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2月8日(1)



 2月8日 AM 1:45

 

 夕飯を食べ、お風呂に入り。

 明日のお出かけに備えてさっさと寝ればいいものを、なんとなくうだうだとネットやビデオの録画を見ながら夜更かしをする。

 休日のうだうだとした時間の過ごし方は嫌いじゃない。

 そして話題は自然と

 「明日、てゆか今日だけど起きたらどこ行く?」

 いつものお決まりの言葉。

 でも今はシーズンオフとあってネット情報を見ていても、これといって心ときめく場所がない。

 だが明日は三連休の最終日。

 明後日がきたら、仕事がまた始まる。

 仕事を思い出すと、とたんにトークダウンする夫をどうにか持ち上げようと、心踊る場所を探すけれど、あまり遠くに行くのも後々に響くことを考えてしまうのは、2人とも年だからだろうか?

 「どこいこうかなあ」

 「また美術館にする? 企画展の中身変わったかな」

 「うーん、変わったけれどあまり心ときめく展示じゃないなあ」

 「そっか」

 そんなやり取りを繰り返し、もう丑三つ時を越えていた。

 いい加減寝ないとまずいなと、朝の予定は起きてから行き当たりばったりに決めることにして、寝室に移動をする。

 戸締りを確認し階段に足を乗せたときに、「のど渇いたなあ」そう思ったけど、寝る前に取る水分はトイレに近くなりそうで、まあいいかと睡眠を優先してしまった。

 ……このとき、水を飲んでいたら、何か違っただろうか?

 


 2月8日 AM 7:30


 ごそり

 隣の動く気配で目が覚めた。

 有志がとんとんと1階に降りていく。

 目覚まし時計を見れば、7時半だった。まだ眠い。

 「のどかわいたなあ」

 昨日からののどの渇きはまだ続いていて、いい加減お白湯か何か飲まないとまずいなあと思いつつ、布団をめくったらつめたい空気にさらされてぶるりと身が震えた。

 お布団から離れがたい。

 私は暖かいお布団にもう一度包まって惰眠をむさぼった。


 どれくらいごろごろしただろう。

 「いい加減起きよう」

 お布団をめくれば、やっぱり空気は冷たい。でもいつまでもこうしているわけにいかない。

 横になったままぐんと力を入れて背伸びをした。

 

 そのときだった。


 

 ピシミシッメシッ

 「っ!」


 変な音が大きく響いた。

 激しい痛みも伴って、頭を両手で押さえる。

 今の、音……なに?

 私は視線を巡らせた。が、消えない頭の痛みに眉をしかめる。

 今の音は、外から聞こえたわけではない。

 全部頭の中でした音だ。

 頭蓋骨が圧でひしゃげたかと思った。そんな音と痛みだった。

 「なにがおきた?」

 ジワリとした痛みが続いていることを自覚しながら、私はもう一度ゆっくりとぐるりを見渡した。

 あたりに変なことは起きていない。やはり今起きたのは自分の体の中のことだ。

 自分の手をグーとパーに握ったり開いたりしながら、なぜか嫌な予感に襲われた。

 あんな音は今まで体験したことがない。

 しかし、可能性があるとしたら

 「……もしかして、今の血管かな?」

 よく医療番組で見かける脳出血を思い出した。

 でももし血管が体内で裂けたとしたら、今こんなふうに意識が保っていられるだろうか?

 きっとなんでもないにちがいない、うん。気にしすぎだ。

 そう思い込みたいけれど、なんとなく、なんとなく、さっきの音はよくない音だと自覚していた。

 同時に思い出したのは祖母と叔父のこと。父方の祖母と父の弟は十年前にそろってくも膜下出血で亡くなった。祖母は病院に運ばれて、手術をしないことを選択しそして亡くなった。叔父は、夜眠るといって寝室に入り、朝になっても起きてこず、起こしにきた奥さんと、仕事の迎えにきた叔父の部下が、ベッドの中で亡くなった叔父を見つけたという。

 もし、私の身に今起きたことがあの時叔父の身に起きたことと同じだったら?

