4 癒し手
4 癒し手
駿平が気がつくと、保健室のベッドに寝かされていた。
「う……僕は、気を失ってたのか?」
「だ、大丈夫ですか、駿平さん?」
ベッドの傍らにはゴンベエがいた。
「駿平さん、階段を下ってる途中で急に気を失ってしまったんです。具合はどうです?」
「う……良くはない、かな。って、あれ?」
頭が正常に動き始めると、駿平は慌てて腹を抑えた。
確か白マントに切り裂かれたはずだが、痛みが全く無い。確認してみると、傷口は塞がり、血も出ていなかった。シャツも新品に取り替えられている。
「あ、あれ? 僕、斬られたんじゃ?」
「はい、白マントの謎の人物に確かに斬られました。……でもあの人が助けてくれたんです」
ゴンベエが指差す先、保健室の椅子に座っていたのは、無愛想な顔で座っている一人の女子。
「えと……保健の先生、ではないよね?」
「あたしがそんな歳に見える? アンタと同じ、二年生よ。保健のセンセは各教室を回ったり、職員室に出向いたりで忙しいっぽいから、あたしがここを守ってるわけ」
確かに、女子は制服を着ているし、校章は二年生の色をしている。
「同学年、か。確かに見覚えがあるかも」
「あたしは湯浅いおり。二年五組、出席番号四十一番。……アンタは?」
「僕は三嶋駿平、二年三組。で、こっちが……」
「えと、記憶喪失中の、名無しのゴンベエです」
「記憶喪失、名無し? どういうこと?」
ゴンベエの事情については、駿平もよくわかっていない。
答えに窮して口ごもっていると、いおりはため息をつく。
「ま、別に良いけど。うん、記憶喪失ね。試してみようか」
いおりはゴンベエに近づき、右手を近づける。
するとその右手が淡く輝き、甲高い音が部屋に響く。
「な、なにをしてるんだ……?」
「あたしは覚醒者。能力は……アンタの傷を治した力よ」
言われて駿平は自分の腹を見る。傷跡すら残らなかったこの現象、これを実現させたのは覚醒者の能力だった。
俄かに信じられない出来事ではあったが、実際体験してしまうとそういうものなのだ、と納得せざるを得ない。
「覚醒者って、ホントにすごいんだな」
「あたしだって今も驚いてる最中さ。自分の力の上限がわからない。何をどこまで癒す事が出来るのか、あたしは試してみたい」
ニヤリと笑って、いおりは右手に集中する。
光は強くなり、高い音は音量を増す。
「……どう? 何か思い出せそう?」
「えと……いいえ」
「……ふぅん」
ゴンベエの返答を聞いて、いおりは右手を下ろした。
「なるほど、記憶喪失を治す事は出来ない、か。まぁ普通の傷みたいにはいかないわな」
頭を掻いてため息をつくいおり。ゴンベエは何か声をかけようと思ったが、その時、廊下が騒がしくなる。
「……なんだ?」
駿平が廊下の様子を見ると、一人の生徒が通りかかったので捕まえる。
「なにかあったの?」
「グラウンドの方で動きがあったみたいなんだ。何でもグラウンドのヤツらと鬼頭が喧嘩別れしたんだとよ!」
「鬼頭……?」
「知らないのか? 鬼頭虎勝、この学校で有名な不良だよ。グラウンド側でも有力な覚醒者だったみたいなんだけど、何があったかグラウンドから離反したんだ!」
話を聞いて、いおりが駿平の後ろから顔を出す。
「虎勝が、どうしたって!?」
「湯浅さん、知ってるの?」
「あ、いや……まぁ、ちょっとした知り合いだよ。アイツがグラウンド側から離反したって、ホントなの?」
いおりの勢いに多少驚きはしたが、通りかかった男子は肯定する。
「俺も聞いた話だけど、マジらしい。グラウンド側の追っ手を蹴散らして、今はどこかに身を隠しているらしいんだ」
「アイツ……何考えてんのよ」
「で、今、教師陣がグラウンド側と話し合いをしようって動いてるんだ。鬼頭がいなくなればグラウンド側の連中の戦力だってガタ落ちだからな」
「話し合い……? センコーはまだそんな事言ってるの? 初めにあんな事があったって言うのに!」
いおりの言う『あんな事』と言うのは、黒い壁が出来上がり、グラウンドの王が出来上がった直後の事だ。
グラウンドの王を説得しようと出かけた教師数名が、半死半生の状態で戻ってきたのである。それを癒したのはいおりだった。
そんな事があっても未だ話し合いで解決出来ると思っているなんて、いおりには信じられなかった。よしんば話し合いが出来たとしても、その席に座りたがる人間なんて校舎側にはいないだろう。
