだろう」


「そう?私的にはまだ物足りないのだけれど。不完全燃焼過ぎるのだけど」


逸島にとっては軽い食事だったらしい。口を尖らせて講義をしてくる。

だが、もう此方からは出せるしょくざいはない。

スマンと謝ることしかできない。


「いいわ。今日は藤島くんの件もあったし、普段と比較すれば推理の出来た一日と言えるわ。充実……、とはまだ解決してないから言い難いけど。そうね、良かったわ。貴方にも感謝ね月等くん」


不気味な笑顔じゃない。年相応の少女らしさのある笑顔を、逸島は俺に向けた。影のある校舎裏でも、関係無しに宝石のように輝く笑顔は、テレビでも雑誌でも見れない。誰よりも綺麗な笑顔だった。


そんな顔も出来るなら、評判も変化するのだけれど、きっと直ぐにまた、変人逸島茉利子に変わるのだろう。


「お互い感謝って奴だな」


「そうね。平和な後日談に期待してるわよ」


俺たちは校舎裏を離れ、下駄箱の前までやって来る。

俺はこれから荒川の姉に逸島の推理を届けに行かなくてはならない。ここで逸島とはお別れだった。


「荒川さんのお姉さんにはよろしくね。なかなかの謎人物でそそるし」


「やめとけ、其れなりの長い付き合いだが、あの人の謎は日々湧き出てくる。改名するのに数十年は掛かるかもな」


夕日をバックに、俺たちは他愛も無い会話を続ける。


「では、私は鞄を取りに教室に戻るわ。それじゃあね」


「ああ、俺も後で行くから、鍵は閉めないでくれ」


笑って踵を返した逸島の背中を、少しの間だけ見送る。

夕日の差す廊下を歩く彼女は、誰よりも弱く見えた。

彼女は、果たして本当に謎が好きなのであろうか。それとも、謎が怖いのだろうか。


どちらにしろ、もう逸島と絡む機会は少ないはずだ。先ずは、幼馴染にら襲いかかっている方を優先しよう。

幸せな後日談を、逸島に聞かせるためにもだ。


夕日の差す廊下を、逸島とは逆の方向へ歩いと行く。事件解決に向けて。

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