表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/50

3月3日

 昨夜の続きで、今朝は栄子さんが検温・体重測定、血圧&酸素濃度測定、それから朝の点滴にきてくれた。

 この前、栄子さんが中学生の時に新体操部に入っていたという話を聞いて、それだったら中学時代に新体操部だったかなちゃんのことを知ってるなあって漠然と思い出した。

 かなちゃん、というのは私の中学からの親友とも呼べる友人だ。

 仕事も美晴さんや栄子さんと同じ看護師さんだし。

 きっと知ってるだろう。

 そう思って

 「栄子さんは、かなちゃん知ってますか? ええと、旧姓山田さん」

 尋ねると

 「かなちゃん? ええと今、立花さんだっけ。知ってるよ。同じ部だったし」

 「そうそう」

 栄子さんの返事に私は頷いた。

 「今も国立病院でいるの?」

 栄子さんは今の彼女の勤め先も覚えていた。

 「はい。バリバリやってますよ」

 そういうと、そっかあと栄子さんは笑って忙しそうに次の人のところに行った。

 私は栄子さんを見送ってからふと窓の外を見た。

 かなちゃんのことを思い出して、それからある事実に気づき、たらりと汗が流れた。


 私には、中学1年の時からいまだ仲よく遊んでいる友人たちが男女7人いる。しっかり者なのに抜けちゃってるかなちゃん、一見おとなしそうだけど一番しゃんとしているなおちゃん、明るくて行動的なさゆきに、仕事熱心なしのぶちゃん。元銀行マンできっちりした高木君と、車が大好きな立花君、それから痩せの大食いを体現したうらやましい体質の奥本君。成人式の時に再会して、それからカラオケに行ったり遊びに行ったり、よく飲んだりするようになった仲間たちだ。

 もともとは、中学一年の時に同じクラスになり、そして同じ班になったグループが最初、とかいう……。ちなみに、かなちゃんはこの中のメンバーの立花君と結婚した。

 人生どこに結婚相手がいるかわからない。

 その後、それぞれ結婚したり子どもができても、お祝いを送りあったりする友人だちだ。


 その友人たちに、私は自分の病気のことを知らせていなかった。

 このなかでも、かなちゃんと高木君は怖い。

 知らせてなかったことを後でばれたらすごく怒りそうだ。

 でもまあ、要はばれなきゃいいわけで。

 このまま黙っていてもいいかなあ? そう思っていたのだが、ふと、もう一つ重要なことを思い出した。

 SNSの私が登録しているうちの二つで、上記の仲間内の一人であるなおちゃんと繋がっていて、私がここのところの入院中の記事を書いているのを彼女がちゃんと読んでいることを。

 ……えーと……。

 どうしようかなあ?

 なおちゃん経由で、みんなに知れ渡るなあ、これ。

 けど、自分から病気になったよ、入院しているよ、っていうのも、みんな、暇だから見舞いに来て!! って宣伝しているようで嫌だ。

 「うん、なおちゃんにまかせよう!」

 私は気づかぬふりを決め込んだのだけど。


 あー。

 結論を言うと、その日の夜、7人のうちの一人の、さゆきちゃんからメールが入った。「なおちゃんから、由乃ちゃんがくも膜下出血で入院してるらしいってさっき聞いたんやけど、本当ですか?」と。

 なおちゃん、そっちにもっていったか!!

 私は苦笑いした。

 私は談話室に移動してさゆきちゃんに電話をかけた。

 「ごめん、黙ってた!! っていうか、みんなに連絡するっていうのが頭からすっぽり抜け落ちてて、今日まできれいさっぱり忘れてた!」

 謝ったら

 「それくらい言えるなら元気そうだね。よかったわ」

 さゆきちゃんが安心したように言う。

 さゆきちゃんも、今日たまたまスーパーでなおちゃんに会って話を聞いたらしい。

 なおちゃんも、半信半疑の上「ほかの子に聞こうにもSNSみんなやってないし、知ってるの私だけっぽいし、どうしよう?」と相談されて、それでさゆきちゃんが私に確認にメールをくれた、ということだ。

 ほかの子たちへの連絡はさゆきちゃんに任せることにした。

 任せることにしたのはいいけれど。

 「……ねえ。私、かなちゃんに刺されそうな気がするけど、気のせいかな」

 さゆきちゃんにぼやいたら、さゆきちゃんが笑った。

 「あー。そりゃあもう、めった刺しにされると思うわ。刺されときなよ」

 「いやーー!! せっかく助かった命なのに!!」

 ひとしきり笑いあって、私は電話を切った。

 なんとなく、すっきりした。


 ついでにアイスノンもらって来ようと思って、詰所にいったらやっぱり西田先生がいた。

 毎日毎日遅くまでお疲れ様です。

 「痛み止め?」

 笑いながら聞かれたので

 「違います。アイスノンもらいにきました」

 言うと、中で美晴さんがいて持ってきてくれる。

 「美晴さん、今さ、私がくも膜下になってること、SNS経由でなおちゃんにばれて、そこから芋づる式にみんなにばれて、今、さゆきと話してた」

 言ったら

 「まあしょうがないね。さゆきちゃん、元気なの?」

 笑われた。彼女もさゆきとは幼稚園から高校まで一緒の幼馴染だ。ちなみにかなちゃんとも部活が一緒で中高一緒だから仲がいい。

 「さゆきちゃんとか奥田君くらいならいいんだけどさ。かなちゃんとか高木君にばれたらさ……」

 私が遠い目をしながら言ったら

 「あー……」

 美晴さんも遠い目をした。

 「先生たちにせっかく助けてもらった命なのに、刺されるかもしれない」

 私が片手で顔を覆い泣きまねをしたら

 「強く生きて」

 ポンと肩をたたかれた。

 強く、生き残れますかね?

