7 謀略 その二
7 謀略 その二
季節は夏、七月である。
新学期、入学式が終わってから三ヶ月ほど。そんな中で起こってしまったこの事件の中で、一年生と呼ばれる学生たちは他の学年の人間よりも混乱の渦中にいた。
状況が始まってすぐなどは、学校側のイベントなのか超常現象なのかわからなかった時間が長く続いてしまい、他の学年よりも対応が遅れた生徒が大半であった。
故に一年生の九割ほどは校舎に取り残されている。中にはグラウンドの王の行動理念に共感する者もいただろうが、完全に出遅れてしまい、今更校舎側を裏切ってグラウンドに出て行く勇気などない者がほとんどだったのだ。
ならばこそである。
「これはおかしい」
二階の廊下を歩きながら、三嶋駿平は唸っていた。
隣を歩く記憶喪失の少女、ゴンベエを連れて、避難場所になっている特別教室を歩き回ったのだが、彼女と顔見知りの人間がいないのだ。
ゴンベエが一年生ならば、誰かクラスメイトの一人でもいるはずなのだ。それなのに誰一人として彼女の事を知っている人間がいないというのはどういうことだろう?
「困りましたね……」
「そうだね。手がかりがつかめると思ったんだけど」
ゴンベエの顔も浮かない。
気落ちした少女の顔を見て、駿平は無理に顔を上げる。
「いや、落ち込んでいてもしょうがない。何かまだ手はあるはず。記憶を取り戻してくれそうな覚醒者を探したりとかさ!」
「そんな都合の良い覚醒者がいるんでしょうか……?」
「いるかもしれないじゃない! ……って、さっきの様子を見たらそう簡単に探せるような状態でもなさそうだけど」
特別教室を回っている間、覚醒者の捜索も同時に行っていたのだが、避難者の反応は芳しくなかった。聞くところによると覚醒者は一般人にとって既に恐怖の対象であったのだ。
校舎側から見れば、グラウンドの王は覚醒者の集団であり、身近な恐怖である白マントも覚醒者だという。こんな情報を前にして覚醒者という括り全てに恐怖心を覚えるのも無理はない。
校舎側の人間は覚醒者を畏怖しており、もしそんな一般人の集団の中にいる覚醒者自身はどう思うだろう? 覚醒者とは言え普通の感性を持っているならば『畏怖されている』と言う状況を嫌う。腫れ物を扱うようにされては居心地が悪くなる。保健室にいる湯浅いおりなどはかなり特例と言って良い存在だったのだ。
覚醒者は潜伏している。そして自分が覚醒者であるという事実を大っぴらにひけらかす事はまずない。
とすれば、単に聞いて回ったところで覚醒者を見つけるのは困難であろう。
「いっそ本当にグラウンドの方にでも行ってみようか?」
「え!? だ、大丈夫なんですか!?」
「やり方によると思うけど……まぁあんまり大丈夫とは言えないかもね」
「それは最後の手段にとっておきましょうよぅ。私はグラウンドにはあんまり近づきたくありません」
駿平だって好き好んでグラウンドに近づきたくはない。
話を聞く限り、グラウンドは今や核戦争後の世紀末もかくやと言った状況らしい。尾ひれはついているだろうが大筋は変わるまい。
覚醒者でもない駿平とゴンベエがノコノコとグラウンドを歩いていれば、すぐさま簀巻きにされて美味しくいただかれてしまうだろう。
「せめて白マントみたいな強い能力を持った用心棒がいてくれればな」
「白マントと聞いてっ!」
駿平の独り言に反応したのは、その辺をブラついていた男子。
「あれ、君は確か……情報通の!」
「おや、俺にはそんな肩書きがついているのかい!? いやぁ、困ったねぇ! やはりこの身から溢れんばかりの情報通オーラは隠しきれんか!」
