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8 対決 赤マント

8 対決 赤マント


 工事中のシートが被せられた体育館。今や誰も近づかなくなった場所。

 そこに一人の男子が、工事のバリゲードに背中を預けて座っている。

 彼の名は鬼頭虎勝。今や校舎側、グラウンド側を巻き込んで状況のど真ん中にいる人物である。

「ふぅ……そろそろ動くか」

 ため息をついて空を見上げる。黒い壁に覆われた空は、どこにも太陽の明かりなんかないのに明るかった。

 休息は十分に取った。

 グラウンドの王の追っ手に負わされた傷も粗方治りつつある。行動には何も支障あるまい。これからは大仕事だ。気合を入れてかからねば。

 立ち上がってズボンについた土ぼこりを払い、拳をガツンと合わせて気合を入れる。

「よし、まずはお礼参りだな」

 目的地はグラウンドの王本拠地、グラウンドの隅にある野球グラウンドのホームベース付近。

 そこに至るまでには幾人ものグラウンドの王を倒さねばならないだろうが、それぐらい覚悟の上だ。

「誰にケンカを売ったか、教えてやるぜ……」

 悪人めいた笑顔を浮かべ、一歩踏み出したと同時、校舎の影から一人の男子が顔を出す。

「お! ホントにいた!」

「……あ? 誰だ、テメェ」

 とりあえず、眼光と言葉で牽制。一般人ならば多少はビビるはず。

 案の定、顔を出した男子は顔を引きつらせて退いた。

「ケッ、雑魚か。どけよ。俺ぁ忙しいんだ」

「そ、そういうわけにもいかなくてね」

 顔を出した男子は、そのまま虎勝へと近づいてくる。

 根性なしかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。

「テメェ、俺が怖くないのか?」

「どうやら君は不良で有名らしいけど怖いとは別かな。僕はちょっと、そっち方面には疎かった、と最近自覚したばかりさ。……君が鬼頭虎勝くんで間違いないね?」

「くんなんて付けるんじゃねぇ。……ああ、確かに俺が鬼頭虎勝だ」

「じゃあ、鬼頭。僕の名前は三嶋駿平。君を誘いに来た」

 駿平は真っ直ぐ立ち、虎勝の視線から真っ向勝負する。

 虎勝の眼光は鋭さを増すばかり。しかし、駿平はそれに物怖じした様子を見せない。

「誘う? 俺を? 校舎側につけってか? それともグラウンドのヤツらが呼び戻しに来たってか? どっちにしろお断りだ」

「どちらも違う、と言ったなら?」

「回りくどいのは嫌いだ」

 虎勝は拳を握って一歩踏み出す。

 威圧したつもりだが、駿平は恐れず、退かない。

 代わりに真っ直ぐな視線と共に返答する。

「君が新しい勢力の長となるんだ」

「……あぁ?」

「グラウンド側、校舎側、そのどちらでもない新たな勢力を作り出す。君がそれを率いてこの学校の抑止力となるんだ」

「言っている意味がわからん」

 拳を収め、ポケットに突っ込んだ虎勝を見て、駿平は安堵したように息をついた。

 一般人である駿平が、覚醒者であり校舎側、グラウンド側共に一目置いている鬼頭虎勝相手に胆力で勝てるわけもない。完全な虚勢だったのだ。もう少し睨み合いが続けばボロが出てしまっていたかもしれない。

「話を聞いてくれる?」

「まぁ、時間に追われてるわけでもねぇ。話を聞くぐらい出来る」

「じゃあ……鬼頭は三すくみって知ってるかい?」

「じゃんけんだろ? グーはチーに勝って、パーには負けるって言う……」

「そう、それ。でも今回の場合は蛇、カエル、ナメクジの話に喩えてみよう」

「……なんか、国語の教師がそんな話をしてたな」

 蛇はカエルを一飲みにし、カエルはナメクジを食べる事が出来る。一見弱そうに見えるナメクジだが、蛇を溶かすほどの毒がある。故に蛇はナメクジが天敵である。カエルはナメクジを食べる事が出来るが、ナメクジを食べてしまうと蛇を抑止するものがなくなり、自分も食べられてしまう。蛇もナメクジも同様である。故に誰も動けず、膠着状態が続いてしまう、と言う話だ。

