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5 謀略

5 謀略


 その頃、部室代わりのコンテナにて。

 この学校は山の斜面を切り出して作ってあるために、構造的に上下差が発生している。具体的には校舎のある上段とグラウンドやテニスコートがある下段だ。その落差は十五メートルほど。二つの段は東西一つずつの階段によって繋がれている。

 部室代わりのコンテナは上段の崖っぷちに置かれており、主に運動部の物置として使われている。

 その中の一室に、教師の数人が入っていった。

「来たぞ、秋野」

「お待ちしていました、先生方」

 中で待っていたのは数人の生徒。グラウンドの王に所属している者たちだ。

 その中で一人だけ椅子に座っているのが秋野垂千穂。三年生女子である。

 垂千穂は脚を組んで不遜な態度を取っているが、教師は何も言わない。と言うか、言えない。彼女の後ろに控えている数名が覚醒者である可能性があり、争いを起こしても益がないし、それ以上に騒ぎを起こしたくないのが理由だ。

 そんな教師たちのスタンスに頷き、垂千穂は満足そうに笑う。

「早速ですが先生方。交渉をしましょう。鬼頭虎勝がグラウンドの王から離反したのはご存知ですね?」

「ああ、聞いている」

「我々グラウンドの王は彼を無力化したい。校舎側にはその支援をお願いしたいのです」

「……まるで我々と君たち生徒が対等であると言う口ぶりだな」

「現状ではむしろ、我々の方の力が強いと思われますが?」

 確かに現在確認できている覚醒者の数はグラウンドの王の方が多い。人知の外を行く覚醒者の力。その頭数は即ち戦力と数えて構わないだろう。どんな能力に目覚めた者でもその辺の生徒よりは役に立つ。

 その点で言えば、確かに校舎側とグラウンド側は不平等である。それをグラウンド側が譲歩して申し出ているのであれば、それは校舎側としては喜ぶべきではあるが、教師と言う立場上、生徒に弱みを見せるわけにはいかない。

 それを見透かした上で、垂千穂は笑って続ける。

「先生方の面目も考慮した上で、こちらがお願いしてるんです。ちょっとは私たちの努力も認めていただきたいものですね?」

「……話を聞こう」

「鬼頭虎勝の位置はこちらで補足しています。しかしながら私たちの戦力だけでは心許ない。あまり損害も出したくはありませんしね。そこで共同戦線と言うわけです。校舎側から戦力をお借りし、協力していただいた上で鬼頭を無力化します。彼は我々にとっても先生方にとっても害になれど利にはなりますまい?」

 確かに鬼頭虎勝は校内でも有名な不良で、とにかく枠にはまるのを嫌う人間であった。故にグラウンドの王から離反したのだろう。

 虎勝を囲っておくには両陣営にとって利にはなりえない。ならば『無力化』する事が最善策であろう。放っておけば大事な場面を引っ掻き回される危険も生まれる。

「無力化する策は君たちの方にあるのか?」

「ええ、まぁ一応用意してはいます。通用するかどうかはぶっつけ本番ですね」

「弱気だな。秀才と呼ばれた秋野垂千穂ともあろう者が」

「覚醒者の能力は目覚めたばかりで底が知れません。絶対なんて言う方が疑われますよ」

「……ここにいる我々だけで今すぐ返答は出来ない。この話を一旦持って帰って会議をした後、回答する。それで構わないか?」

「ええ、では一時間後にもう一度この場所で」

「い、一時間後? 短くはないか?」

「先生方、鬼頭の力を侮ってはいけません。彼は我々の追っ手数人をたった一人で返り討ちにしたんですよ? 長く放っておけばそれだけ状況は悪化します。一時間でも長いくらいです」

「……わかった、早急に答えを出そう」

 教師たちはコンテナを後にし、垂千穂たちはそれを黙って見送った。

 姿が見えなくなった後、垂千穂は嬉しそうに笑う。

「ふふ、これほど教師を扱うのが簡単だとは」

「秋野、あれで良かったのか? 何も俺たちが下手に出る必要もないだろ?」

「大人ってのは体面を気にするもんよ。逆にそれを尊重してやれば、現状なら私たちの言う事は簡単に聞いてくれる。利用しない手はないわ」

 もし、これが黒い壁など発生しておらず、場も混乱していなければこれほど垂千穂の思惑通りに事が進んだかは怪しい。現在の状況はグラウンドの王たちにとってとても有利なのだ。そこを最大限活用する事に、垂千穂は何の負い目も感じない。