彼は駿平が保健室から出ようとした時、偶然通りかかった男子だった。
確か、グラウンドの王へと話し合いに行く覚醒者を選ぶ場に急行する途中だったとか。
「で、覚醒者の情報は得られたのかい?」
「いいや、現場に行ってみたら集まった覚醒者は十人もいなかったよ。結局、選ばれた特使は女連れの一般人だったしな。……それよりもだ! 白マントの情報、欲しくないか!? 仕入れたてのホッカホカだぜ!?」
「聞きたいのは山々だけど、僕らは何も見返りを差し出せないよ?」
「良いって事よ! 顔見知りじゃねーか!」
恐らく、単なる話したがりなのだろう。
彼はきっと、将来マスコミに就職するような気がする。
「タダなら是非」
「よぉし、耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ!」
前置きをしながら、情報通男子は胸ポケットから手帳を取り出す。
「教師連中が鬼頭を捕まえる方向で動き出したのは知ってるか?」
「捕まえる? どういうこと?」
「アイツはトラブルの元だって思ったんだろうよ。だが教師連中の中に覚醒者はたった三人しかいない! そんな戦力で鬼頭に挑んで勝てるかどうかは微妙だ。何せアイツはグラウンドの追っ手をたった一人で返り討ちにしたんだからな! そんで教師たちは、鬼頭捕獲作戦に白マントを利用する事を決定したそうなんだ!」
「利用……?」
言葉端に何やら不穏な空気を感じ取る。
白マントは覚醒者で、危険人物ではあるが、確かにこの学校の生徒であるはず。
生徒を教師が利用する、とはこれいかに。
「まぁ聞けって! 実はもう、白マントの懐柔には成功していて、今は鬼頭の居場所を探っている所らしい。鬼頭の居場所がわかれば、不良対白マントの世紀の対決が拝めるってぇ話だ! これは見物だろう!?」
「白マントを懐柔……? そんな事が出来たの?」
「方法は今んトコわかってないけど、一応、教師の言う事は聞いてるらしい」
どんな方法を使ったにしろ、教師連中は生徒同士でケンカ……いや、殺し合いをさせる事を選んだのだ。これが知れれば校舎内にも影響が出る。
それを看破し、校舎内の平和を保つために、駿平は情報通男子に口止めをしようと思ったのだが、すぐに思い直す。
「ねぇ、情報通くん」
「俺の名前は『情報通くん』などではないんだが……まぁ、その響きには甘美なるモノがあるな! なんだい、名も知らぬ男子よ!」
「その白マントの話、今までどれぐらい広めた?」
「うーん、これから特別教室の連中に教えて回ろうかな、って思ってたところ。だから、今はお前らだけしか知らないはずだぜ」
「じゃあ、すぐに特別教室の人達にも教えてあげて!」
「ああ、言われなくてもそうするぜ! じゃあな!」
片手を挙げ、情報通男子は廊下を疾走して行った。
それを見送った後、ゴンベエが駿平に擦り寄る。
「い、良いんですか? なんだか不安を煽るような内容だった気がするんですが」
「事実は広く普及されてしかるべきだよ。それに……上手くすれば潜伏してる覚醒者が名乗りを上げてくれるかもしれない」
「どういう事です?」
「歩きがてら話すよ」
駿平は早足で階段へと向かう。
「あの情報が知れれば、きっと特別教室の生徒たちも、今の教師陣に不満を抱くはずだ。それが大きくなれば今の校舎側の上下関係が崩れる」
「それって、危ないんじゃないですか?」
今まで平穏だった校舎側でクーデターもどきが起きてしまうのだ。下手をすれば怪我人だって出るだろう。
駿平はそれを看過するような男だったのだろうか?
