3月16日
しかし……。
病院のベッドって、なんか寝られない。
ごろごろごろごろ。
何度も寝返りを打つ。
睡眠薬をもらいに行くには時間が遅すぎてもう飲めない。
仕方なくたまにはいいかと徹夜の覚悟を決めた。
昼間が楽しすぎて興奮しすぎたのだろうか?
時々うとうとしながら、でも朝が来たときぐったりと疲れていた。
朝の血圧は最悪だった。
「やっぱ、寝てないせいだねぇ」
看護師さんには巡回の時に私が寝てないのがばれているので、苦笑いされる。
体重はあんなに飲み食いした割にそんなに変化はなかった。
安心した。
朝、白田先生と今井先生のリハビリをこなし、明日は休みますと声をかけて、自分の病室に戻る。
すると他のおばあちゃん二人が小さく丸まっていて、奥を見れば例のおばあちゃまが戻ってきていた。
静かだけれど、時々「いたあい!」の声はまだ続いていて、悲鳴のたびにおばあちゃんたちが小さく縮こまる。
明らかに大部屋向きの人じゃないと思うんだけど。
自分のスペースに戻って読書をしていると、そのおばあちゃんの旦那さんがやってきた。優しそうなおじいちゃんだった。
「痛いんか」
おばあちゃんの声に心配そうに寄り添うのがカーテンの端から見える。
すると。
「お父さん、お父さん」
とたんにおばあちゃんの声が甘いものに変わった。
ふぁ!?
おじいさんが蒸しタオルを作りおばあさんの顔を拭くと、あそこから漂う空気が変わってしまった。
お父さん、大好きとか言う甘い声……いや、気のせいだ。
私は何にも聞いてない!
聞こえないぞ!!
痛みにわめく声よりも、睦言のほうがまだましだ!
心を無心にして、私はさゆきから借りた本を読んでいた。
お昼ご飯のあと、トレイを戻しに行ったら、詰所から看護師長さんに手招きされた。
なんだ?
近づくと西田先生が座ってる横に立って
「例の人、どう?」
小声で尋ねられた。
私は肩をすくめた。
「戻ったときはいつもの呻きがすごかったんですが、今は旦那様が見えてて、睦言にかわってますよ」
そういうと
「睦言!?」
西田先生と二人で驚かれた。
あれはだってどう聞いても睦言だ。
「ああ、いたしてるとかじゃなくて甘えてる声っていう意味で。痛い痛い言われるより、よっぽどいいですよ」
仲良く過ごしてくれてる分には問題ない。
ただ、あのおじいさんが帰った後どうなるやら。
案の定、おじいさんが帰ったあとはもう、えらいことになった。
同室のおばあちゃんたちが竦む竦む。
小さい体がさらに小さい。
私は、お義父さんとお義母さんが迎えに来てくれたので、予定より少し早いけれど、もう帰ることにする。
先生に断りを入れて、荷物を持った。
ただ。
「あのおばあちゃん、大丈夫なん?」
「むしろほかのおばあちゃんたちがかわいそうやな」
お義父さんもお義母さんも残ったおばあちゃんたちにしこりが残っていた。
やっぱ、気になるよねぇ……。
やっぱ家はいい。
家に帰ると、私は普通にいつも通り夕飯の支度をした。
料理は問題なくいつも通りできている。
ああ、でも若干、薄味になった。
もともと薄味のほうだったけれど、さらに味が薄くなったらしい。
嵯峨先生の教育のたまものか、砂糖を使う量もどんと減った。
お義母さんは、そのまま食べてくれるけれど、お義父さんと有志はしょうゆをかけるようになったけれど。
それは、なんかごめんね……。
明日着る服を用意して、それからベッドに入る。
前日寝てないこともあったし何より自宅のマットレス。
やっぱり一瞬で眠りに落ちた。




