3 謎の白マント
3 謎の白マント
黒い壁が出来て数時間。外では野次馬が集まっていた。
突如高校を取り囲んだ正体不明の黒い壁。警察やマスコミなども周りに集まり、奇妙なお祭りのような騒ぎにすら発展している。
そんな中に一人、長い金髪を揺らした少女が無表情でキープアウトのテープをまたぐ。
「ちょ、ちょっと君! 危ないからこれ以上近寄っちゃダメだよ!」
制服を着た警官に止められたが、彼女は気にした様子もなく、そのまま壁に近づく。
警官は強引に身体を割り込ませようとしたが、少女が警官の腕に触れると彼は地面に膝を付いた。
「安心してください、眠気が急激に増しただけです」
身体が言う事を聞かなくなるほどの眠気に襲われ、警官はドシャリと音を立ててアスファルトに突っ伏した。
放っておけば気がついた同僚が助けに来てくれるだろう。
それよりも少女にとって重要なのは黒い壁。
「まさかこんなに早く後継者が現れてしまうとは。あの男もつくづく運が良い」
少女は壁に触れると何か小さく呟く。
するとその瞬間、壁が弾けるように消え、内部への通路が出来た。
「放っておくわけにもいかないでしょう」
少女は出来上がった入り口を潜り、壁の内部へと侵入する。
少女が内側へ入ると、入り口は何事もなかったかのように塞がった。
****
壁の内部はたった数時間で様変わりしていた。
物理的にどうと言うわけではなく、変わったのは学校の中にいる人間たちの立ち位置の問題だ。
まず初めに黒い壁が制御できない『何か』であると生徒たちが悟り始める。
少し考えればわかる事ではあるが、あんな物が突然現れるなんて常識では考えられない。常識外れであったが故に彼らは思考を放棄していたのだ。それが時間を置いた事によって疑問を産み、そして不安となって芽吹く。
発端はとあるクラスの担任教師が生徒の質問に窮した事。
口八丁で言いくるめる事も可能だったはずだが、いかんせんその教師は口下手だった。
生徒たちは教師を含め、自分たちの置かれている状況が異常である事を悟り、軽い恐慌へと陥る。
更に加えて、学校内に現れた謎の能力者たちの存在が、更なる混乱を招く。
鬼頭虎勝を筆頭に、通常考えられない程の特殊な力を得た人間が、生徒、教師、工事現場のおじさん、売店の店員、誰彼構わず現れ始めたのである。
パニック状態に陥った覚醒者の幾人かは、その大きすぎる力を持って他者を圧倒する。わかりやすいところでいけば、暴力となって他者を襲い、怪我をさせ、時には死に追いやり、覚醒者に一時の権力を与えていた。
覚醒者の幾人かは徒党を組んで校舎を離れ、グラウンドに陣を敷いて声高に叫ぶ。
自分たちが王だ、と。
実際、覚醒者たちは強すぎる力を持って非覚醒者を従え、グラウンドには小さいながらもコミュニティが出来上がっている。弱者を足蹴にする覚醒者たちは確かに暴君とも言えた。
一方、校舎には教師陣を筆頭にしたコミュニティがあった。
こちらには非覚醒者が多く、彼らを庇護する形で教師の覚醒者や生徒の覚醒者の中でも義憤の有志が集まり、徒に混乱を招こうとするグラウンドの王たちを牽制している。
グラウンドの王たちは自分たちの権力をただ誇示するために弱者を虐げ、校舎のコミュニティに敵対している。校舎の人間たちは彼らを牽制しつつ黒い壁を含めた状況の打開策を模索する。
何の益も生み出さない対立が、この学校の敷地内に出来上がっていたのだ。
「と、言うのが現状かな」
校舎の屋上で林隼人は、黒い壁を割って入ってきた少女に現状を説明していた。
少女は隼人の説明を聞いて、ふむ、と唸る。
「全く、グラウンドの王とやらはどうしようもない人間たちね。正直、呆れてしまうわ」
「君からしたらそうだろうよ。だがね、僕はグラウンドの王たちを評価したい」
「……貴方がそんな事を言う人間だとはね」
軽蔑の視線を向けられ、隼人は慌てて手を振る。
「別に彼らの思想を肯定したわけじゃないよ。彼らの評価できる部分は自己を抑圧しなかった事だ。彼らは彼らの信条に則り、それに反さないように行動した。その行動力は賞賛されてしかるべきだ」
「ああ、そう。……貴方はそういうところに共感してしまう人間だったものね」
今度は軽蔑ではなく呆れた視線が向けられる。
名誉挽回を諦めたようにため息をつき、隼人は屋上からグラウンドを見やる。
「君は彼らを排除しに来たのかい?」
「私の目的はそんな些細なことではないわ。こんな極限定された場所の対立を平定した所で私の望みは叶ったりしない。やる事はこの状況を生み出した人物を割り出し、その報いを受けさせる事」
「ふぅん……犯人当て、ね。面白い」
隼人は飛び跳ねるようにしてフェンスから離れ、屋上の出口へ足を向けた。