「私はこのゲームを楽しんでるの。どこまで私の知恵が通用するか、試しているのよ。覚醒者でもない私が、どれだけこの学校を支配できるか、楽しみだと思わない?」

「ある程度成果が得られたら、俺たちにもおこぼれがもらえるんだろうな?」

「考えてあげなくはないわ。……なに? 好きな娘でもいるの?」

「ケケ、そんな青っちょろい事ぁ言わねぇよ」

 下卑た笑いを浮かべる側近を見て、垂千穂は心中で毒づきながら彼すらも愛しく思う。

 彼も垂千穂の動かしやすいコマ。その例としては最たるものだ。頭が悪く言いなりになりやすい。ちょっと扱い方を覚えればこれほど御しやすいコマはない。加えて御しやすいコマが多ければ多いほど垂千穂は自分に有利な状況を作り出しやすくなる。

 その点で言えば虎勝は全く逆を行く人物だ。垂千穂の思惑通りには行かず、制御することもままならない。彼を無力化する事は垂千穂にとっても最優先事項であった。

「さて、校舎側がどういう返答をしてくるか、楽しみだわ」


****


「答えはノーです!!」

 職員室の机が強か叩かれる。

 中堂則正は大声を上げて、議題に対して反発していた。

「我々教師が生徒たちの言いなりになっていては、ルールを保つ事が出来ません! 彼らに協力する事はあっても利用されるような事は、あってはならない!」

「ですが中堂先生。これは彼らからの協力要請です。それならば問題ないのでは?」

「本当にそう思っているんですか!? 彼らが私たちに協力を要請していると!? これは彼らが優位にいる現状を好機と見て、我々を見下している生徒たちの増長です!」

 校舎側に協力を呼びかけた秋野垂千穂は、まさにそれを体現していた。

 教師を気遣っている振りをして、内心では嘲笑っている、今時の生徒としてはその象徴とも言えよう存在だ。

 垂千穂を容認してしまえば、校舎内でも生徒たちが教師の言う事を聞かなくなる。なめられてしまえばそれは秩序の崩壊を意味する。

「ルールと言うのは世界をより良くするための理です。それを崩してしまえば正しい結果など訪れない。私は断固としてこの件に否定意見を述べさせていただく!」

「しかし中堂先生。鬼頭を放っておけば、そのルールとやらも危うくなる。あの生徒はこんな事態になる以前からルールから逸脱していた」

 黒い壁が出来る以前から不良と名高かった鬼頭虎勝。覚醒者となった彼を放置しておけば、今後どうなるかはわかったものではない。予測出来ないからこそ恐ろしい。

 しかしそんな言葉に対して、則正は毅然とした態度で答える。

「ならば鬼頭を無力化するのは我々の力だけで行います。生徒たちの力を借りずとも、教師の力だけで鬼頭を取り押さえます」

 その言葉には職員室中がどよめく。

 確かに中堂の言う事には一理ある。虎勝を無力化するのに、教師陣だけで実現可能ならばそれが一番良いのだ。教師の威厳を保ちつつ、生徒を危険な目に遭わせる事もない。さらには問題児による無用な事件を未然に防げる。良い事尽くめだ。

 だが、実際はその可能性を鑑みるに、妄言と言わざるを得ない。

 教師陣には覚醒者が少ないのだ。

 わかっているだけで、則正とあと二名の三名のみ。グラウンドの王の追っ手を退けた虎勝に対する戦力としては不安を残す人数である。

 しかも則正以外の二名が虎勝の取り押さえに乗り気でないのが更なる問題である。

「中堂先生は良くとも、私は賛成できない。鬼頭の力を考えれば確実性を重視して、生徒たちとの連携を図るべきだ」

「では生徒に頭を下げるというのですか! それでは鬼頭を一人捕まえるのに、多数の不穏分子を生む事になる!」

「中堂先生は生徒たちを信用していないのですか? 彼らはみんな良い子ですよ。我々を軽んじたりはしますまい」

「……先程と同じ質問をしましょう。本当にそう思ってらっしゃるのですか?」

 重ねて問われ、教師は口ごもる。

 垂千穂の態度から見て、グラウンド側が教師を蔑ろにしているのはわかる。校舎側にもそんな考えの生徒がいないとは言い切れない。それどころかむしろ、黒い壁に覆われていると言うこの状況を打開できていない教師に対して、不信感を持っている生徒の方が多いだろう。