 因みに、実際にはナメクジは蛇にペロリと食べられてしまうらしい。ナメクジにそんなすごい毒はない。

「聞いたことがあるのなら重畳。……僕はそれに喩えて、君にその一端を担って欲しいんだ。校舎側、グラウンド側どちらも不用意に動けない程の抑止力にね」

「そうするメリットがねぇ」

 虎勝の返答は至極まともだった。

 駿平にとってはそれを目指す利があっても、虎勝にはない。ならばそれに付き合う必要もない。これはご破算だ。

「まぁ、そうなるだろうね。……だから、君にも利があるようにしようと思う」

「へぇ、俺が欲しいものをくれるってか?」

「僕に用意できるものなら、そうしよう。君の望むものはなんだい?」

 駿平の真っ直ぐな視線。それは先程の虚勢とは違うように見えた。

 揺るがぬ自信に裏打ちされた、強い光を発する眼差し。

 それを見て、虎勝はニヤリと笑う。

「俺の望みはたった一つ。誰にも縛られねぇって事だ」

「つまり……?」

「テメェにも縛られるいわれはねぇ」

 断られる覚悟はあったが、ここまですっぱり断られるとは思っていなかった。

 駿平はこの時点で切るつもりのなかったカードを切らざるを得なかった。

「あ~……全く関係ない話だけど」

 かなり自然な動作で、駿平は携帯電話を取り出した。

「鬼頭は湯浅いおりさんって人は知ってるかな?」

「……あ?」

 虎勝の顔色が一瞬揺らぐのを、駿平は見逃さなかった。

 まぁ、知らないはずもないだろう。いおり本人から聞いた事だが、二人はいわゆる幼馴染の関係。これでシラを切れるのなら、虎勝はかなりポーカーフェイスの上手い人間と言える。

 このタイミングでいおりの名前を出された理由を察したのだ。

「実は僕もちょっとした知り合いでね。僕の友人が彼女のすぐ傍にいる」

「いおりを交渉材料にしようったって無駄だぜ。俺とアイツは顔見知り以上の関係じゃないからな」

「へぇ、仲良さげにファーストネームで呼び合ってるのに?」

 これはブラフ。本当に幼馴染以上の関係であるとは思ってはいない。例え単なる幼馴染であったとしても、顔見知りを見殺しにしたとなれば罪悪感を覚えるだろう。何かしらそういうサインが見られれば良いな、程度の虎勝の反応を窺う布石だったが、効果はあった。

 虎勝の目がピクリと動く。そして駿平に一歩近づく。

「おっと、あまり近づかないようにね。僕が携帯電話をかければ、湯浅さんがどうなっちゃうかわからないよ?」

「黒い壁が出来てから、ケータイが通じないのは知ってる」

 このハッタリは見破られたか。だが、それでも次の手はある。

「それは流石に知ってたか。……でもね、携帯電話の機能は発信着信だけじゃないよ? 色々な使い方で、僕の友人に連絡を取る方法はある」

「へぇ? 試してみろよ。その前に俺がお前を殺してやるけどな」

 殺意たっぷりの発言に、駿平の虚勢が剥がれそうになる。

 だが、根性でこらえ、笑みを絶やさない。

「それもやめておいた方が良い。この携帯電話以外にも合図は何通りも用意している。考えられるのは幾千幾万の合図の方法。実際に僕は複数の合図で友達に連絡する方法を用意している。君がこれら全てを看破し、全ての合図方法を潰し、湯浅さんを助け出す確率なんか知れてるだろ? 分が悪いと思うけどね」

 駿平の言葉に、虎勝は目に見えて不機嫌面を下げ、しかし動きは止める。

 まずは第一段階、成功。

「勘違いして欲しくないんだけど、僕は別に湯浅さんをどうにかしたいわけでも、君の機嫌を損ねたいわけでもないんだ」

「だったら、何が目的だって言うんだよ?」

「湯浅さんの無事は保障する。だから、しばらくの間……半日、いや三時間で良い。僕に力を貸してくれないか」

 先程とは打って変わり、極力真摯に訴えかける。

 こちらは駿平の本心なので、言葉にも力が入る。

「僕は記憶喪失の女の子を助けたいだけなんだ。彼女が記憶を取り戻す事が出来れば、その後は君が好きな様にして良い。今回の仕返しに、僕をボッコボコにしてくれても構わない。だから、それまでの間、力を貸して欲しい。名前だけ借りられればそれで良いんだ」

