危機
「夏樹、ここから二手に別れよう」
堅護の唐突な一言に面食らったような表情をした夏樹は、
「何言ってるのさ堅!あんな化物がいるのに危険すぎるよ!二人で逃げ切れる手段を探そう!」
言いながらも既に夏樹の息は絶え絶えだった。無理もない、まだ数十分程度しか経ってないが全力疾走を続けているのだから。
しかし堅護は日頃の成果の賜物で体力には自信がある。まだ多少は動きそうだ。
「二人が助からないのは分かってるだろ?生存率が一気に50%も上がる策だ。やるしかないだろ!?」
そう言いながらも背後からは付かず離れずの距離を保ちながら怪物が迫っていた。おぞましい顔、気色の悪い声を剥き出しにして。
「リアルに言わせてもらうとお前がいない方が助かりやすいって言いたいんだよ!ヘロヘロな夏樹なんて連れてたら追いつかれちまう。お前はさっさとその脇道に逸れてろ!」
憎らしい表情を作った堅護は、夏樹の有無を問わずに無理矢理出口となる場所へ押し込んだ。
「け、堅!何するのさ!!」
強引に飛ばしたお陰か夏樹の声は響き渡るが姿は怪物からは見えなかった。
「化物!お前の相手は俺だ!」
怪物に向かって挑発すると堅護はもう一つの道に逃走した。
怪物はそれに反応し堅護にターゲットを合わせ追走を開始した。
堅護は何も夏樹のことが本気で邪魔になったから捨てたわけではない。ただ夏樹が助かる確率を100%に上昇させただけだ。
親友は必ず殺させなんてしない。今堅護を動かす原動力はその一心だった。
堅護の走る速度が次第に遅くなっていく。体力が落ちてきたのもそうだが最大の理由は前方にあった。行き止まりだ。
四方は高い壁に覆われ飛び越えるのは不可能そうだ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ー」
五メートル先には怪物が堅護に切迫していた。怪物の背後には夥しい血痕が流れ落ちて地面を赤黒く染めていた。
致死量の傷を負った姿は痛々しく、どう考えても立ち上がって歩けるはずはないのだが、現実は堅護の常識を遥かに超えている。
「……え?」
超常現象とも呼べる事態が起こってるのにもかかわらず、更に状況は困難を極めた。怪物は血みどろになりながらも、セーラー服にズタズタに破れたスカートを着用し、髪にはピンクのリボンが付いていた。すべての事象に心当たりがあった。クラスの中心人物で才色兼備のマドンナで、今日クラスでただ一人いなかった、
「真波……紗綾!?」
探し人はここにいた。
だが堅護の心が晴れることはなかった。
血生臭さが生暖かい風に乗って堅護の鼻腔を刺激し、紗綾は口を引裂いた笑顔を堅護に送った。
「け……堅!!」
泥だらけになった茶髪の少年は弱った身体を壁にもたれかけ、親友の後を追う。
結局堅護は一人で行ってしまった。自分の非力さが原因で迷惑を掛けたのは仕方ない。けど、夏樹は諦めない。親友を無碍に殺されるなんて嫌だ。
「今、助けに……ウッ」
頭に鈍痛を覚えた頃には既に夏樹は地面に突っ伏していた。背後には大男が無表情で佇んでいた……。