 そんな彼らに弱みを見せれば必ず付け上がる。

 平時ならまだしも、こんな緊急事態において生徒が増長するのを見過ごす事は出来ない。

「他の先生方がやらないのでしたら、私一人でもやります。グラウンドの生徒にはそう答えてください」

 そう言って則正は職員室を出て行った。

 彼を見送った後、示し合わせたかのように職員室中からため息が聞こえた。

「彼は志の高い、良い教師ではあるが……あの辺が玉に瑕というヤツだな」

「……で、どうします?」

「あの……提案があります」

 そこで挙手したのは一人の教師。先程保健室に現れ、三嶋駿平から白マントの情報を得た教師である。

「白マントを利用するというのはどうでしょう?」

 今や校舎中に知れ渡った白マントという名前。それを聞いて教師たちは首を傾げる。

「今度は白マントに頭を下げるというわけですか?」

「いいえ。……実は私も中堂先生の意見には大方賛成です。生徒に弱みを見せるのは良くない。……だから、白マントを利用するのです」

「具体的な方法でも思いついたんですか?」

「生徒から得た情報によると、白マントは覚醒者であり、その……人を傷つける事を喜んでいるらしくて、今も校舎の中を徘徊しているそうなんですが……でもまだ良心が残っているようなんです」

 白マントの被害者の話を聞くと、被害者が増えるにつれて傷が深くなっていると言う。それは恐らく、白マントの理性のたがが徐々に外れているという事だ。

 このまま放置しておけば死人が出るのも時間の問題である。

 だが、逆を返せば白マントはまだ良心と呼べるモノがあると言う事。理性のブレーキがかかっている内はまだ『利用』出来る可能性はある。

「白マントが良心の呵責を感じている。それは『人を斬ってはいけない』と言う常識が白マントを押し留めているという事だと思います。ならばこちらから背中を押してやれば白マントの力は指向性を得るのではないか、と」

「つまり、我々教師が『鬼頭なら斬っても構わない』と背中を押してやるという事ですか?」

 提案した教師は静かに頷く。

 その提案は教師の威厳どころか、人道に反する行いですらあった。

 人が人を殺して良いか否かを決めるなんて、そんな大それた事が一介の教師連中に出来るはずもない。

 だが、提案した教師はもう一つ付け加える。

「何も鬼頭を殺すと言う訳ではありません。この校舎には湯浅さんがいる。どんなに死に掛けていても彼女ならば癒す事が出来るはずです。数人の生徒から聞いた情報では白マントは恐ろしく強い力を持った覚醒者だとも聞きます。きっと鬼頭とも対等以上に渡り合うでしょう。傷を負った鬼頭は制御出来るでしょうし、白マントについても我々がコントロールしてやればグラウンドの生徒に対する抑止力にもなる。……いかがですか?」

 確かに湯浅いおりならばどんな傷でも癒す事が出来るだろう。一度死に掛けた教師を完璧な状態まで回復させた事実すらある。彼女の力を以ってすれば、怪我人を最低限に収められるはずなのだ。

「中堂先生の意見よりは、幾分現実味がありますな」

 一人の教師が賛同すると、職員室全体がそんなムードになる。

「この意見ならばグラウンド側の生徒に弱みを見せる事もないし、湯浅さんの力があれば怪我人は出ない」

「白マントが下馬評通りの働きをしてくれれば、鬼頭を無力化できるかもしれない」

「それに白マントを制御下に置く事が出来れば、校舎内の危険も減る!」

「……決まりですね」

 教師たちの視線が校長に集まる。

 立場上、口をつぐんでいた校長は、静かに頷いた。

 こうして校舎側独自の鬼頭虎勝無力化作戦が始まるのであった。

 ……だが、彼らは則正の言う事を半分しか理解していなかったのだ。

 彼はグラウンドの王たちだけでなく『生徒全員になめられてはいけない』と言ったのだ。

 この方法では結局、白マントといおりの二人に協力を仰いでいる事になっている事に、気付かなかったのだ。

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