「……テメェがそれほど必死になる理由は何だ?」

「え?」

「その女子ってのは、テメェのカノジョかなんかか? テメェが命張ってまで助けたいヤツなのかよ?」

 そう尋ねられて、駿平は答えに窮する。

 考えてみればゴンベエは突然目の前に現れた、見ず知らずの女子。彼女を助けてあげる義理なんてこれっぽちもありはしない。

 駿平がゴンベエを助ける理由なんて思いつかない。

 だが、同時に疑問にも思う。

「僕がやりたいと思った事に、理由なんか必要なの?」

 それは挑発とも思える発言であった。

 だが、その答えを聞いて虎勝はニヤリと笑う。

「なぁるほど。テメェの考え方はグラウンド側だな」

「え!? どゆこと!?」

「テメェの欲求に正直だ。自分のやりたい事を抑圧しようとしねぇ。下手に小奇麗な理由を並べ立てるような校舎連中よりは何倍もマシだ」

 そうでなければ人質を使った交渉だなんて汚い真似は、普通の高校生がブラフで使えるような事ではない。

「良いだろう、三時間だけ俺の名前を貸してやる。それが役に立つんならな。だが、いおりがかすり傷一つでも負ってたら、その時は容赦しねぇ」

「あ、うん、それは大丈夫だと思う。湯浅さん!」

 駿平に声をかけられ、校舎の影から二人ほど現れる。

 いおりとゴンベエだ。

「なっ!? そんな所にいたのか!?」

「虎勝ってば、心理戦弱すぎじゃない。あんな見え見えのブラフに引っかかるなんて……だからアンタは勉強できないのよ」

「関係ねぇだろ! テメェこそ、易々と利用されてんじゃねぇよ!」

「うっさいわね、まんまと騙されたアンタに言われたくないのよ」

 顔を合わせた途端に口げんかを始める二人。

 そんな様子を見て、駿平は二人の関係をなんとなく把握した。

「仲、良さそうですね」

 ゴンベエも駿平の隣で二人の様子をほほえましく見る。

「ゴンベエにも、あんな友達がいたかな?」

「さぁ、記憶を失くす前の事はわかりません」

 ゴンベエの寂しそうな横顔に、駿平は何か言いかけてやめる。

 突然恥ずかしくなったのだ。『自分がそんな友人になっても良いか』なんて尋ねられるわけもない。何せ、ゴンベエとはまだ出会って数時間しか経っていないのだ。そんな事を言ったら、本当に一目惚れでもしてしまったかのようではないか。

