6 魔女の邂逅
6 魔女の邂逅
再び、部室コンテナにて。
「なるほど、では我々グラウンド側の支援は要らない、と」
「その通りだ。君たちの力など借りずとも、生徒の一人ぐらい取り押さえてみせる」
「ふふ、それはそれは……。いや、これは差し出がましい事をしました」
教師と対峙していた秋野垂千穂はおかしそうに笑いながらコンテナの出口へ向かう。
「なにがおかしい」
「いえ、考えてみれば私たち生徒があなた方教師に助け舟を出す、と言うのもおかしな話でしたね、と。……鬼頭の捕獲作戦、上手く行く事を祈っていますよ」
垂千穂は取り巻きを連れてコンテナを出て、グラウンドへ繋がる階段へと向かう。
その道中で、堪えきれなくなって大声で笑う。
「あっはははは!! 自分たちだけでやるってさ!! すごい自信! 溢れる過信!! そして先を読まないその場しのぎ!! あの人たちに教えを乞うていたと思うと自分が情けなくなるわ!!」
垂千穂の傍で、取り巻きもクツクツと笑っている。
教師連中はグラウンド側の思惑を看破し切れていないのである。その上で垂千穂の思惑通り、いやそれ以上のメリットを提示してきてくれるのだから、嘲笑が沸くのも仕方がないというものだ。
「……別働隊の動きは?」
「先にグラウンドへ戻ったってよ。仕事はきっちりこなしてる」
「よろしい。では私たちもグラウンドへ戻って次の手を打ちましょうか」
垂千穂たちが階段へ向かおうとしたその道中。
彼女らに立ちふさがる影が二つ。
「……誰かしら?」
「校舎側の特使とでも言っておこうか!」
現れたのは謎の少女プレイトミルと林隼人。
隼人は低く笑いながら垂千穂に近づく。
「鬼頭虎勝がグラウンドの王から離反した事は既に校舎側では既知の事実! 校舎側ではこの機を逃さず、グラウンドの王たちにもう一度降伏勧告を行う事を決めた! そしてそれを伝えるのがこの僕の役目だ!」
「へぇ……校舎側はまだ私たちと話し合いで解決出来ると思ってるんだ?」
「どうやら教師連中はそうらしいね」
鬼頭虎勝が離反した事が伝わった後、校舎側はグラウンドの王との話し合いを望んだ。虎勝と言う戦力を失ったグラウンド側の勢いが衰えると踏んだからだ。
しかし、グラウンド側の勢いは衰える事はなかった。
そもそも虎勝はグラウンドの王の内部にて、大した地位を得ていなかった。そんな虎勝が離反した所で誰も動揺しなかったのである。
隼人はそこまで見越した上で、この話し合い役を率先して請け負った。
「僕はね、やらなければ可能性がゼロって言葉を信じているんだ。君たちに話し合いを持ちかけなければ、示談なんて成立しないだろ?」
「話し合いを持ちかけられたところで、解決はしないと思うけどね」
「結果の問題ではないよ。行動しなければ可能性はゼロなんだ。ならば行動して可能性をこじ開ける方が、泣き寝入りより万倍マシだと思うね!」
輝かんばかりの隼人の笑顔を見て、垂千穂は少し眉根を寄せる。
この殺伐とした黒い壁の内側で、これほど輝かしい顔が出来る人間を見た事がない。それが不気味であり、苛立ちを感じたのだ。
「……それで、その特使さんが私に何の用かしら?」
「だから、平和な解決を模索しようと、話し合いをしてみようと思ってね」
「さっきも言ったように、話し合いで解決なんてありえないわ」
「そう言い切る根拠はなんだい?」
「貴方たちはグラウンドの王の行動理由を知らないから、話し合いだなんて馬鹿な事を言っていられるのよ。……私たちの行動理由は『好き勝手やりたいから』。これに尽きるわ。誰も彼も、教師や学校、常識や世間なんて枠組みに抑圧された願望を解放したくて仕方がないの。だから、グラウンドの王があり続けるのよ」
「目的のない、暴れたいだけの連中に話を持ちかけるだけ無駄、か。なるほど……でも、それなら校舎側と対立しなくなったら、君たちはどうするんだい?」
仮にこの状況が長く続けば、いつかグラウンドの王は校舎側を圧倒し、敵対勢力がいなくなるだろう。暴力を働く相手がいなくなった場合、グラウンドの王は行く先を失ってしまう。それでは組織として立ち行かなくなるだろう。
