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2月14日

 

 ガチガチガチ

 ドンドンドン

 扉をたたいたりゆする音が聞こえる。

 その音はとても怖かった。

 ガチャガチャガチャ

 あけろ! あけろ!

 ガンガンガンッ  

 男の人の低い声で叫びながら、乱暴に扉が叩かれていた。

 「怖い」

 つぶやくと

 「大丈夫。ここまで来ないわ」

 母がぎゅっと手を握ってくれる。

 でも、いつまで?

 いつかあれはここに来るんじゃないか?

 私は捕まってしまうんじゃないか?

 怖くて、私は身を縮ませた。 

 

 なんてひどい夢だろう。

 朝起きると私はぐっしょりと汗をかいていた。


 

 14日。

 この日から、私の食事が出るようになった。

 食事の前に

 「高橋さん、血糖値計らせてね。ごめんね」

 看護師さんが申し訳なさそうに、ホッチキスのようなもので私の指先をかませた。バシュッという音とともに、痛みが走る。

 なるほど、夢の合間で痛みがあったのは、これか。

 もらった脱脂綿で指先の血だまを拭いながら私は苦笑いした。

 「うん。数値オッケーです。ごはんたべてくださいね」

 そういうと看護師さんは失礼しましたと病室を出た。

 とはいえ、この一週間、口から食事をしていなかったため、あまり食べられない。

 しかも、右手は点滴に繋がっており、下手にひじを曲げると正常に点滴されていないぞと大音量のアラームがなる。

 ふんだりけったりだ。

 そのうえ自力で座ることもできないため、ベッドの背もたれを電動で少しだけ起こし(あまり角度をつけるのもしんどいので少しだけだった)そのままもたれたまま、子どものように母に口に運んでもらった。

 最初に口に含んだのは柔らかなおかゆだった。

 二口ほど口に入れて、眉を寄せた。

 味がわからない。

 「あれだけおなか空いた空いたって言ってたんだから、ちゃんと食べなさい? じゃないと点滴が外れないわよ」

 そうは言われても。

 食べている横から眠かったりする。

 「でもまあ、最初だから無理はできないわね」

 あまり食の進まない私に見切りをつけて母が食事を下げた。

 あれくらいペロッと食べてたのに。おかしいなあ。

 ストローで食後のお茶を飲みながら首をかしげた。

 しばらくして先生が二人そろって入ってきた。そしていつもの質問。

 「おはよう。自分の名前、いえる?」

 「おはようございます。高橋由乃です」

 「今日は何月何日? ついでに何曜日?」

 私は壁に貼ってあるカレンダーを見た。あと、日付や曜日を表示する電波時計に目をやった。

 「2月14日、土曜日です」

 「うん。じゃあ、僕たちの名前は?」

 「嵯峨孝之先生と西田圭一先生」

 「うん。ここはどこ?」

 「……●●郡の、ええと▲町?」

 首をかしげながら言ったら西田先生は眉を一瞬寄せて、嵯峨先生はしばしのちに笑った。

 「それは懐かしいね! でもよく思い出して。今はここ何市になったか覚えてる?」

 「あ、そうか。■□市になりましたね」

 十年前、ここは市町村合併で郡から市に変わった。

 私は自分で自分の頭をうっかりさんとたたいた。

 「そうそう。あまりに懐かしいこと言うから、旧地名を知らない西田君がびっくりしちゃったじゃないか。じゃ、次。ここの病院の名前は?」

 「●●総合病院です」

 「正解」

 私が言うと二人の医師は私の頭の傷口の確認をして病室から出た。

 少しだけしか話をしていないのに、また眠くなって。

 私はそのまままた夢の中に吸い込まれた。

 

 夢を見るのが怖かった。


 ドンドンドンッ

 また扉をたたいたりゆする音が聞こえる。

 その音がとても怖かった。

 だんだん近づいてくるような気がする。

 ガチャガチャガチャッ

 ドンドン!

 バンバンッ

 

 その夢の中の私はやはり病院で入院していた。病室は不思議なつくりだった。小屋裏のような丸い部屋の真ん中に置かれたベッドの上で私は眠っていた。聞こえてくる音が怖くて、でもどこから聞こえてくるのか気になってベッドから起き上がり、ベッドを下りてその音のするほうに向かった。カーテンをめくると左にトイレの扉、さらに数段段差を下りると左に洗面所があって、その正面に扉があった。

 そっと扉を開けると、ナースステーションがあったけれど、誰もいない。右を見れば外に出るガラス戸があった。いったん外に出て別の棟に行くようだ。そのガラス戸の向こうに鉄の柵があって、さっきから聞こえるのはその鉄の柵をがんがんゆする音だった。

 誰がゆすっているのかわからない。

 それがなお怖くて私は自分の部屋に戻り扉を閉めて、厳重に鍵をかけてベッドに戻った。

 鉄の柵があるから大丈夫、あの音はこっちに来ない。

 けれど、本当に?

 すぐ近くに聞こえてくるそれが怖くて、私は自分の体を抱きしめた。


 助けて。

 助けて。

 怖い。

 あの音は怖い。

 連れて行かれそうで怖い。

 ……どこに?

 わからない。でも怖い。

 

 

 昼夜の感覚なんてなかった。

 目をあけると母がおらず、代わりに夫と義母がいた。

 手は何かに包まれてベッドの淵に結び付けられていた。

 「あ、起きた。昼ごはんきてるよ。食べる?」

 おかゆを目の前に運ばれ、自然と口を開けた。

 ひどくのどが渇いていたので、おかゆの水分がありがたい。

 いつのまにか点滴を入れる腕が変わっていて、右腕が開いていた。

 これならいけるかもしれない。

 「手、ほどいてもらってもいい? 自分で食べます」

 私がお願いすると、両手をほどいてくれた。そして匙もくれる。

 お礼をいって、私は自分でご飯を口に運んだ。

 ゆっくりと、ひとくち、ひとくち少しずつ口に入れるけれど、鉛のように重い腕をもちあげることに疲れて、私は匙を置いた。

 「まだぜんぜん食べてないじゃないか」

 有志がかわってさじを取って、おかずを私の口元に運ぶ。

 そうやりながら1時間くらいかけてゆっくりゆっくり食べていたんだけれど、意外と食べるのも体力がいることで、私は食べ疲れでそのまま眠ってしまった。


 眠るのは嫌だ。

 またあの夢がはじまる。

 扉をドンドン揺らす夢だ。

 いつもの男の人の唸り声まで聞こえる。

 眠りたくない。眠りたくない。

 頭が痛い。

 気持ち悪い。

 いやだ、いやだ。

 ドンドンドンッ

 扉をたたく音が大きく聞こえる。

 いやだ、いやだ!!

 逃げたい、ここから逃げ出したい!

 手や足をバタバタさせる。

 いつもだったら張り付いて動かない手が自由に動いた。

 ああ、これなら大丈夫。

 逃げられる!

 ベッドから、抜け出して、そして……


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