1人目 話し掛けたい男
夜の公園のベンチで男は一人悩んでいた。恋い焦がれる女性がいるのだ。
「はぁ、あんな人が彼女だったらいいのに。」
願望を口にしてみるが、その声は虚しく夜空に吸い込まれていくだけだった。
「そんなに、気になるのならば話しかけてみればいいじゃないですか。」
「へっ⁈」
突然声を掛けられ、声が裏返った。知らぬ間にスーツを着た若い男が隣りに立っていた。
「いえ、ですから気になる方がいるならば声を掛けてみればいいじゃないですか?想っているだけでは恋は進展しませんよ。」
驚いて声が出なかったのだが、目の前の男は自分が言ったことを理解してもらえなかったと思ったのか後丁寧にアドバイスを続ける。
「あの、どちら様で?」
ほっとくと、更に話を続けそうな男に至極当然な質問をなげかけた。
「失礼、私こういう者でございます。」
【全宇宙神々の集い加盟組織 うお座くじら座超銀河団委員会所属 乙女座超銀河団委員会 局部銀河郡支部 銀河系省 太陽系庁 地球署 日本出張所 チョボラ課 平野 望】
男の差し出してきた名刺には長々と訳が分からないことが書いてある。一回では読み取り切れないというか怪し過ぎて真面目に読もうと思えない。
「はい、悪魔やモグリの神などではなく神々の集いに加盟しているちゃんとした組織ですので安心して下さい。」
「か、神?」
「はい人間の皆さんが言うところの神です。まぁ私はヒラですので、大した神通力は持っていないんですけどね。」
どう考えても神様ではなく、変な宗教だか詐欺会社の回し者だろう。言っていることは小学生のごっこ遊びのようなのに、ホテルマンみたいに真面目で丁寧な態度が逆に怪しさを増長させている。こんな時は相手を刺激せず、しかし、ハッキリと断り、逃げるのが得策だ。
「あーそうなんですか。あの自分そういうの間に合ってるので結構です。」
適当に場を誤魔化し、神と名乗る男から離れようとした。
「⁉︎⁉︎⁉︎」
一歩も動くことができない。どんなに力を入れても、まるで強力接着剤でくっつけられたかのようにビクともしない。
「すみません、神通力で動けないようにさせていただきました。これで、信じてもらえたでしょうか?」
「ほ、ホントに神様なんですか⁉︎」
「信じてもらえるよう名刺や外見など工夫しているのですが、中々難しいものですね。」
神様は肩をすくめて、やれやれというようやポーズをしている。
「信じますから、動けなくするの止めて下さい。」
「ありがとうございます。」
神様がニコやかに一礼すると、体の自由が戻った、さっきまで動こうとしていたので急に動けるようになって転んでしまった。
「痛多々……神様がこんなことしていいんですか?」
「信じてもらうためには人間相手に神通力を使うことは許可されているんですよ。どうせ私との記憶は全て消させていただきますので、安心して下さい。」
何が安心して下さいだ、こっちは転けて痛い思いをしているというのに。あれ、そういえば、この神様は何で俺の前にいるんだっけ?
「そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?名刺にもありますが、私はチョボラ課の神でして......あっチョボラというのは”チョットしたボランティア”の略です。つまりは、人間の皆さんにチョットしたボランティアをすることでチョット幸せになってもらうのが仕事なんです。」
「えっと、つまり俺をチョット幸せにしてくれるってことですか?」
「はい、分かってもらえて嬉しいです。ボランティアですので見返りなども御気になさらないで結構ですよ。ただ”チョット”なので億万長者になりたいとか、世界を平和にしてくれとか言われても課が違いますので、大きな期待はなさらないで下さい。」
何だか、よく分からないけれどラッキーなことに神様にチョット幸せにしてもらえるようだ。
「それでですね、あなたには気になる女性がいるということでしたので何か力添えができないかと思いましてね。先程も言いましたが気になるならば声を掛けたらいいではないですか。」
神様のくせに極々一般的なアドバイスをしてくる。俺にだって訳があるのに
「相手の女性は俺のことを知らないんですよ。」
「知らないというと?」
神様なのに一々説明しないと分からないらしい、今までイメージしていた神様とは結構違うようだ。
「何日か前、仕事帰りにこの公園のベンチに座って缶ビールを飲みながら上司への愚痴を呟いてたんですよ。」
「分かります、よく分かります。」
神様にも、上司がいるのか何度も頷きながら聞いている。
「そろそろ帰って寝ようかと思ってたら、目の前をスーと綺麗な女の人が走って行ったんです。」
「それで一目惚れしたという訳ですね。なるほど、では私が自然に声を掛けることができるようにきっかけを作ってあげましょう。話し掛けるのはあなたが自分で勇気を出さないと駄目ですからね、頑張って下さい。」
「ちょちょっと待って下さい、声を掛けられない理由がもう一つあるんです。」
どうも、この神様はせっかちなようだ。もしかしたら、口調は丁寧だけれどさっさと仕事を済ませて帰りたいのかもしれない。
「彼女は外国人なんです。俺は英語がてんで駄目なんで話しかけようにも言葉が通じないんです。夜の公園で見知らぬ外国人の男から分からない言葉で話しかけられたら怖いでしょう?」
「分かりました、では英語を話せるようにしてあげましょう。」
なんだそんなことかと言わんばかりにニコニコしながら俺を見ている。
「そんなこと出来るんですか?」
「簡単です、一応神ですから。ん?あの方ですか?今入って来られた。」
ピンクのジャージに白いランニングシューズを履いた金髪美女が公園に入って来て、準備運動をしている。
「そうです、いつも今ぐらいの時間に来てランニングをしてるみたいなんです。」
「善は急げです。さっそく行動しますよ。あ、言い忘れるところでした。あの方に話しかけた瞬間にチョボラ終了ですので私に関する一切の記憶も消させていただきますので、ご了承ください。では。」
そう言うと神様はスッと姿を消した。やっぱりせっかちなようだ。金髪美女が走り始め、俺が座っているベンチの近くまでやって来たとき、金髪美女は何もないのに何かに躓いたかのように転けてしまった。神様が神通力を使ったようだ。これがキッカケか、よし勇気を出して声を掛けよう。
「Are you ok?」(大丈夫ですか?)
「え?あー大丈夫です。ありがとうございます。」
金髪美女は恥ずかしそうに笑っている。笑顔も素敵だ。しかし、なんて言ったのか聞き取れなかった。
「Huh? What did you say now?」(えっ?今なんて言いました?)
「あの私、見た目はこんなですけど日本生まれの日本育ちなので日本語しか分からないんで、日本語でOKですよ。」
金髪美女は、笑いながら答えてくれたが、OKしか意味が分からない。勝手にアメリカ人やイギリス人だと思っていたが、別の国の人だったのかもしれない。
「If you do not have any damage to you , I was relieved .」(あなたに怪我が無くて良かったです。)
やはり金髪美女は、俺が何を言っているのか分からないようで困った様子だ。
「えっと外国の方?心配してくれてありがとうございます。サンキュー、バイバイ。」
金髪美女は一礼して、また広い公園を走っていってしまった。まぁいい、これで知り合いにはなれたのだから、また今度勇気を出してお茶にでも誘おう。話しかけることができたことに満足し、俺は帰ることにした。
「そこのお兄さん、ちょっとよろしいですか?」
アパートへ帰っていると、2人組の警察官が話しかけてきた。よく聞こえなかったが職務質問のようだ、こんなもの協力すればすぐに終わる。
「ご職業と年齢を教えてください。」
なんて言ってるんだ?生まれてこのかた外国人に間違われたことはないのだけれど、警察官は意味が分からない外国語で話しかけてくる。
「I 'm Japanese.」(俺は日本人です。)
俺が答えると警察官達は困惑したように顔を見合わせている。そして、さっきとは違う方の警察官が俺に顔を向き直し口を開いた。
「Let me see your passport .」(パスポートを見せて。)