しかし、その答えは用意してあったかのように、垂千穂は淀みなく答える。
「そうなれば内部分裂するわ」
「……ほう?」
「そもそも今の状況でもグラウンドの王は一枚岩ではないの。所属している全員が『暴れたい』と言う衝動を抱えている、と言う一点だけ類似している。そんな集まりなのよ。今はとある人物がグラウンドの王のトップとして君臨しているけど、校舎側が倒れれば、今度はグラウンドの王の内部で下克上が繰り返されるわ」
「餌がなくなったら共食いを始めるのか。先の暗い話だね」
「私を含めて、グラウンドの王はそういう生き方を選んだのよ。抑圧され続けるぐらいなら、一瞬でも爆発する花火になる。綺麗な生き方でしょ?」
「高校生の選ぶ生き方ではないね」
垂千穂はその言葉を鼻で笑った。
「黒い壁が現れたこの状況で、高校生なんて肩書きには意味がないのよ。それとも、貴方も学校って言う組織に守られていたいクチ? だから校舎側の特使なんかやってるの?」
「あぁ……勘違いしてほしくはないんだが。僕は別に校舎側に属しているわけではないよ。単に立候補を求められる場面で誰も挙手をしなかったから僕がやっているだけだ」
「……つまり、どういうこと?」
「君たちがもし、同じように立候補を募り、誰も挙手しない場で僕がいれば、僕は嬉々として君たちに与する。僕がやりたいのは『誰もやらない事をやる』という事さ」
つまり、隼人もまた、グラウンドの王と変わらない酔狂な人間と言うわけだ。
それを理解し、垂千穂はようやっと隼人の本質の一端に触れた気がして、ニヤリと笑う。
垂千穂は本質の見えない人間に少なからず恐怖を感じる。本質の見えない人間は扱い辛いからだ。人を利用し、状況を上手く操る処世術を身につけた垂千穂にとっては、思った通りに動かない人間ほど怖いものはないのだ。
しかし、今まで意味のわからなかった人間が理解できた瞬間、隼人すらも垂千穂のコマたり得る。
「貴方、名前はなんて言ったかしら?」
「僕は二年の林隼人です」
「林くん、ね。私は三年の秋野垂千穂よ。グラウンドの王に用がある時は私を呼ぶと良いわ。ある程度口添えしてあげる」
垂千穂の言葉を聞いて、隼人の隣でずっと黙っていたプレイトミルは、小さく顔をしかめた。
「あら、カノジョさんがいるのに口説いては悪かったかしら?」
「え? ああ、別にこの娘は僕のカノジョじゃ……」
「ふふ、まぁ良いわ。話が終わったなら、私はもう行くわね」
垂千穂には話し合いで解決するような隙は一ミリもなかった。これは恐らく、グラウンドの王の総意と見て良いはず。とすれば隼人の特使としての任務は失敗で終わったと片付けて良いだろう。教師側もどの程度期待していたのかはわからないが、隼人が失敗して帰ってもお咎めはあるまい。
グラウンドへ通じる階段へと歩いていく垂千穂たちを見送り、隼人はプレイトミルに向き直った。
「……で、覚醒者を間近で見た感想はどう?」
「予想の範囲内よ」
垂千穂の取り巻きとして数人の覚醒者がいた。
彼らを間近で見るために、プレイトミルは隼人について来たのだ。
「やはり『魔術』の影響を受けた人間ね。ここまで大きな儀式を行ったんだもの。式陣の中にいる人間に影響が出ないわけがないわ」
「魔術って……やっぱりこの黒い壁の事かい?」
わかりやすい超常現象。自然界のどんな物質でもない黒い壁は、プレイトミルに言わせれば魔術による産物だというのだ。
「ここへ来る時にあの黒い壁と、その根元にあった術式を見たけど、まず間違いなく人為的な大規模儀式ね。陣に描かれた術式は恐らく一ヶ月程度の時間を使って組まれたものだと思う」
「見ただけでそんな事までわかるのかい?」
「私はその手のプロなの。見ただけでわからなければやってられないの」
少し言葉にトゲがあるように感じた。
「もしかして、さっきの秋野さんの言葉、気にしてるのかい?」
「そんなわけないでしょ」
明らかに不機嫌なプレイトミルが歩き出してしまったので、隼人は慌てて後を追った。




