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2月13日

 

 一般病棟とICUの大きな違いは、見舞いに大きな制限がつかないということか。ICUでいたころ、見舞いの時間はお昼と夕方の1日2回、1回に部屋に入れるのは3人まで、時間は30分ほどと細かく決まっていたらしい。つまり、それだけ病院の管理下に置かれていた。

 患者さんによっては、ICUにいる期間はもう少し長いようだが、季節の変わり目とあってか、どんどん急患が来てベッド数が足りなかった……もとい、一番状態のよい私が一般病棟に移ることになったらしい。

 一般病棟に移れば、しばらくの間の昼間の付き添い、そして介助をなるべく家の者に担うよう求められた。

 私の実の両親と義理の両親、そして夫がカレンダーを見ながら、どう付き添うかスケジュールのすり合わせを始める。

 私は、まだ眠たくて、なにより頭よりもまぶたが痛くて目があけていられなかった。

 けれど、少しずつ起きる時間は増えたように思う。

 ベッドの隣には、心電図の機械と大きな点滴スタンドがあって、2つの大きな点滴袋と太い注射器に入った液体がゆっくりと私の体内に入っていた。

 点滴がなくなると母たちがナースコールを押し、看護師さんがきて、新しいものに変えていく。

 残念なことに、私はまだ自分が総合病院に入院しているといいながら、目の前に置かれたカレンダーや、夫が持ってきたいつも使っている電波式の目覚まし時計の日付を見ても、自分が入院している実感がなかった。

 横になったまま頭を動かせば、自分の髪の毛が見える。

 前と同じ長さの髪が見えた。

 「髪……」

 私は自分の髪をさわろうと手を動かした。が、手が動かない。

 そっと頭を起こして手を見れば、私の手は両手ともミトンに包まれてベッドにくくりつけられていた。

 「なんでくくられてるの? これ、ほどいてよ」

 夫に問うと、夫は困った顔をしながら

 「ダメだよ、ほどけない。だって手を縛られているのは君がいろいろ抜いたからだよ」

 そういった。

 抜いた?

 なにを?

 まったく覚えがなかった。

 「そんなことしないよ。ほどいてよ」

 私はもう一度夫に頼んだ。しかし

 「ダメだよ」

 夫はそういって首を横に振った。

 なんで。

 私の中で暗い気持ちが広がる。

 なんで今そこにみんながいるのに、誰もほどいてくれないの。

 たとえなにかを抜いたのが事実でも、みんないるのに今はできないでしょ?

 なのになんでほどいてくれないの?

 絶望にも似た失望感で胃が痛い。

 ちょうど母と義理の両親で付き添いの交代をするところだったらしく、義母が私のパジャマやタオルの汚れ物を持ち帰り用の袋にしまって立ち上がった。

 「また明日、来るから」

 顔を覗き込んでくれるので、お礼をいって見送った。夫も見送りついでに足りないものを買いに行くと病室を出た。

 とたんに静かになる。

 私が動かない手をもういちどぎりっと引っ張ってため息をつくと、残った母が、そっとミトンをほどいて手を自由にしてくれた。

 「ありがとう」

 やっと自由になった手を握ったり開いたりしながらお礼を言うと、お母さんが苦笑いした。

 「少しだけよ。有志君が戻るまでね」

 ナイショ、と言うように口元に指を当てる。

 私は小さく頷いた。

 「十分だよ。……私、なにを抜いたの? 点滴?」

 気になってたので問うと、母はとても困った顔をした。

 「点滴どころか、いろいろ抜いて大変だったらしいわよ」

 なにを抜いたかは教えてくれないが、かなりやばいものを抜いたことは察することができた。

 どうやらあまり触れてはいけない内容のもののようだ。

 自分自身の行いに苦笑いしつつ、久々に頭の中がすっきりしていたので、ついでに母にいろいろ質問してみることにした。

 「私、手術したの?」

 あまりに見える髪の毛がいつもの長さなのでつい忘れていたが、あの医師たちは手術をするといっていた。そして、髪を剃る、とも。

 長い前のままの髪が見えるということは、手術していないのでは?

 母が驚いたように私を見る。

 「え? 覚えてないの?」

 「いや、するって言ってて、髪の毛切るって言ったのに、切った様子がないから」

 手にかかる髪の毛は前と同じ長い髪。そっと後頭部に手をやったとき、私は眉をしかめた。

 「なに? このもじゃもじゃ……」

 指が引っかかったものを引っ張れば、大量に髪の毛を引っ張られて痛い。

 「え? 職場の人に編んでもらって、もつれたってあなたが言ってたじゃない」

 母が困惑したように私にいった。

 「あ、そうか……」

 職場の人に編んでもらった。細かく編んでもらった髪……。

 頷きながらその言葉に違和感が残る。

 なにか、引っかかった。

 「ねえ、私の髪の毛、切ってるの?」

 母を見上げると、母は痛々しそうに私を見た。

 「切ってるわよ。……そっか、まだ自分の頭を見てないのね。鏡、洗面所にしかないわね。手鏡、またもってきてあげるわ」

 母はそういうと、もつれた髪をまた少しずつほどこうと手で梳いた。

 前髪も横髪も後ろ髪も、今までの長さとなんら変わらない。

 しかし、短い髪があるという。

 そっと違和感のある場所……おでこの少し上あたりに手を伸ばした。そして驚いた。

 指がさわったのはじょりじょりと音を立てる頭皮から数ミリ程度の短い髪、そしてばねのようなプラスチックのなにか。

 「これ、縫った場所?」

 母に問うと、そうよと肯定の返事があった。

 そのあたりは、確かに丸坊主の子どもの頭を撫でる感触にとてもよく似ていた。やはり剃っている部分があることを知った。

 そして、プラスチックのようなもの……手触りとしては、びっしりと目の詰ったリングノートの鉄部分を撫でているときによく似ていた。

 たぶんここが縫合した痕なのだろう。

 そのまま指を上にやると、再び長くなった髪の中にうずもれるようにくるくると動くクリップピンのようなものがひとつ留まっていた。

 なんのピンだろう? とても気になる。

 しばらく指で遊んでいると、母が気づいて「さわっちゃダメよ」と叱られた。

 あまりひどいと手をくくるわよ、と言われたらおとなしく引き下がるしかなかった。

 

 病棟がかわっても、やはり眠くて眠くて。

 私は再び夢の中に落ちた。

  

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