 だが、思い返せば、言っておけば良かった、と思うだろう。


「えっ!?」

 ゴンベエの驚いたような声がやたら遠くで聞こえたような気がした。

 駿平が感じたのは何かがぶつかる衝撃と、身体の中を異物が貫通する嫌な感触。

「最初からこうしておけば、簡単に殺せたんですねぇ」

 背後から聞こえるのは女子の声。だが、今まで聞いた事もない声だった。

 自分の胸辺りを確認してみると、真っ赤に塗れた剣の切っ先が見えた。

 駿平の身体を、凶刃が貫いていた。

「い、いやあああ!」

 剣はズルリと音を立てて引き抜かれ、支えを失った駿平の身体は力なく倒れそうになる。ゴンベエは悲鳴を上げながらそれを受け止めた。

「ちっ、変な客が多いな」

「そ、そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?」

 虎勝はいおりをかばうように立ち、乱入者を見据える。

 それはカーテンを羽織った姿の刺客。元々は白かったであろうカーテンが既にほぼ赤黒く染まっている。

 どれほどの血を吸ったのかわからないが、正気の沙汰ではあるまい。

「駿平さん! 駿平さん!!」

 大声で呼びかけるゴンベエだが、駿平の方に反応はない。

 ただ、浅く短く息をするばかり。しかし、そのか細い息にも血が混じる。

 その傍らに立つ白マント……いや、今や赤マントとなった少女は、手馴れたように剣ついた血をマントで拭く。

「ふふ、ふふふふふ、これで三人目ぇ」

 その言葉が明確に何を数えて三人目なのか、言わずとも知れた。

 彼女の凶刃に倒れた人数である。

 その言葉にいおりは総毛立って怒りをあらわにする。

「あ、アンタは……ッ!!」

 しかし、虎勝がその行く手を塞いだ。

「何すんのよ!? どきなさい!」

「テメェが刃向かったところで、アイツと同じになるだけだ」

 虎勝は顎で駿平を指す。

 確かに赤マントは鋭利な剣を持っている。丸腰で近づけばすぐに斬りつけられるだろう。

 しかし、怪我人を前にして、いおりは黙っていられない。

「邪魔するならアンタからぶちのめすよ!」

「やれるもんならやってみやがれ……って、そんなじゃれあってる暇はねぇんだろ? 俺が何とかするから、ちょっと待ってろ」

 いおりの性格なんて、虎勝にはわかりきった事である。

 どれだけ宥め諌めても、いおりは怪我人を助けずにはいられない。ならばそこに潜んでいる危険を取り払うのが最善策だと知っているのだ。

「うふふ、手近な所にもう一人ぃ」

 狂ったように、熱に浮かされたように、赤マントは剣をゴンベエに向ける。

 ゴンベエは丸出しの殺意に中てられ、顔を恐怖で染めて駿平の身体を抱きしめる。

「これで、四人目ぇ!!」

 振りかざされた剣は、ゴンベエに向けて振り下ろされる。

 ……だが、次の瞬間、剣は地面を穿っていた。

 突風と共に、赤マントの目の前からゴンベエと駿平が消え失せたのである。

「こいつらを助ける義理はねぇが、放っておくとバカ女が出しゃばるんでな」

「な、なによ、その言い方ぁ!」

 気がつくと、駿平とゴンベエの首根っこを捕まえた虎勝がいおりに怒鳴られていた。その立ち位置は少しも動いていない。だが、舞う土ぼこりと突風、そして彼の手に捕まえられた二人の存在が、何が起こったのかを語っている。

