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3月8日(2)



 昼ご飯の後、有志が

 「今から由乃さんの実家に行こう。絶対に行こう!」

 突然言い出した。

 行くのはやぶさかじゃない。

 タケノコ、掘りに行きたいし。

 「あ、でもちょっとまって。ぶり大根だけ作っておくから」

 お皿洗いをお義母さんがしてくれていたので、私は大根を湯がいた。ぶりのあらも一度湯通しして臭みをとる。

 それから大きな鍋に砂糖、酒、しょうゆ、しょうがの薄切りを入れて味を決めた後、ゆでた大根と魚を入れて少し煮つけた。

 大根は一度ゆでているし、ぶりに火が通れば火を止める。

 これでよし、と。

 「じゃあ、実家に行ってきます」

 私はお義母さんに断りを入れて有志と一緒に、車で7分ほど離れた私の実家である森野家に向かった。

 途中スーパーでお土産になりそうなものと、それから私が病院にもっていくためのペットボトルのお茶のケースを購入していると、私の携帯が震えた。

 見ると高木君からメールが来ていた。

 『これからお見舞いに行ってもいいか?』

 ふぁ!?

 これって病院に来るってことか!?

 いやいや、それ私いないからまずいし!!

 私はスーパーを出て高木君に電話をかけた。

 「もしもし! もしかしてもう出発しちゃった!?」

 『いや、まだ家だけど。どした? 何かいるものあるのか?』

 高木君のちょっと驚いたような声が受話器から聞こえてくる。

 「ううん、そういうんじゃなくてね! 今私、地元のスーパーで買い物してるんだよ」

 『……は?』

 「で、これから実家の森野家に行くのです。だから病院に行っても私いないんだよね」

 そういうと、受話器の向こうで高木君が絶句している様子がうかがえた。

 しばしのちに

 『え? 退院したのか?』

 尋ねられて

 「いや、まだ入院してるけど、今日初めて外出許可が出て、それで今から実家に行くところだったの。病院戻るの夜になるし、高木君、あれだったらうちの実家に来る? そのほうが近いでしょ」

 私が言うと高木君はくつくつ笑いながら

 『わかった。じゃあ森野さんちにお邪魔する。2時くらいに行くわ』

 そういって電話を切った。

 お待ちしてます、そういって私も車に乗り込む。

 ちなみに、高木君は仲間内で一番家が近かったりする。車だと彼の家とうちの実家は1分ほど。学区が違うので小学校は別だったけれど、ひそかにご近所さんだ。

 「有志さん、このビール1本ちょうだいね」

 さっき購入した6本セットのビールの一つを指さすと、有志は不思議そうにしながらもいいよと頷いた。

 

 実家に行って、みんなにあいさつすると、とりあえずお仏壇に手を合わせた。

 夢の中で私を追い返したのは、祖父母だから。

 まだこちら側にいますよ、そう挨拶をする。

 そうしていると

 「本当によかったわねえ」

 お母さんが笑いながらお茶を持ってきてくれた。

 「うん」

 頷いて、そうそうと顔をあげた。

 「高木君がさ、お見舞いに来てくれるっていうから、ここに着てって頼んじゃった。もう少ししたら来ると思う。ごめんよ」

 勝手に決めて。

 そういうと母は苦笑いしながらもいいよといった。

 「座敷で話するんでしょ? 別に構わないわよ。しかしあんたたち、みんな本当に仲いいわね」

 「だよねえ。ありがたいよねえ」

 かなちゃんなんて見舞いに来るの早かったわ。

 お父さんや兄も姪っ子も交えて話をしているうちに、高木君がやってきた。

 高木君は苦笑いしながらお邪魔しますと上がって

 「ご無沙汰してます」

 うちの父にも礼儀正しくあいさつした。

 ちなみに彼は元銀行マンゆえ、うちの父に定期貯金を頼んだこともありうちの家族とも顔なじみだ。

 高木君は私に手をあげ挨拶をすると、そのまま何度も確認するように上から下までじろじろ見られた。

 その視線の動き、この間のかなちゃんと一緒ですよ?