「付き合うよ、プレイトミル」
「そうしていただくつもりだったわ、隼人」
プレイトミルと呼ばれた少女は、長い髪を払って彼の後について屋上を出る。
しかし、ふと足を止める。
「……どうしたの、プレイトミル?」
「いえ、混じり物があるわ。慎重に事を進めた方が良さそうね」
注意を促すプレイトミルの表情は、感情が読めない程の無表情だった。
****
校舎四階、二年生教室内。
「校舎の中も少し閑散としたね」
三嶋駿平は自分の席に座って教室内を見回し、そう呟く。
今や校舎の中にいる人間は五百人に満たない。最大時の半分以下となれば、それはさびしくも思うだろう。
それに、校舎の中にいる人間は大概、現在工事中で使う事が出来ない体育館を除けば最大の面積を持つ特別教室の方に移っている。通常教室であるこの教室には今、駿平ともう一人しかいない。
「あの、駿平さん?」
「ん、ああ……」
駿平の隣にはべっているのは、あの男子トイレに突如として現れた女子。
あれから一年生の教室を回ってみたが、彼女の教室はなかった。
彼女に聞いても自分の教室がわからないのだという。
「私の記憶、どこに行ってしまったのでしょう?」
「さてね。でも探すしかないでしょ」
そう、少女は自分の名前すらも覚えていない、記憶喪失状態なのであった。
故に、駿平は彼女の事を名無しのゴンベエと呼ぶことにしている。
「私の記憶を戻してくれるような能力者……見つかるでしょうか?」
「今、この学校には色んな能力を持っている人間が現れてる。きっと記憶を戻してくれるような人だっているさ。……最悪、グラウンドの方へも行ってみよう」
「え、グラウンドって……確か危ないんじゃ?」
グラウンドにいるのは校舎の体制に反旗を翻した自由を愛するアウトローたち。グラウンドに一歩でも足を踏み入れれば彼らに目を付けられてしまうだろう。
腕っ節に自信もない駿平がうかつに侵入すれば、すぐにボッコボコにされてゴンベエを拉致されてハズカシー目にあわせてしまうかもしれない。
「だから、それは最終手段。更に加えて安全策も取る。グラウンドに行っても問題なさそうな人にお願いして、探してきてもらうとか、僕らが出向く以外の方法を探すさ」
とは言え、誰かに依頼するのは望み薄だろう。
今のところ、教師連中だって生徒の頼みを聞いている余裕すらない。かと言って同級生などに頼み事を持ちかけても、危険地帯であるグラウンドに赴いてくれる生徒はまずいない。グラウンドに行くのを嫌って、校舎の中で保護されているのだ。普通に考えれば拒否されて終わりだろう。
「はーぁ、僕にも何か便利な能力があれば良いんだけど……」
ぼやいていても、それはないモノねだりにしかならない。
駿平は頭を掻きながら、とりあえず教室を出た。
廊下に出ると、壁に反響してざわつきが聞こえてくる。
事態が始まって数時間、黒い壁を突破する方法がわかったわけでもなし、携帯電話は相変わらず圏外。外部と連絡を取る手段もなし。それどころか反乱分子まで現れてしまって状況は悪化するばかりだ。教師たちの心労も計り知れまい。
そんな状況で、生徒たちはただただ助けを待つのみ。誰かが何とかしてくれる、そうやって希望的観測にすがっている連中のなんと多い事か。いや、それが普通なのだ。誰しもたった一人で事態を好転さえるような都合の良い力を持っているわけではない。
無力な人間が分不相応に頑張ったとしてもどうにかなるわけでなし、ただ震えて救いを待つしかないのだ。
だが、それでも駿平は自分が出来る事がある内は立ち止まったりしない。
ゴンベエが記憶を取り戻すため、駿平を頼ってきてくれたのなら、最大限それに応えてやりたい。
「……あ、そう言えばゴンベエ」
「なんです?」
「その……」
最初に出会った時の事を思い出す。
「君と初めて会った時、確か、僕がゴンベエの大事な物を奪った……とかなんとか言ってたけど、あれって何の事なの?」
「えっと……すみません、確かに駿平さんに奪われたんですけど、その大事なモノがなんなのか、思い出せないんです」
これでは記憶を探す手がかりもなし。正攻法で記憶を取り戻すとなると駿平の器を溢れてしまうだろう。と言うか、記憶を取り戻すための正攻法もよくわからない。頭を殴れば記憶が戻るような簡単なものでもないだろう。
「うん、まぁ別に期待しちゃいなかったけど……なんだろう? 僕が奪った物?」
誰かから物を奪ったなんて記憶にはない。
そもそもゴンベエとは、あのトイレで初対面なのだ。ゴンベエから何かを奪おうとして奪うなんて事は出来ないだろう。とすれば駿平が無意識の内に奪ったと言う事だろうか?
