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2月8日(2)



 2月8日 AM 9:30




 有志が母屋に声をかけていた。

 「由乃さんが頭痛いって言ってて嘔吐もしてるから、病院いってくる」

 母屋からお義母さんが顔を出した。

 「あら、大丈夫? 今日はどこの病院が開いてるかしら?」

 「総合だったら確実だろうから、そっち行くよ」

 「ああ、そうね。気をつけていってらっしゃい」

 「すみませんが、いってきます。あとはお願いします」

 私はそういって手近にあったスーパーのナイロンの袋をひとつつかんだ。

 総合病院は同じ市内とはいえ少し離れていた。

 いつもより厳しい顔をした有志の車にゆすられること20分。

 地元の中では大きな総合病院にやっと着いた。

 地元民は誰もが知る大きな病院。私の親や祖母もお世話になったので、お見舞いとしては何度か来たこともあった。でも実際に自分が患者の立場で来るのは今回が初めてだ。

 「うわ、近くの駐車場が工事中だ。夜間入り口がここみたいだから、ここで下りる? 俺、向こうの駐車場に車入れてくるから」

 「うん。ありがとう」

 お礼をいって、ナイロンとかばんをつかんで車から降りる。

 やっぱりふらふらするけれど、歩けないことはなかった。

 入ってすぐの総合受付はシャッターが下りていたので、案内板にしたがって救急受付へと歩いていく。

 頭が痛いな、足が重いな。

 ここで誰かに助けを求めたら看護師さん助けてくれるかな?

 すれ違うそれっぽい人を眺めつつ考えるけれど、頭を振ってまた歩いた。

 まだ大丈夫。

 時々看板を見上げ表示を確認しながら歩いた。

 結構歩いたと思うが、まだだろうか?

 思ったよりも遠い。

 そういや今日は遊びに行くはずだったのにな。

 きっと病院で今日一日終ったな。

 それにしても、キツイ。

 もしここで力尽きて倒れてみたら、誰かが運んでくれるかしら?

 よからぬことを考えたけれど、それを頭を振って吹き飛ばす。

 そんなことをして、万が一意識がかえってこない場合、危険すぎる。

 絶対、今は意識を失ったらだめだ。。

 揺らぐ意識を必死で繋ぎとめつつ、だだっ広い通路をどうにか歩き、急に人だかりのできた場所に出た。

 そこが救急の受付だった。

 ああ、よかった、ついた。

 安心したと同時に疲れてしまって、ポケットにそれだけ持っていた保険証を渡して、近くの空いていた椅子に崩れ落ちた。膝に顔をうずめるように突っ伏す。気持ち悪いほど頭が痛くなって、俯いたらまずいと天井を仰いだ。

 「ええと、高橋さん?」

 受付の人が呼んでいるけれど、もう立ち上がれない。

 頭も痛いし気持ちも悪いしで、どうにか手を上げてここだと合図をしたら、受付の人がこっちに出てきてくれた。

 「高橋さん、この病院は初めてですか? 問診表を記入してもらわないといけないんだけど……お連れの人がいないみたいね。今から質問することに答えてくれる?」

 どうやら私がもうそんな状態じゃないと察してくれたらしく事務員さんが隣でしゃがみこんで、生年月日、名前、住所、電話番号、どんな症状があるか、いつから起きたか、身長、体重、アレルギー、持病、そんな質問をした。

 それをゆっくり答えている間に有志がきて、名前や住所などは代わって書き込んでくれた。

 日曜日でも待合室は混雑していて、「小さいガスボンベが爆発したんだ」とやけどをした人や、「インフルエンザかもしれないんで車で待っています」という人、子どもの熱でみてほしい、など、とたくさんの患者が訪れていた。

