3月18日
リハビリのあと、シャワーを浴びて、小説を読んでいたら、西田先生と看護師長さんがやってきた。
「高橋さん。まず高橋さんの意向を確認したいんだけど。退院するか包括に行くか、どっちがいい?」
わお、退院か病室引っ越しか!
まさかの二択!
帰っていいのなら帰りたいとも!
病棟でいられるのなら病棟がいいんだけど、私はあまりに元気すぎる。
が。
一番大事な問題。
「帰っていいって言ってもらえるのはありがたいのですが、帰ったとしてすぐに車の運転できますかね?」
正直な話、うちのあたりに公共交通機関が全くない。電車どころかバスも走っていない。
この年齢で車の免許返納するのは正直厳しい。
この田舎事情を把握してくれてるので
「あー、車必須か。だったらやっぱ包括だなあ」
先生が頷く。
看護師長さんも頷いて
「では、包括のほうに伝えますね。また近いうちに引っ越しをお願いすると思います」
そういって二人が去っていった。
そっか。
この病室にいられるのも、もうわずか、なんだな。
私は同室のおばあちゃんたちを見た。
かわいいおばあちゃんは明日、自宅近くの病院に転院するらしい。
もう一人のおばあちゃんは、私と同じく脳疾患の人だから、もう少し長いかもしれない。
けれど、きっと大丈夫だろう。
私は二人のおばあちゃんに折り紙で折ったバラの花や動かして遊べる鶴、それからよく回るコマををプレゼントした。
バラは結構面倒くさい折り方なんだけど、詰所の人やいろんな人に好評だ。
あ、動画なんかで流行った踊る鶴の折り紙を飾っていたら、男性看護師さんたちに「シュールすぎる」と不評だった。
うん、私もそう思った。
しかし、退院が近づいているなら、こっちも進めなくちゃな。
私は40センチくらい編み進めたショールになる予定のものを見つめた。
もう、編み図は見なくても手が覚えている。
たまたま編み針セットを広げてだかだか編んでいると
「へえ、編み針ってそういうのなんだ?」
巡回に来ていた西田先生が道具を物珍しそうに見た。
うぉ?
「これはでも、輪針のセットだから、少し特殊ですよ」
私は苦笑いをした。
私が持っているのは、輪針だ。
実家の母が持っているのは棒針のセットだけれど、私の場合、棒針だと片方をなくしたりしそうだし、編むのがショールなどの大型が多いので、輪針を使っている。
「ふうん?」
私は端まで編みきってから先生を見上げた。
嵯峨先生も一緒に立っていて
「折り紙とかこういうの見てても、指先に不自由さを感じないよね」
言われて頷く。
うん。
今のところ指先の作業に困ったことを感じない。
あと、家に帰ってピアノがどうか、だな。
まあ、ひけなくなってもあれはあまり問題がないけれど。
「元気になって本当によかったね」
「はい、おかげさまで、ありがとうございます」
本当にこればかりは二人に頭が上がらないよ。
「包括に行く話、聞いた?」
嵯峨先生に聞かれて頷く。
「どんなところなんですか?」
尋ねると
「家に帰るためのリハビリ中心のところだよ」
前きいたこととおんなじ返事だった。
あまり想像つかないけれど、そうですか、と頷く。
二人の先生と看護師さんは次の患者さんに移動していくけれど、嵯峨先生は立ち止まって
「高橋さん。今度旦那さんが来てくれた時でいいから、話があるから来てくれる?」
そういった。
「今週はあまり来れないかもしれませんが」
「来た時でいいから」
まあ、そんなに大切な話ではないかもしれないけれど、気になった。
とりあえず、覚えておこう。
うん。
夜、西田先生に改めて謝罪をした。
あの日、医師の仕事はブラックだって言ったこと、本当にごめんなさい、って。
そうしたら。
「あやまらないでよ」
西田先生が頭を横に振った。「あの時高橋さんは真剣に僕らを心配して怒ってくれてた。だから謝らないでよ」
その言葉に私もほっとした。先生はあの時怒ってなかったのは私も気づいてた。
でもね。
「先生。でも、失礼だったと思う。先生が選んだ仕事なのに。けど体は本当に大事にしなきゃだめだよ」
私は苦笑いしてもう一度謝罪を入れた。