「って言うか、鬼頭って人はそんなに力のあるヤツなのか?」
空気を読まない駿平の言葉は、通りがかりの男子の唖然とした表情を呼んだ。
「お、おま、マジで鬼頭虎勝を知らないのかよ!? 二年生なのに!?」
「有名人ったって、その手の界隈の話じゃないの? 僕はそんな人、聞いた事ない」
「ウチの学校じゃ近づいちゃいけない生徒の五本の指に入るってもっぱらの噂だぜ!? 二年生ながら上級生にケンカを売ったのも両手で数えられないってさ!」
「僕って結構、世事に疎かったのかな……」
とりあえず、駿平は鬼頭と言う人間の名前を記憶しておく事にした。
「話が終わったなら、俺は行くぜ。教師たちが話し合いについていく覚醒者を選んでるって話なんだ。見学しない手はない!」
「なんだって見学なんか?」
「俺たち能力も持たない一般人は情報が武器ってな! 覚醒者の顔と名前を覚えておけば何かと役に立つはずさ!」
そう言って情報通男子生徒は去っていった。
「情報は武器、か。確かになぁ」
「駿平さんも情報を集めるんですか?」
隣にいたゴンベエが尋ねる。
「僕にそれほどの器量はないよ。情報を武器に出来るのはそうやって利用できる人間だけさ。……でも、そこに行けばゴンベエの記憶を取り戻してくれる覚醒者もいるかもね」
「そんなことより……」
二人の間にいおりが割って入る。
「その娘の知り合いでも探せば、記憶の手がかりにはなるんじゃないの?」
「……それもそうだね。そっち方面でも手がかりを探してみよう」
「なんだか希望が見えてきましたね!」
これからの展望が少し開けてきた駿平とゴンベエ。
俄かに湧く保健室に、一人の教師がやってくる。
「ここに怪我人がいると聞いたが」
教師の言葉に、いおりが眉を寄せる。
「正確には、怪我人が『いた』ね。過去形。あたしがいる限り、どんな怪我人でも責任を持って治してみせるわ」
自信満々のいおりの言葉に、教師は少し顔をほころばせた。
「それは心強い。湯浅くんがいるから、我々も安心できるという物だ。……それでは言い直そう。ここに白マントに襲われた生徒がいると聞いたが」
「あ、それなら僕です」
「君は……」
「二年三組、三嶋駿平です」
駿平の自己紹介を聞いて、教師は頷く。
「すまんね、私は三年生担当で、二年生には知ってる顔が少ないんだ。では、三嶋くん、君に少し時間を貰いたい。白マントについて情報が欲しい」
「白マント……って、先生たちもアイツの事知ってるんですか?」
「ここ数十分で被害が何件も報告されている。被害者たちの傷は湯浅くんのお世話になるほどではなかったので、簡単な手当てで済ませられたのが幸いだったが……白マントは未だに校舎内に潜んでいるようなんだ。捜索はしているが発見できていない」
「それって……かなり危ないんじゃ?」
駿平に襲い掛かってきた白マント。駿平の場合は一太刀浴びせられた後、何故か白マントが見逃してくれたが、そうでなければズンバラリと切り裂かれていただろう。
そんな危険人物が今も校舎の中にいるというのは危険極まりない。
「恐らく三嶋くんが一番最近の被害者だ。一番最初の被害者の傷は、傷とも呼べない程度のモノだったが、君の傷はかなり深かったと聞く」
「ええ、腹をバッサリやられましたよ」
「ハラワタまではイってなかったけどね」
いおりの補足を聞き、駿平は自分の傷口を想像して青い顔をした。
その顔に苦笑しつつ、教師は話を続ける。
「ヤツはだんだん調子に乗り始めている。傷の深刻さが、被害者の数に比例して酷くなっているんだ。このまま放置していれば、その内人死にが出る。そんな危険人物をこのまま放置しておくわけはない」
放っておけば死人が出るような事件にまで発展しているとは驚きだった。白マントは一体何を考えて行動しているのだろうか。
ただでさえグラウンドの王というストレス源があるというのに、更にこの上、身中に死に至るような虫を抱えてしまえば、校舎側はまともではいられまい。
「我々教師たちも白マントに対して何か対抗する策を打ち出す。……こんな時にグラウンドの生徒たちと事を構えている余裕なんかないのだがな」
眉間にしわを寄せる教師の顔を見て、教師も大変なんだな、と思った。
「白マントについて、僕の知ってることは全て話しますよ」
「それはありがたい」
保健室の椅子を借り、駿平は白マントの情報を教師に話すことにした。