 時折電話がかかってきて応対している内容から察するに、電話で予約してきたらよかったようだ。

 そこまで気が回らなかった自分がにくい。

 私は有志にもたれて目を閉じていた。

 「……ああ、こっち側に出入り口も駐車場もあるんだ」

 有志が小さな声でつぶやいた。私も少しそちらに目をやると、子連れの女の人が小さな扉から入ってきていた。扉には救急入り口と書かれていて、その向こうに駐車場も見えた。正面玄関とは真逆の位置にある救急。さすがに正面入り口からこっちに歩いてくるのは遠いと言うことか。

 「次はあまり利用しないほうがいいけど覚えておこう」

 有志のつぶやきに小さく笑った。

 うん。あまりお世話にならないジャンルの病院だものね。

 そのほうが良い。

 少し笑ったらそれだけで疲れて再びうつむく。手に握っていたナイロンが目に入って、このまま使わないまま終るかなって思ったけれど、

 「ごめん、やっぱ気持ち悪い」

 ナイロンの中に私はまた嘔吐した。一度こみ上げたものはなかなか収まらず、数度吐き出す。

 やっぱり透明の液体だった。

 ちょうど

 「高橋さん。3番で内科の先生が見てくれますよ」

 看護師さんが呼びに来たのと同時だった。

 一通り嘔吐が終るのを待って

 「それ、処分しておくから、診察受けておいで」

 有志がナイロンをそっと取り上げたので、私はごめんねって謝って診察室に向かった。

 診察室は思っていたのとは違った部屋だった。

 机にパソコンはあるけれど、書類や本は置いてない。事務感がほとんどない部屋だった。

 ほかにあるのは椅子が二つと、大きな処置用寝台がひとつだけ。

 私は寝台に座るよう勧められ腰かけた。

 「嘔吐してたみたいだね。まだ出そうだったら教えてね」

 そう声をかけてくれたのは四十代後半くらいのめがねをかけた先生だった。

 「いつから吐き出したのかな? なにか心当たりある?」

 「今朝です。昨日のどが渇いたまま寝て、今朝ものどが渇いたなって思って目が覚めて……で、背伸びしたときにミシッて頭の中で変な音がして頭痛がおきました……。脱水だったら嫌だなと思って水分を取ったらそこから嘔吐も始まったんで、病院にいっておいたほうがいいと思って連れてきてもらいました」

 「……なるほど。朝起きて、背伸びをしたときに、頭の中で変な音、か。よくわかった。東5に連絡して先生呼んで。で、MRIの準備ね」

 医師が看護師に指示を出した。

 聞きなれない単語に私は痛む頭を押さえながら医師を見上げた。

 先生は笑って

 「大丈夫。まだ時間あるからちょっと調べよう。いくつか質問するよ? 高血圧って言われたことある? 診断されたことある?」

 「あー……健康診断で、薬飲むほどじゃないけど高めだから気をつけてといわれたことはあります」

 「家族、親族で脳の病気した人いる? くも膜下出血や脳梗塞みたいなの」

 「くも膜下出血はいます。祖母と叔父、それ以外も」

 「いるのか。じゃ、そのまま、前かがみになってみて?」

 「はい」

 言われたまま俯くとずきりと痛みが走った。起こしていいよと言われ、身を起こすと、ほっと息が漏れた。

 「頭痛かった?」

 聞かれて頷くと、先生は穏やかな表情を崩さないまま

 「最後にちょっと首あたり触らせてね」

 私の後ろに手を伸ばす。

 うなじ付近をくいとさわって、医師がうんとひとつ頷いた。

 「ストレッチャーもってきて。移動に使うから」

 再び看護師に指示を出し「機械の準備ができたら、詳しく調べますからね。落ち着いてゆっくりしててくださいね」

 私にゆっくりした声でいった。

 やってきたストレッチャーに乗り移ったところで

 「あ、あの、主人は?」

 汚物の片付けにいってまだ現れない主人を心配して体を起こそうとしたけれど、看護師さんに笑顔で押し戻される。

 「ご心配なく。ちゃんとお話しておきますからね」

 そういって別の部屋に連れて行かれた。

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