 一瞬、理解が追いつかなかった赤マントだが、察する。

 虎勝が目にも留まらぬスピードで、駿平とゴンベエを助け出したのだ。

 彼は間違いなく覚醒者だ、と。

「ここでなら安全だろ、コイツの怪我は任せたぞ、いおり」

「アンタに言われなくても!」

 ダクダクと血を流す駿平を受け取り、いおりは彼の傷口に右手をかざす。

「だ、大丈夫なんですか!? 駿平さんは、治りますか!?」

「ああ、心配ないよ。あたしがいる内は、目の前で人を死なせたりするもんか!」

 いおりの心強い発言を受け、ゴンベエは安堵のため息を漏らす。

 それを見て、赤マントは舌打ちを鳴らした。

「そうか、あなたが校舎側の凄腕覚醒者……どんな傷もたちまち癒してしまうって言う。ふぅん……」

 マントを深々かぶった赤マントの目に殺意が灯る。

 いおりに向けられたその視線は、しかし虎勝に阻まれた。

「テメェ、俺の目の前で好き勝手やるじゃねぇか」

「あなたは……鬼頭虎勝ね?」

「おやおや、俺も有名人になったもんだな。で、テメェは何モンだ?」

「先生たちが言ってたわ。あなたなら好きに傷つけても良いって。……うふふふ、先生のお墨付きなら、気後れする事もないわぁ」

「なるほど、グラウンド側の追っ手をぶちのめしたかと思えば、今度は校舎側からのヒットマンってか。落ち着く暇もねぇなぁ!」

 そうは言いつつ、虎勝は嬉々とした表情を浮かべる。

「俺ぁ今、気が立ってるんだ! 手加減なんか出来ゃしねぇぞ!?」

「うふふふ、斬れる……人が斬れるぅ!!」

 狂ったように叫びながら、両者はお互いの間合いを詰める。

「と、虎勝!」

 いおりの心配する声が聞こえたような気がしたが、虎勝はお構いなしだ。

 赤マントに向けて拳を構えるが、相手は得物を手に持った狂人。

 リーチの差で赤マントが先制する。

 両刃の西洋剣は迷いなく弧を描き、虎勝の頭に目掛けて急襲した。

「今度こそ四人目ぇッ!!」

「やれるもんならやってみやがれぇ!!」

 閃く剣影は鋭く、疾く。微塵のブレもなく、確かな殺意を載せて襲い掛かる。

 狙いは虎勝の頭頂。唐竹を割るが如く、虎勝の身体を真っ二つにする勢いで、剣は大上段より振り下ろされた。

 しかし、虎勝はそれを難なく、掌で受け止めた。

 その剣の鋭利さは、駿平の身体が証明したばかりである。普通ならば掌は切り裂かれ、勢いと共に下腕が切り裂かれるはずだった。

 だが、虎勝は剣を受け止めていたのだ。

「……なっ、なにっ!?」

「ほぉぅ、何の遠慮もない斬撃。あそこのヘボが三人目ってのは嘘じゃないらしいな」

 その一撃で赤マントの場数を察する。

 普通ならば真剣による頭部への振り降ろしなど、現役女子高生が易々と放てるモノではない。これは慣れが必要なのだ。普通の人間ならば殴りかかるのだって躊躇する。その点、赤マントは迷いなど感じられない一撃を見せた。まず間違いなく、何度か試し斬りをしている証拠だ。

 しかし、その赤マントは斬撃を受け止められて蒼い顔をしている。

「な、なんで、止められるの……!?」

「なんでってお前……知らなかったのか? 俺だって覚醒者だぜ?」

「か、覚醒者だからって……」

「それはともかく、歯ぁ食いしばんな」

 赤マントに負けず劣らず、狂ったような笑みを見せて、虎勝は赤マントの顔面目掛けて本気パンチを振り抜く。

 体躯は小さめの赤マントは軽々と吹っ飛ばされ、地面を転がった。

 よろよろと立ち上がる赤マントを見下ろし、虎勝はプラプラと拳を振る。

「俺の能力は『ルールを外れる』能力。この世のどんな理も、俺を縛る事ぁ出来ねぇ。故に『人の身体は刃物で切れる』ってルールを破れば、俺の身体はどんなに頑張っても切られる事ぁねぇ」

「そ、そんなの……」

「卑怯ってか? ルール違反ってか? 常識外れってかぁ!? ああ、褒め言葉だね!」

 物理法則まで簡単に捻じ曲げてしまうような能力。それを前にして赤マントは何を思っただろう?

 しかし虎勝の能力は実際にはそれほど万能と言うわけではない。

 破れるルールの種類には限界があるし、それに一度の能力で破るルールも一つだけに限定される。能力を連続して発動させる事で色々なルールを破り続ける事は出来るが、連続稼動の限界を超えるとしばらくの間、能力が使えなくなるペナルティ付き。グラウンド側の追っ手を退けてから、しばらくの間ここで潜伏していたのは能力が使えなくなったからだ。その間に誰かが襲い掛かってきていたら、今頃はどうなっていただろうか?

 使用方法を誤れば、一気に劣勢へと転落してしまう能力である。

 しかし、そんな事まで敵に教えてやる義理もない。

 虎勝は未だ立ち上がる事が出来ない赤マントへと近づく。

「さっきの一撃、迷いはなかったが反面、重みがねぇし、技術もねぇ。俺は剣術に関してはよく知らねぇが、シロートがバットで殴りかかったみてぇだったなぁ。だが、普通ならそんな長さの鉄棒の重さで、思い切り人を殴りつければ俺の方にもそこそこの痛みもあるし、何よりテメェみてぇな細腕でそんなものをまともに振り回せるわけがねぇ。……俺が見るに、テメェの能力は『自分に都合の良い剣を作り出す』能力!」

 虎勝の言葉に、赤マントは口ごもる。恐らく図星だ。

 彼女の一撃が本物の剣によるモノだったなら、虎勝の能力で手は切り裂けなくとも、その重みと勢いで肉体にダメージは通ったはず。

 しかし実際の攻撃はかなり軽かった。それはあの剣自体に大した重みがない事を示している。恐らくアルミの様な軽い金属で作られたモノほどの重みしかあるまい。しかし、実際の成分はアルミではあるまい。もしそんな柔な金属であれば、今の一撃でひしゃげていてもおかしくはないし、何より駿平の身体を貫くほどの強度があるわけがない。

 ならば軽くて丈夫な金属でもって作られた剣と言うわけだ。そんな特殊な金属で作られた剣を一般の女子高生が持っているとは考えにくいし、何より黒い壁が出来上がる前まではどこに隠し持っていたのかと言う疑問も残る。