「女子の大事な物って何だろう? 財布、バッグ、化粧品、携帯電話……それじゃ単なる貴重品か。なんかニュアンス的にはもっと大事な物な気がするんだけど」
「はい、なんだかとてつもなく重要だったはずなんです」
「そんな重要な物、忘れないで欲しいけど……って、記憶喪失じゃどうしようもないか。これは失礼」
「いえいえ、気にしてませんよ。……それよりも、駿平さん?」
「うん?」
ゴンベエは小首を傾げて廊下の奥の方を指差していた。
そこに立っていたのは不思議な風貌の人間。
恐らく、教室にあったカーテンだろう、大きな白い布をマントのように羽織り、頭まですっぽり被ってこちらを見ている。
「……誰だ? こんな時に仮装パーティでもやってるつもりか?」
「あの、よくわかりませんけど……危ない気がします」
ゴンベエは身構えてジリと退く。
それを見て駿平はゴンベエを背中に隠すように立った。
「確かに恰好はまともじゃないけどさ。学校がこんなになったらちょっとハジけたい気持ちもわからんではないよ」
「いえ、そうじゃなくて……敵意が感じられます」
「それは穏やかじゃないね」
カーテンを羽織った白マントはこちらをじっと見て、動く様子はない。
駿平は黙ってゴンベエに指示し、そのまま二人で階段の方へと移動する。
このまま相手が動かなければよし、そうでなければ……。
「……うっ」
その時、コツリと音がした。相手が一歩踏み出したのである。それもかなり大股に一歩。それによって白マントから脚が見えた。生脚だった。
「スカートか? ……女子?」
まぶしい生脚に目を奪われていると、白マントは容赦なく間合いを詰めてくる。
その無言の圧力に怖気づき、駿平は足を止めてしまっていた。
「駿平さん!」
ゴンベエの声で我に返る。
気がつくと白マントは既に駿平の目の前までやって来ていた。
そして、白刃が一閃。
「なっ!?」
白マントが腕を大振りに横薙ぐと、殺意の乗った剣が閃いていた。
その手に握られていたのは、紛れもなく真剣。
遠慮もなしに振り抜かれた剣は、駿平のシャツを易々と切り裂き、腹肉を薄く削ぐ。
「がぁッ!?」
焼けるような痛みが、数テンポ遅れてやってくる。
ゴンベエが後ろに引っ張ってくれなければ、確実に上半身と下半身がおさらばしていた。
「痛ってぇ! 痛ぇ!!」
痛みに喘げば喘ぐほど血が噴出すような気がする。
駿平は傷口を押さえる。手にべったりと血がついた。
「ちっくしょ、なんなんだ、アンタぁ!」
今まで感じたこともないレベルの痛みに耐えながら、駿平は白マントを指差した。
すると、白マントは駿平の言葉に答えず、ただ静かに剣に付いた血をマントで拭っていた。
「だんまりかよ、こっちは斬られたんだぞ!」
「駿平さん、ここは退きましょう。丸腰の私たちでは敵いませんよ」
「って言っても、あの人、見逃してくれるかね?」
「そ、それは……」
よろける駿平を抱きかかえる形で、ゴンベエが立っている。
このまま後ろに下がれば階段はすぐだ。階下にある特別教室に逃げ込めば、生徒や教師がたくさんいる。そんな所まで来て、白マントも凶行には及ぶまい。
だが、問題はそこまで行けるか否か。
敵意満々の白マントが易々と見逃してくれるとも思えないが……。
と、二人が白マントを観察していると、不意に彼女の身体が震える。
「なんだ……コイツ?」
「笑ってる?」
目深に被ったカーテンの隙間から、口元の上がった表情が見え隠れする。
白マントは駿平を斬って、笑っていた。
「くく……うふふふふ! ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」
それもすごく楽しげに。
「ハジけすぎて狂っちゃったか、面倒な……」
背筋を冷やすと同時に、狂うのも無理はないとも思える。
黒い壁が出来てからこっち、常識に則った事なんて少なかった。狂ってしまったとしてもおかしくはないだろう。狂ってるレベルで言えば、グラウンドの王たちもどっこいどっこいのレベルである。
「ふふ、ふふふ……はぁ、はぁ……いけない。一度落ち着かなきゃ」
白マントはクスクス笑いながら、しかし剣を収める。
そして駿平たちを警戒しながら後退を始めた。
「なんだ……アイツ、見逃してくれるのか?」
「駿平さん、行きましょう」
駿平たちも白マントを警戒しつつ、階段へと向かう。
白マントが見えなくなると、一目散に二階へと逃げ帰った。




