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「さて、荒川さん。貴女が落とした物ってハンカチだったわよね?」
「う、うん。御手洗いで使った後になくなってて」
落し物ってハンカチなのか。使用済みだという事を考えると、誰かに拾われたら気味が悪いのは頷ける。
「御手洗いに確認は?」
ハイハイ!と、元気よく荒川の隣にいた女子が、手を挙げて逸島の問いに答えた。
「私がダッシュで見に行ったけど、それらしい物はなかったし、落ちてもなかったよ」
逸島はそれを聞いて満足気に笑いながら頷く。
「そう。それを聞いて確信に変わったわ」
また騒ついた。荒川に関しては、もう震えている。犯人とか、そんな事件性に向かう言葉が出てこないか恐れているのだろう。だが、周りの誰もが思わぬ一言を逸島は言った。
「ねぇ藤島くん。今クラスに帰って来た貴方は何か見てない?」
みんなが目を見開いて、ある一点を見る。
二重丸の外、購買の紙袋を持って、自分なんて注目されないだろう、と油断しきっていた表情をしている男子が一人。みるみるうちにサイズが縮こまっていく。
藤島。クラスの中で、いや、学年の中でトップを争う程の大人しい系男子だ。
クラス中が横から殴られたのでは無いか、と思うくらいあっけに取られている。
それを見て更に藤島が縮こまってしまう。それでも、それを意に介さず逸島は言う。
「そんなに怯える必要は無いわよ。ただ、何か見なかったかを聞きたいの」
逸島の突き刺すような視線は、浴びていない俺でも萎縮してしまう。例にも漏れず藤島と体全体を揺らしてしまっている。
が、何かを決心したように、唾を飲み込んでから、自分のポケットへと手を伸ばした。
中から出てきたのは、ピンク色でレースの付いたハンカチだった。
あっ、と誰かが声を上げた。
荒川だ。
「それ、私のハンカチ……」
「ひ、拾ったんだよ、トイレの前で」
本日何回目かの騒めきが起こった。
荒川の隣の少女は、あり得ないと手を横に振っている。
ただ一人だけ、逸島だけが笑顔で頷いた。
「簡単な事よ、彼が拾ったのは、君が確認をするよりも前の段階での話だったのよ。君が走って向かって行くよりも前、彼はハンカチを拾って購買に向かった。君はその時にすれ違いで確認しに行ってしまったのよ。当の藤島くんは、拾ったハンカチが誰のかなんて分からなかった。だから後々届けるために、今はポケットへと仕舞っておいた。事の流れはこんな所でしょう」
ーーーそんな事より早く返したらどう?
逸島のキラーパスが藤島を貫いた。藤島にとっては経験値の足りない事のようで、ハンカチを持つ彫刻みたいに固まってしまっている。
そこに透かさず荒川のフォローが入った。
「ありがとうね、藤島くん」
クラス内ヒエラルキートップ独走アイドルの笑顔を真正面から受け止めた藤島は、燃え尽きたように放心状態になってしまった。世の中に漫画の世界で起きる現象があるとは思いもしなかったし、見られるとも思わなかったよ。
「逸島さんもありがとうね」
満足そうに笑顔で只々頷いていた逸島にも、欠かさずお礼を荒川は言った。
「良いのよ、寧ろ謎をありがとう。こうやって少しでも頭を動かして、解決して、そして誰かに披露するなんて最高のシチュエーションだったわ!」
恍惚な表情で答えた逸島に、少しだけ距離を開けながらも、荒川は笑顔で「なら良かった」と答えた。
その返事に満足したのかどうかは知らないが、特に余韻も残さず、とんでも変人は颯爽と自分の席へと帰っていった。
神様は今までの光景を眺めていたのだろうか、計ったように予鈴が鳴った。その予鈴を聴いて、二重丸要員は次々と散り散りになって行った。
こうして、クラス内アイドルのアイテム消失事件は、呆気なく幕を閉じようとしていた。
俺の中にある蟠り一点を除けば。