「教師連中だって馬鹿じゃないさ。生徒が不満を漏らせば何かしらの対応を取る。今回の白マント利用作戦を思いついた教師だけをスケープゴートにするなり、グラウンド側の所為にするなり、矢面に立たない方法は幾らでもある」
「それで生徒たちの不満はどうにかなるんですか?」
「こんな異常事態で生徒たちのストレスもピークになりつつある。そこに教師の失態が知れれば、まぁ間違いなく噴火するだろうね。そこで僕が教師から生徒たちへ一部自治権を認めさせる。支配権を一部でももぎ取ればこっちのもんだ」
「駿平さんが!? 出来るんですか、そんな事!?」
「君、何気に酷い事言ってるけど、まぁ今の僕じゃそんな発言権もないだろうね。でも条件を限定すれば……例えば、パニック寸前の現状ならば、声を大きくするだけでもどうにかなると思わない?」
今回の場合で言えば、それほど大きな力は必要ない。行き場を失ってしまった生徒たちのストレスにちょっとした指向性を持たせるだけで十分なのだ。それならば非力な少年、三嶋駿平にでも出来そうなものだ。
例えば不満を募らせた生徒たちが職員室前でデモ行為を繰り広げたとしよう。その場で声高に『自治権を認めろ!』と叫べば、生徒たちはそちらの方向に力を向ける可能性はそう低くないだろう。
「でも、もう少し確実性が欲しい。そこでモノを言うのが覚醒者って存在だ」
覚醒者という存在は、ただそこにいるだけでも影響力が強い。それを忌避して潜伏している覚醒者がいるくらいには、その力は誰にでも知れ渡っているのだ。
「さっきの情報通くんの言葉を信用すれば、教師たちが抱えている覚醒者は三人。それを上回る人数、もしくは質の覚醒者を僕が保持出来れば、教師たちよりも発言権が強くなる。手近な所で言えば、湯浅さんなんかは質だけでこの学校中にいる大抵の覚醒者を上回っちゃうんじゃないかな。湯浅さんが協力してくれなくても、四人くらいの覚醒者なら秘密裏に囲えるんじゃないかな。そして自治権を得たところでこう言うんだ」
一度言葉を切って、駿平は息を吸う。
例え話、嘘話だとは言え、こんな言葉を口にするのは勇気がいる。
「グラウンドのヤツらと戦うぞ、ってね」
「そ、そんな!」
それは校舎側からの宣戦布告だった。
グラウンドの王たちはそれを望んでいるだろう。ヤツらは暴れたくて仕方がない連中だ。校舎側が臨戦体制をとればすぐにでもグラウンドと校舎側を繋ぐ階段へと押し寄せるだろう。そうなればもう、怪我人どころの話では済むまい。
「私、駿平さんを見損ないました! そんな争いを好む人だったなんて!」
「ち、違うって! 最後まで聞いてよ!」
頬を膨らすゴンベエ相手に、駿平は慌てて取り繕う。
「宣戦布告はブラフだよ。そうでも言わないと、覚醒者は名乗り出てくれない」
「でも、宣言しちゃったらきっと皆さん、その気になります」
「でも校舎側、グラウンド側と肩を並べるほどの第三勢力が現れれば、校舎側もグラウンド側もうかつには動けない。戦いを始めれば、すぐにその第三勢力から横腹を突かれるって危機感を持たせるんだよ」
「第三勢力……ってどこの話です?」
「これから現れるんだ。そうなるように仕向ける。それをこれから交渉に行くんだ」
駿平が立ち止まったのは保健室。
ノックも程ほどに、駿平は中へと入った。
「湯浅さん、いますか?」
「うん? あれ、さっきの腹パックリくんじゃないか」
「変な呼び方しないでください。僕は三嶋駿平です」
「そーそー、確かそんな名前だっけね。……で、その三嶋くんが何の用?」
「湯浅さんは鬼頭と知り合いなんですよね?」
「……そうだけど?」
鬼頭虎勝の名前が出されて、いおりは少し目を眇める。こちらを見定めるような目だ。
それに物怖じせず、駿平は話を続ける。
「彼の行きそうな場所を教えてください」
「アンタも教師連中に言われて虎勝を捕まえようってハラかい?」
「いや、そうじゃなくて……今、鬼頭を捕まえるために白マントが利用されてるのは聞いてますか?」
「……初耳だけど、そんなことになってるの?」
「このまま鬼頭と白マントがぶつかれば、どちらか、あるいはどちらも怪我を負ってしまうでしょう。それを見過ごせますか?」
いおりは答えないが、その表情が『否』と物語っている。
駿平が睨んだとおり、いおりは怪我人の存在を看過できない。保健室を任されるだけある。献身的と言うべきか、口調や立ち振る舞いは粗野だが、心の優しい娘だ。
「僕は二人がぶつかるのを止めたいんです」
駿平の言葉を聞いて、いおりは彼の顔を真っ直ぐ見つめた。
数秒ほど沈黙が続いたが、いおりはため息をつく。
「嘘には見えないね……まぁ、信じてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「その敬語、やめてくれる? あたしとタメでしょ?」
校章を見るといおりも二年生。駿平とは同学年だ。
「そ、それもそうだね。うん、ありがとう」
「別に礼を言われるような事じゃない……。虎勝なら多分、校舎裏……体育館の方にいると思う。アイツはよく、あの辺で授業をサボったりしてたから」
「体育館裏、ね。ありがとう、行ってみる!」
「待って」
踵を返す駿平を、いおりが呼び止める。
「タダで行かせるわけないだろ。あたしも連れてけ」
「……えっ!?」




