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ショートストーリー 楽にしてやってください

作者: 夢前孝行

 前田の姉は三年前大腸癌で七十一才の若さで死んだのだが、

大腸癌の手術をすればもっと長生きをしていたかも分からない。

 とにかく最初に入院した病院で余命あと二ヶ月と宣告された。

 前田の姉は一人住まいで、金もたくさん貯め込んでいた。

 前田家は現在四人姉弟で前田が次男坊で長兄がいて弟がいた。

 長男と次男の前田の間に姉がいたのである。

 一人住まいだし、何かと心細い。何分余命二ヶ月と宣告されている。

 その上、最初に入院していた病院には手の施しようがないと言われて退院させられた。

 困ったあげく姉に正直に

「大腸癌で余命二ヶ月と宣告されている」

 と長兄から言わせた。



 退院後姉は前田の家から五百メートルほど離れた一軒家に住んでいたが、

一人住まいなので心配でならない。

 前田が姉の家の近くに住んでいることと、

何か困ったことがあると姉は前田に相談に良く来ていたから当然前田が姉の身の回りの世話をした。



 前田は姫路の北にあるS病院にホスピス病棟があるのを知っていたので、

そこに姉を入院させて面倒をみてもらおうとした。

 ところがそこに入院すると言うことは死に行くことで、

決して病気を治しに行く処じゃない。

 先生はここに入る前に、今なら手術をしても助かるし長生きも出来る、

その代わり抗がん剤を投与しなくてはならない、と言うと、姉は、

「抗がん剤を打つと頭の毛が抜けるんでしょ」

 と不服を唱えていた。

 長生きしようと思えばそうするのがベターだと先生は言っていたが、

姉はここに入院しますと言って、治療しないで死んでいくことを望んだ。

 このホスピス病棟に入院すると痛みで苦しむことなく自然に死なせてくれる。

 いわばこの病棟は癌患者の姥捨て山なのだ。



 この病院に姉が入院にして三ヶ月が経ったころ様態が急変し家族が集まった。

 前田は姉がベッドの上で苦しみのため腹から絞り出すような声を上げ始めた。

 そこで前田は看護師に、

「楽にしてやってください」

 と言うと、看護師は本当に楽にしてやっても良いのですか? と前田に何度も聞く。

 しつこいなと前田は思った。

 ちょっとモルヒネの注射を打って痛みを止めてくれれば済むことだ。

 だのに、何回も本当に良いのですかと聞く。

「いいです」

「分かりました。そこまで言われるなら」

 看護師は先生を呼び腹に注射を一本打った。

 すると、姉は苦しみから解放されて悲鳴も上げなくなったと思ったら、

あっという間に死んでいった。



 姉の死後何日か経ってよく考えてみると、

看護師が何回も前田に「楽にしてやってくださいといったことは、

死なせてやってくださいと言ったと同じことだと思った」

 だから何度も何度も「本当にいいのですか」と聞き返していたのだ。

 このホスピス病棟では楽にさせると言うことは「死」を意味することだったと前田は気付いた。

 だからしつこいくらいに看護師が何度も聞いて生きたのだ。

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