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3月19日


 

 今井先生が病室に尋ねてきてくれた。

 「高橋さんが車の運転を希望されているとのことなので、こちらでも調べました」

 なんとなく、思うに車の運転復活を希望する人少ないのか? というか、だいたいの人が後遺症が残るからあきらめる、もしくは勝手に乗っちゃってるのか?

 もし万が一、私が勝手に車に乗ってて医師たちに迷惑かけてもいけないので、やはりこういうのはしっかり守らねば。

 もう一度言いますが、脳卒中など脳疾患の病気をすると、「今まで車の運転してたから」と運転してはいけない。

 ちゃんと手順を踏まねばならない。

 「高橋さん、まず公安に行ってください。そして免許の手続き指示を仰いでください。それから保険会社にも連絡して、それも指示を仰いでください。以前された方は五千円ほどの費用が掛かったと聞いています」

 ほう。

 では次の週末に外泊するときにいろいろ開始しましょうか。

 私は病室に戻ると今の話をメモした。


 それからは、明日私は部屋を引っ越しすることが決定しているのでいろいろ片づけを始める。おむつはもういらないだろうから、もうじき来てくれるだろうお義母さんに持ち帰りを頼もうと思う。

 そんな風に不用品といるものを分けていたのだけれど。

 さてさて。

 今日はあの可愛いおばあちゃんも転院する日。

 娘さんが片づけを終えたようだったので、

 「どうかお元気で」

 おばあちゃんと娘さんにお世話になりましたと挨拶をしていたら、娘さんが折り紙のキューブを2個くれた。

 この前あげたコマとバラの花のお礼とのこと。

 パズルのように模様が変わる仕掛けキューブ。

 なにこれ、キューブ単品なら折れるけど、8個固まったらこんなこともできるのか!

 これはぜひともお母さんにプレゼントせねば!

 興奮気味にお礼を言ってそれを大事にテレビのところに置いた。

 おばあちゃんをお見送りし、隣のおばあちゃんと寂しくなったね、そういう言葉を聞いて少し胸が痛んだ。

 明日は私も移動する。

 寂しくなるね、そう思ったけれどこの季節は患者の回転が速すぎる。

 昼過ぎには一人、うちの近所のおばあちゃんが入院した。

 話を聞いてたら地区は違えど散歩圏内に住むおばあちゃまだ。近すぎだ。

 退院したら、道で会うかなあっていう話をして笑った。


 そういえば、今更なことを書くけれど。前にも少し書いたけれど。

 病室の入り口には、患者のネームプレートがある。

 この病院は部屋番号でそれを隠しているが、それをめくれば、ベッド配置に患者さんの名前が書かれている。端に担当の主治医の先生の名前も書かれている。

 が。

 私の場合、名前が空白になっている。たぶん家族が名前の表記を避けたのだろう。ただし、先生の名前は書かれている。

 しかも、西田先生と嵯峨先生のダブルネームだ。

 患者さんの中には、わざわざ部屋番号の扉を開けてこのネームプレート観察する人たちがいて、廊下でおしゃべりしているのが聞こえる。

 「この名前のない人、先生は二人ついてるんだな」

 という声が聞こえてきてて、時々困る。

 やっぱ、医師二人ネームは珍しいらしい。

 「あの子やろ、若い大きな元気な子」

 「ああ、あの子か。あんな元気そうなのに入院てどこが悪いんじゃろうな」

 「この先生の名前は、脳外科や」

 「脳外科か。でも元気そうやな」

 あの……おじいちゃんたち、丸聞こえですよ?

 しかも話が若干ループ気味ですよ?

 ストールあみあみしながら内心苦笑いした。

 病棟でも元気に走り回っている私はとにかく浮いている。

 こんな風にほかの患者さんたちに言われるようになれば、そら私を病棟に置いておけないって思うのも仕方ない。

 

 さてさて。

 入院生活も長くなってくると、口に入れる味が単調になってくる。それではつまらないので、いろいろアレンジを考えるようになった。

 たとえば、朝ごはんに必ずついてくる牛乳。

 私は最近これを給湯室にある電子レンジで温めてロイヤルミルクティーにしたり、ハイミルクココアにしたりと、いろいろ楽しんでいる。

 ひそかな楽しみだ。

 砂糖を持ち込んでいないので、ロイヤルミルクティーは無糖だけれど、ハイミルクココアになれば、そこそこ甘い。

 嵯峨先生に見つかったら、きっとため息をつかれるだろう。

 ……想像したら楽しくなった。

 いや、想像して楽しくなれるって、どれだけMっこの鏡だよ……。

 私はそこまで一通り考えて苦笑いをした。

 退屈すぎて、こんなふうに一人ボケ一人突込みと一人上手も上達した。

 ああ、入院生活、そろそろ退屈をこじらせ始めたな。

 ため息交じりに遠くを見る。

 

 このとき、退屈をこじらせ始めてはいたけれど。

 これはあくまで序章に過ぎなかったことを私はこの後の生活でいやというほど知ることになる……。



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