 「えーと……くも膜下出血、って……本当?」

 確認されて

 「本当だよ」

 私は笑いながら、ヘアピンを外し、傷口を見せた。

 なんかなあ。

 みんなこの手術のあとを見ないと首をかしげる。

 「そっか。あまりに前と変わらんから半信半疑だったけど。なんか順調に治ってるのか?」

 問われて頷いた。

 「うん。今のところはありがたいことにたぶん。その節はご心配をおかけしたようで申し訳ないです」

 彼からお見舞いを受け取りながら謝罪とそれからありがとうとお礼を言う。

 「そっか。突然なったのか?」

 「うん。朝起きて、背伸びした瞬間にミシって。頭ひしゃげたかと思っちゃったよ」

 私が言うと高木君が眉根を寄せた。

 「そのタイミングっていやだな」

 「いやでしょ?」

 だって誰でもするじゃないか。あくびしながら背伸びなんて。

 お母さんが運んでくれたお茶を有志も交えて3人で飲みつつ話した後、高木君は、じゃあと立ち上がった。

 彼も二人の娘のパパなので、日曜日に長居させるのは気の毒だ。

 私は台所であれを持ってから外に見送りに出る。

 高木君はすごく安心した顔で私を見た。

 「もっと悲惨な状態想像してたから、安心した。そうしてたら、本当にわかんないな」

 私は笑った。

 「そう? じゃあ、あの先生たちに感謝だね」

 笑って、それからポケットからビールのラッピングしたものを取り出す。

 「家に帰って冷やしてからどうぞ。きてくれてありがとう」

 そういって私は高木君に手を振った。

 中に戻って、母たちに場所をかしてくれたことをお礼を言う。

 台所の中はタケノコのにおいがしていた。

 母が料理にしているらしい。

 「そういやせっかく先生からタケノコほりの許可をもらったけど、今日はもういけないなあ」

 もう私たちも帰らなきゃいけない。

 「そんな許可もらったの!? よくそんな許可だしてくれたねえ」

 お母さんはしみじみ言い、

 「このタケノコ持って帰る? あ、由乃は食べれないけどね」

 タッパーに炊き立てのタケノコを詰めてくれた。

 私は食べられないけれど、ほかの家族は食べられる。

 きっと今年の初物だ。

 「ありがとう」

 私と有志はお礼を言った。

 「そうそう。来週は外出できるの?」

 お母さんが尋ねる。

 「うん。できると思うよ。なにがあるの?」

 「そう。テル君が猫連れて帰ってくるっていうから、みんなでご飯食べようか」

 テル君、というのは次兄だ。

 私は三人兄弟の末っ子。

 上の兄が実家にとどまり、次兄は関西で仕事をしている。そして私は実家から車で10分も離れていない有志の家にお嫁に行った、というわけだ。

 「来週ってなにがあるの?」

 「加奈子の合格祝い」

 ……ええと。

 まだ合格発表してないですよね?

 いや、あの子の成績で落ちる心配は私もしてないけども。

 でもまあ、あれだな。

 この時期に次兄が来るのは加奈子の合格祝いとかじゃなく、私の様子見がメインなんだろう。

 うん、心配かけてすみません。

 「わかった。先生に話しておく」

 私は頷いて森野家を後にした。



 家に戻り、私は乾燥の終わったパジャマを袋に詰めた。

 そして荷物一式を有志の車に乗せた。

 それから家の中に戻って……

 うどんのだしを作る。そしてねぎを切って、お肉を砂糖と醤油で甘辛く味をつけて……。そしてぶり大根を温めれば夕飯の準備が整った。

 「少し早いけど、夕飯にしようか」

 私は夕飯を食べて風呂に入ったら病院に戻らなければならない。

 これも現実。

 いや、これが現実だ。

 うどんを温めていると

 「あ、由乃さん。お手紙着てたわよ」

 お義母さんが私に茶封筒を渡してくれた。

 送り主は、職場だった幼稚園。

 中を開けると、修了式の案内状だった。

 中から園長先生の達筆な文字列が見えた。

 『あの子たちの頑張りをぜひ見に来てくださいね』

 私はカレンダーを見た。

 「……お義母さん。私、修了式に出ようと思います。前に西田先生行ってもいいって言ってくれたので、そっちも大丈夫だから。ただその場合、お義母さんに朝送迎をお願いしなくちゃいけないのですが……」

 自分で移動できないのは心苦しい。

 なんせ病院と職場は市内の端と端に離れている。

 私が言うと、お義母さんは頷いてくれた。

 「わかった。じゃあそのつもりでいるわね」

 「お願いします」

 でも、修了式に行ってもいい。

 それはとてもうれしい知らせだった。



 病院に戻り、詰所に戻ったことの報告に行くと今夜は嵯峨先生がいた。

 「お帰り。ランチ食べた?」

 嵯峨先生に聞かれて、私は苦笑いした。

 「家で当初のもくろみ通りカレー食べました。てゆか、ランチ食べていいんですか?」

 外食って、先生の言うところの砂糖の塊が多そうな気がするけれど?

 私が首をかしげると

 「せっかく外に出たらさ、ランチ食べてきなよ」

 珍しくそんな優しいことをおっしゃった。

 ……そして翌日の体重計が増えてたら、またこっぴどくお説教されるんですね?

 由乃、そんな甘い罠に乗らないョ? これでもちゃんと嵯峨先生のお説教のタイミングを学習してるョ?

 私は苦笑いをした。が。

 「そうそう、嵯峨先生」

 私は嵯峨先生にもう一つ報告あった。

 「来週なんですけど、日曜日と火曜日、外出させてください」

 そういうと

 「日曜と火曜日? わかった。またあとで看護師さんに用紙渡しておくから書いてね」

 嵯峨先生が了承してくれた。

 うん、とりあえず、実家の集まりと、修了式の外出はオッケーだ。


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