 万が一そうだったとしたら、ここでもう一度眠ってしまうと、冷たくなった私を夫が見つけるということか?

 それはあまりにもまずいだろう?

 ぞわりとした恐怖に襲われて、ベッドから立ち上がる。

 少しふらついたけれど、大丈夫だった。

 視力が悪いので霞む視界をどうにかしようと、寝る前にはずしたコンタクトレンズに手を伸ばしかけたけれど、万が一のときにこれをしていては困るだろうと思い直し、普段使わないめがねに手を伸ばした。

 うん、見えないよりはずっといい。

 立ち上がると貧血のような感じがしたが、どうにか歩くことができた。

 そろそろと階段を降り、リビングに行くとソファにどさりと倒れこむ。

 「おはよ? ……どした?」

 すでにパソコンで遊んでいた有志が不思議そうにこちらを見た。

 「ごめん、調子悪いかもしれない。さっき、頭の中で変な音したんだよ。頭痛もある……昨夜からのどが渇いてて、ただの脱水だったらいいんだけど……有志さん、お白湯作ってくれる? あと冷蔵庫にあるスポーツドリンクも取ってもらっていいかな」

 「わかった」

 夫が電気ケトルでお湯を沸かしている間に、コップに注いだスポーツドリンクをもってきてくれる。お礼を言いつつそれに手を伸ばし、ゆっくりと口に入れた。少しずつ嚥下する。

 「味が濃いな……お湯で倍に薄めて?」

 沸いたお湯でスポーツドリンクを薄めてもらい、ぬるくなって味も薄くなったそれをゆっくりと飲み干す。

 まだじんわりした頭痛がやまなかった。

 グラスをテーブルにおいて両手で頭を抑えると、おそってくる頭痛とだるさに眠ってしまいたくなった。

 「病院行く?」

 半月ほど前に、有志は食中毒で嘔吐下痢をし病院で処置を受けたところだったので、今の私の様子も脱水症状だと思っていたようだ。

 「行かないとまずいかも」

 そういって立ち上がった。

 医者よりもまずこみ上げてくる嘔吐感に、私はトイレに向かう。

 少し余裕がありそうだったので、軽くトイレを拭き掃除をする。それを流して、手を洗ったとき、とうとうこらえきれず便器に嘔吐した。

 中を見れば透明の液体。さっき飲んだスポーツドリンクの甘い味が口に広がる。そこから何度も何度も吐いた。

 やはり透明な液体ばかり。

 とうに飲んだ物以上の液体を吐いただろう。

 口をゆすいでも、スポーツ飲料の甘い味とにおいが口から消えなかった。

 このときもはもう私の中で、これはまずいことになったと確信めいたものを感じていた。

 救急車を呼ぶべきか?

 しかし私は今歩くこともできている。

 頼めば病院に連れて行ってくれるだろう夫もいる。

 今日は日曜日だったが、トイレから出れば案の定、夫が

 「病院、今日どこが開いてるかな」

 当番医をネットで探してくれていた。

 まあこの辺りの小さな医院でも電話したら看てくれる。けれど、私はもしもの場合を考えて地元の総合病院に連れていってと頼んだ。

 もしもの場合、小さな医院じゃ間に合わないかもしれないから。

 ただ、普段使わない総合病院を指定したものだから

 「まあ、それは確実だけど、そんな大きい病院行くほどキツいの?」

 有志が心配そうに覗き込む。

 「うん。まあ今なら間に合うと、たぶん死なないと思うんだけど」

 うん。

 不思議と死ぬとかそんな恐怖は今ないけれど、でもそれは今だからだ。

 遅くなったらどうだろう?

 今大きな病院に行けば間に合う、それだけは直感で感じてた。

 「死ぬって、大げさだな」

 有志が笑って、パジャマを脱ぎ捨てる。私も家事室でパジャマを脱いだ。

 前日に片づけしたばかりの家事室。そこで服を脱いで着替えを選ぶ。

 まだ2月。外は寒い。

 暖かくて、でも万が一、処分されても困らない服、でも下着はそれでもかわいいのがいいな。

 そう考えながら服を選んだ。




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