3月13日
私は自分の中に多少あるSっ子とMっ子の部分を認めている。
人間誰しもSとMの気質を両方兼ね備えてバランスをとっていると思っている。
そして その振れ幅はほぼ均一しているんじゃないか、とも思っている。つまり、どSになれば、それっだけどMの気質をもってバランスをとっているんじゃないか、と。
何が言いたいかというと、嵯峨先生や西田先生を私はどSと思っていた。が、同時にどMだとも思ってる。
あんな激務を甘受しているのだ、どMすぎるだろ……。
え? 私の偏見だって?
もちろん異論は認めるとも。
3月13日
いろんな患者さんがいる。
本当にいろんな患者さんがいる。
中には大部屋に向かない患者さんがいる。
残念なことに、結構いるんだ。
入れ代わり立ち代わり激しいこの病室。この日、今までの中で最強クラスの患者さんが入院した。
前に同室になったないんじゃないんじゃのおばあちゃんなんてかわいいものだ。
今この病室にいるのは、私と同じ脳疾患のおばあちゃん、手術のあと拍手を打った可愛いおばあちゃん、そして今日入ってきたおばあちゃん、だ。
このおばあちゃんは骨折をして入院らしいのだが。
ずっと
「いたい、いたあい、いたいよぅ」
と泣いていた。それも結構なボリュームだ。
「いたあい、いやあ! 痛いの、お母さん! 先生! 助けてぇ……!」
ずっと大きな声で泣き叫び続ける。
あまりに聞いていられなくなって、どこかに避難しようかと立ち上がったのだが、カーテンの隙間からほかの二人のおばあちゃんが辛そうに耳をふさいでプルプル震えているのが見えて心が痛くなった。
私はこうして立ち上がり動けるからいい。どこにでも逃げられる。
だが一人は骨折で入院しているため動けないし、もう一人は点滴にがんじがらめにされていて動けない。
私は頭をかいた。
どうしたものか。
昼間はともかく、夜までこの調子が続くのなら、さすがに私だってキツイ。
自分のベッドに戻り、対策を考えていると、私のスペースで閉じているカーテンが揺れた。そう思ったら看護師長さんがそっと入ってきた。
とても難しい顔をして、今日入ってきたおばあちゃんのほうに視線を向け
「ずっとあんな感じなの?」
心配そうに尋ねた。
私は正直に頷いた。
「はい。私は最悪他の場所に避難できますけど、ほかの二人のおばあちゃんが逃げ場なくてきつそうです」
申し訳ないけれど、正直に言う。
看護師長さんはそうと頷くと
「もう少ししたら痛み止め打ちにくるみたいに言ってたから、もう少しだけ我慢してね? あと、夜は詰所で預かるから心配しないで」
夜だけは確約してくれた。
それは本当に助かります! ありがとうございます!
けど……ね?
夜までこの苦行が続くんですね?
自分の痛みが続くのはつらいのを知っているから、今あのおばあちゃんの中に続く痛みが辛いのはわかる。わかるんだよ。
けど、痛い、痛いっていうのをずっと聞き続けるのも、相当心が痛いのよ?
……私たちの精神、夜までもちますかね?
そうこうしていると、家族の方と医師が入ってきてそのおばあちゃんに鎮痛剤を打った。
しばらくしてのち、痛い痛いの声は弱まって寝息に代わる。
私たちは心の底からほっとした。
しかし、鎮痛剤は人にもよるが6時間もたないこともある。
夕飯も終わり、今は電気を消すおばあちゃんもいないので(今は私が21時の消灯に電気を消すようにしている)、みんなそれぞれに眠る準備をしていたが、時折例のおばあちゃんから悲鳴じみた痛みの声が漏れるたびに、びくっと震えあがっていて忍びない。
看護師さんは寝ているおばあちゃんを見て
「これだったらいけるかなあ」
とか言ってるけど、いやいやいやいや!? 勘弁してください!?
案の定、消灯前に目覚めたらしいおばあちゃま……。
「痛い、痛いよう」
再び痛みを訴えてお母さんと医師を求めて叫びだした。
寝る直前にこれはきつい。
困っていると、看護師さんたちが数人入ってきて
「やっぱだめだったか……」
そういっておばあちゃんをベッド事運び出してくれた。
私は歯を磨いてベッドに戻ろうとしたら隣のおばあちゃんに
「あの人、この後また戻ってきますか?」
びくびくしながら尋ねられた。
ああ、そっか。
看護師長さんと話したの私だけだったか。
私は首を横に振った。
「大丈夫ですよ。今夜は詰所で預かってくれる話になってますからね。安心して眠ってくださいね」
私が言うと、もう一人のおばあちゃんも
「本当に?」
びくびくしながら確認された。
そうだよね、怖かったよね。
「今夜は大丈夫ですよ。ゆっくり寝ませんか。消灯なんで電気、消しますよ。おやすみなさい」
ちょうど21時。消灯の時間だ。
私は電気を消してベッドに入った。
一応睡眠薬をもらって持ってたんだけど、最近もうね、飲みすぎて効かなくなってるとかいう……ね。
そして天気悪くなってきてるらしくって、頭痛いんだわ……。
とりあえず、今日はおとなしくじっとしてよう。
せっかくの看護師さんたちの気遣いを無駄にすまい。
明日はさゆきとランチに行くのだから。




