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【閑話】病院のカイダン



 夜8時くらいに寝始めれば3時ぐらいに目が覚めてしまう。7時間寝てるので睡眠時間だけで言えば個人的にはばっちりだ。

 起きれば、まず前日の夜に作った湯冷ましを飲んで、空になったポットとマグカップをもってまた今飲むお茶と湯冷ましを作りに行く。

 いわゆる草木も眠る丑三つ時……。

 当然ながら、誰も歩いていない。

 いや、看護師さんは起きているけれど、個室方面の見回りをしているようで、まだ大部屋には来ていなかった。

 ふつう寝てる。

 廊下には私の足音だけが響いていた。

 詰所に行ったら、椅子で寝てるどSズの誰かがいるかもしれないけれど、わざわざ邪魔しに行くような悪趣味なことはしない。

 目的のことをすればさっさと自分のベッドに戻る。

 部屋のおばあちゃんたちは眠っているようだ。

 私はヘッドホンをして、パソコンの電源を入れた。

 まずはネットチェックをして、それからゲームをする。

 マインスイーパー、フリーセル、麻雀ソリティア、普通のソリティア、この4つのクリアを日課にしている。

 ……要は……以下略。

 マインスイーパーは昔から調子がいいと130秒ほどでクリアする。というか、マインスイーパーをしていると、マウスのクリック音が響く響く。

 「お邪魔しますよ」

 看護師さんが笑いながら見回りに来た。今日の夜勤は娘さん4人のパパさんだった。

 「おはようございます」

 小さく絞った声で挨拶したら看護師さんに苦笑いされた。

 「おはようございます。廊下歩いててマウスの音してたら高橋さんが起きてるって思うわ」

 「あはははは……」

 いや、うん。寝てなくてごめんなさい。

 私は看護師さんを見上げた。

 「病院あるあるで怖い話していいですか?」

 「唐突ですね。僕、怖がりなんですけど」

 「ならなおさら、いいよ言われなくても始めるんですけどね」

 「始めるのか」

 うん。

 私は苦笑いしながら、昔話をした。


 私の母校の話。あの学校は昔飛行場だった。戦争の時は、特攻機も離陸した。そして近くに昔から焼き場もある。

 学校の周りの山にはたくさんの防空壕もあり、現在は蓋もしているが、私が学生のころは先輩が写真を撮りに入って、現像に出したネガが帰ってこないという県内でも有数のその筋のスポットだった。(当時はフィルム写真) 

 ちなみに、帰ってこないフィルムを業者に頼み込んで、その会社まで行き見せてもらったらしいのだが、あまりに映り込みすぎてそのまま受け取らずにお任せしたらしい。

 なんせ怪談話は尽きない。

 そんな学校。


 それは、私が在学していたときのこと。

 私は当時写真部にも所属していた。メインは吹奏楽部で、サブメインに文芸同好会やって、文化祭シーズンだけ写真部活動をしていた。

 あと名義貸しで漫画愛好会とかいろいろ入っていたが、それは割愛。

 なんせ、文化祭シーズンの写真部は、かなり忙しい。

 当時は今と違い、フィルムが主流で、白黒フィルムは自分たちでフィルム現像からしていた。

 活動時間は深夜だ。

 いや、昼間からしているのだが、暗室にこもると、時間感覚が薄れ、気が付くととっくに日付が変わってたということが多々あった。

 一応、学校側にも活動許可の申請は出しているし、後輩の寮生も寮に活動申請を出しているので、ある意味公認のお祭り騒ぎだ。

 いや、まじめに活動しているとも。

 まあ、集中して作業していると時間がたつのもあっという間。

 「この写真定着させたら、売店にお茶のみに行こうか」

 後輩たちと話をして、作業を区切ると、扉を開けて外に出た。

 冬が近づく季節、外に出ると身震い一つして、売店に向かう。

 午前二時、8時で閉まる売店が開いているはずないが、自販機は稼働していた。

 4人ほどで、それぞれ飲み物を購入し、売店から出ると、正門のほうで、ちらちらとした明かりが見えた。

 「あの明かり何かな?」

 「なんでしょうね?」

 「先生たちには申請してるからここにいても大丈夫だよね?」

 「はい」

 とはいえ、午前二時。

 部活で活動するにもほどがある時間ではあるが、わりとおおらかな学校だった。

 卒論時期ともなれば24時間不夜城にもなるので、仕方がないといえば仕方もないが。

 しかし、見えてくる明かりは、何か動きがおかしい。

 「あれ、一応様子見に行ったほうがいいですかね?」

 私は先輩を見上げた。

 「一応、いっておくか」

 ちなみに、この先輩が、フィルム現像を出してフィルムが帰ってこなかった先輩だ。

 ついでにこのときいたのは4人。私以外全員男である。

 基本的に元男子校なので、こういう状況はよくある話だ。

 「……ええ!? 行くんですか?」

 後輩は及び腰だけれど、だからこそ行くのだ。

 「先輩、あの位置の話ってありましたっけ?」

 「うーん、俺らが今歩いてるメインストリートを歩くラッパ吹きの兵隊さんの話は有名だ」

 「それは私も知ってる」

 そんな会話をしていると後輩たちが戦々恐々としているが

 「でも、あれはどう見ても実体だよね」

 「生きてるな」

 先輩も頷いた。

 この時間、当然ながら正門は閉まっている。

 私以外の3人は寮生なので、出入りに問題ない。

 私もバイク通学だがこの時間は裏口から出るので表に人がいるはずないのだが。

 近づくと、声が聞こえてきた。

 若い男女のものだ。

 泥棒、か?

 「ねえ」

 私が声をかけたら、向こうにいた人が何人か叫び声をあげた。

 男の子だな、それが明かりを落として逃げる。

 女の子たちも転がるように逃げ出した。




 私は看護師さんを見上げた。

 「彼らは見たんです、4人の男女のお化けを……。というわけで私たちは肝試しに来た2組のカップルにお化けに間違えられましたとさ、めでたしめでたし」  私が言うと、看護師さんはくつくつ笑った。

 これくらいの話なら許されるだろう。

 まさか実物を見てしまったなんて言う話はできない。


 一応、あの時のカップル二組は違和感を感じた男子一名がこっちに来て状況確認をし先輩と話をして、お引き取りいただいた。

 どうやら本気で私たちをお化けと勘違いしたらしい。


 「あとね、妖怪かっちかっちがこの病院に出没するんですって」

 私が言うと、看護師さんが、え? という顔をした。

 「夜な夜な、患者たちが寝静まった時間に、廊下に響き渡るかっちかっちという音……」

 私が言うと、看護師さんがまた笑った。

 「それ、僕もみました。音を探るべく歩いてたら、薄明るいディスプレイの明かりだけカーテンから漏れ出て、本当に怖いんですよね」

 「でしょ?」

 ちなみにその妖怪かっちかっちの正体は私だ。

 「で、病院にいたら実物って見ますか?」

 尋ねたら

 「さあ、僕は見たことないですが。とはいえ、もしいたとしてもそれは病院の患者さんだった方でしょうからね、ちゃんと行くべきところに行けよ、とは思いますよ」

 看護師さんは晴れやかに言った。

 おお、この人いい人!

 「長く引き留めてごめんなさい」

 すっかり長話になった。

 「またもう一巡したら、体重と血圧測定にきますから」

 「はい」

 私は看護師さんを見送った。

 もう少し時間がかかるだろう。


 さて。

 私はまた妖怪かっちかっちに戻りますかね。

 私はスリープモードになっていたパソコンを起動した。

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