 私たちのそんな会話が聞こえたのか

 「ちょっとちょっと、不穏な会話しないでくれる?」

 先生が苦笑いした。

 いや、うん。

 だってね?

 「かなちゃんって、私たちの中学からの友人で、今、国立病院の看護師さんなんですけど……怖いんですよ」

 私は両手で顔面を覆った。

 「ほれみたことか!? なんで黙ってた!? ねえ、どっちで怒られると思う!?」

 美晴さんを見たら美晴さんがあはははと笑う。

 「どっちもいいそうだわ。まあ、きっと手加減してくれるって」

 そういうと美晴さんは、ナースコールで呼ばれて出て行った。

 看護師さんは夜も大変だわ。

 「なんだか大変そうだね」

 西田先生が私を見上げて笑う。

 「先生の仕事ほど大変じゃないから大丈夫」

 私は笑って先生にお休みなさいと、早く帰るんだよって言って部屋に戻った。


 

 病室に戻ると、

 「おばあちゃん、このご飯傷むから片付けるよ」

 看護師さんが、耳の遠いおばあちゃんのご飯を片付けていた。

 看護師さんに挨拶をして自分のベッドに戻ると、私はその日、久々に痛み止めを飲まずに眠りについた。

 が。

 夜中

 「ないんじゃ、ないんじゃ」

 例のおばあちゃんの声で目が覚めた。

 ガサゴソと何かを探しているようだ。

 4人部屋の、ほかの二人のおばあちゃんは、眠っているようだ。

 耳をすませば二人の寝息が聞こえてくる。

 そして起きているおばあちゃんは、何かを探しているようで、あっちこっちをひっかきまわしていた。

 何時だろう?

 時計に手を伸ばした時、ガシャンと眼鏡を下に落とした。

 手を伸ばし探ったけれど、わからない。仕方なく、スタンドをつけて、眼鏡を拾い上げたのだが、どうやらそれがまずかったらしい。

 「ないんじゃがな!」

 シャア!! とカーテンが開いたかと思うと、下着姿のおばあちゃんが目の前に立っていた。

 きっと、心臓の弱い方は見てはいけない光景だったに違いない。

 ビクリと震えたけれど、どうにか落とした声で尋ねる。

 「おばあちゃん、何がないの?」

 眼鏡をかけながら、低い声のほうがよく聞こえるらしいというので、わざと低く、そしてゆっくり尋ねるとおばあちゃんはちゃんと聞き取ってくれたらしい。

 「おいとったごはんがないんじゃがな」

 今にも泣きそうな顔だ。

 ああ、寝る前に看護師さんが片付けてたあれか。

 時計を見ると、朝の4時。朝ごはんは8時だからあと4時間もある。

 「そっか。でもおばあちゃん、次のごはんまでまだだいぶん時間あるから、もう一度寝よう?」

 そう声をかけるとおばあちゃんは悲しそうに、ないんじゃがな、ないんじゃがな、おなかがすいたんじゃがな、とつぶやきながら自分のスペースに戻った。

 私は自分のスタンドの電気を消して、静かにしていると、おばあちゃんはまだ何かを探しているのかガサゴソしている。そしてどうやら冷蔵庫の中から何かを見つけたのか、ごくごく飲んでいる音が聞こえた。

 私は頭をかいて、ぬるくなったアイスノンを取り上げた。

 なるべく足音を立てないように詰所に歩いていく。

 さすがにもう西田先生はいなかった。

 でも中にいた美晴さんと若い男の看護師さんが、私を見て目を丸めた。

 「早いですね。どうしました?」

 「うん? 私の素敵なお目覚めの話をしていい?」

 かいつまんでさっきの出来事を話すと、さすが若い看護師さん。走ってそっちの様子を見に行った。

 「若いって素敵だねえ」

 私は美晴さんにぬるくなったアイスノンを渡して交換してもらう。

 「ねー。この年になると夜勤がきつくてさ」

 「本当にそうだと思うよ」

 私は頷いた。

 と、そこに

 「高橋さん、牛乳飲んで満足したのか、もう眠られたので大丈夫ですよ」

 看護師さんが早足で静かに戻ってきて報告してくれた。

 本当に足早いな。

 「お手数をおかけしてすみません。ありがとうございます」

 お礼を言って、私は自分の病室に戻った。

 そうはいっても、もう眠れないからパソコンで遊んでいたんだけれど。


 思えばこれが悲劇の始まりだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