 故に、導き出される答えは、彼女の能力が『剣を作り出す』と言う能力だという事。

「だ、だったらどうしたって言うのよ! 私の能力を見破った所で、私に勝った事には繋がらないわ!」

「へぇ……まだそんな口が叩けるか」

 歪んだ笑みを浮かべ、虎勝は自分の足を上げた。その真下には赤マントの脛。

 虎勝の笑みに寒気を覚えた赤マントは、言いようもない不安と恐怖を感じ、足をどけようと思ったのだが、それよりも早く、虎勝の足が振り下ろされる。

 まるで乾いた木を踏み砕くように、赤マントの脚は易々と踏み折られてしまった。

「ぎゃあああああああああ!! い、痛い!! 痛いぃぃ!!」

「おいおい、何を泣き喚いてるんだ? テメェがさっきブッ刺したアイツ、アイツなんかもっと痛かっただろうよ!」

「痛いぃ! 骨が、骨が折れたの!」

「ああ、折ってやったよ。踏み潰してやった! だけど、それがどうした?」

 涙を零す赤マントと視線を合わせ、虎勝はその顔を覗き込む。

「テメェ、人を殺そうとしたんだろうが? 自分も殺される覚悟ってのは、当然出来てるよなぁ? 骨がイったぐらいでガタガタ喚くんじゃねぇ」

「ひっ……!」

 虎勝は赤マントの作った剣を奪い取り、空いている方の手で赤マントの首を締め上げる。

 赤マントは虎勝の手によって、足が地面につかないほど持ち上げられ、呼吸を阻害される。

「かっ……かはっ……」

「おぉおぉ、苦しそうに。でもよぉ、お前が今まで斬ったヤツらはこれ以上に苦しかったかもなぁ? お前はどこを斬った? 背中か? 腹か? 脚か? 腕か? 喉か?」

 虎勝はそのまま赤マントの身体を校舎の壁に押し付ける。

 人のモノとは思えない力が首にのしかかり、赤マントの気道はなおも狭まる。

「もしかしたら肺をイワしたヤツだっていたかもな? だったら、この程度の呼吸困難なんて序の口じゃねぇか! 俺の手をどければどうにかなるんだからなぁ! その点ではお前は恵まれてるぜぇ? まだ息が出来る可能性があるわけだからなぁ!!」

「か……かぁ……」

「でも、これからどうなるかはわからん」

 虎勝が握った剣の切っ先が、赤マントの小さな胸に突き立てられる。

 制服に切れ目が走り、白い肌がチラリと見えた。

「おぉおぉ、鋭利鋭利。これならお前の肺だって一突きだぜ。さぁて、どんな気分だろうな? どんなに息を吸い込んでも空気が抜け落ちてしまう感覚ってのはよ」

 狂った笑顔を見せる虎勝の言葉には、一つも冗談なんか感じられない。

 赤マントはその顔に何を思っただろう?

 今や涙はとめどなく零れ、開けっ放しになった口元からよだれもたれている。

 その瞳からは絶望しか窺えず、抵抗しようとする手にも力がない。

「さぁて、出血死が先か! 呼吸困難が先か! 試してみようかぁ!」

「虎勝ぁ!!」

 剣が肉に埋まる寸前で、虎勝は赤マントから引き剥がされた。

 後ろから組み付いたのは、駿平の治療を終えたいおり。

「アンタ、あたしの目の前で人を傷つけるとは良い度胸じゃないか! あたしにケンカ売ってると見ていいんだなぁ!?」

「テメェ、何しやがる! 今、一番良い所だろうが!」

「どこが良い所だボケェ! アンタがやってる事は、そこの赤マントと一緒じゃないの! あたしはそんなの、認めないよ! 人が傷つく現場を見過ごせるわけない!」

 虎勝はグイグイと引っ張られ、赤マントから距離を取る。

 開放された赤マントは地面にへたりこみ、苦しそうに咳き込んでいた。

「アンタ、大丈夫かい!?」

 そんな赤マントに、いおりは飛びついて折れた足の様子を見る。

 いおりの行動によって興を削がれたのか、虎勝は舌打ちしてそっぽを向いた。

 折れた足に右手をかざすいおりを見て、赤マントは涙ながらに尋ねる。

「ど、どうして……?」

「なんで傷を治すかって? そりゃアンタ、そこに傷があるからじゃない。アンタも痛いまんまじゃ嫌でしょ?」

「くっ……うぅ……」

「アンタも人に傷つけられるって事、殺される恐怖ってのを味わったはずよ。これからはもう、人に向けて剣を向けちゃダメだからね」

 赤マントは何も言えず、声を漏らして泣いた。

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