21 王になった不良
21 王になった不良
見る間に蹴散らされていくグラウンドの王の人垣と言うのは、いっそ清々しいぐらいだった。
垂千穂からの伝令を受け、校舎側に攻め入ろうとしていたグラウンドの王たちは、しかし階段を下ってきた則正に挑みかかっては跳ね飛ばされていく。まるで一騎当千のゲームを再現しているかのように、人が木の葉のように飛び散る。
その内、恐れをなして誰も近寄らなくなると、モーゼの海割りよろしく、則正の行く道を開けていった。
「賢明な判断だ。だが、貴様らも私の誅罰対象である事を忘れるな」
鋭い目つきで一睨みされ、則正の道を形成するグラウンドの王たちは息を呑む。
完全に消沈してしまったグラウンドの王たちを無視し、則正は道の行き止まりまで達する。そこにいるのは、どこから持ってきたのか、クッションつきの椅子に座っている男。
傲岸な態度で則正と対峙する。
「よーぅ、センセ。一年ぶりくらいか?」
「見たくもない顔だな。貴様がどうしてここにいる?」
その男は則正と顔見知りだった。
と言うより、男は則正の教え子だったのだ。
去年、ギリギリの成績でこの高校を卒業した生徒。
「波多野剣十郎。どの面下げて、この学校の門をくぐった」
剣十郎と呼ばれた男はニヤリと笑う。
「俺もシューショクしたんスよ。工事の会社にね。ピンと来たでしょ? 体育館の工事、あれって俺んトコの会社が請け負ってんの」
確かに、剣十郎は作業着を着ているし、それに縫い付けられた会社の名前は見覚えがある。間違いなく、工事を請け負った会社のモノだ。
「センセたちの熱い教育の賜物ってヤツでさぁ。ありがたく就職難のこの時代に、手に職就けて、汗水垂らして、規律正しい社会人ってヤツをやってるんで・す・よ」
「疑わしいな。貴様の在学中の振る舞いを見ていれば、貴様を採用する会社の品位と言うものも知れてしまう」
「頭固いなぁ。仕事でもなければ俺だってこんなクソみてぇな学校に、二度と来たがらねぇって。アンタみたいなクソ教師と面ぁ合わせるのだってゴメンだっつーのに、ウチの会社ビンボーでね! 社員にサボらせられるほどヨユーないわけ。で、俺まで駆り出されたの。理解したかね、中堂くん?」
「……貴様にも在学中には口を酸っぱくして言ったはずだがな。目上には敬語を使え!」
則正の言葉に乗って、能力が発動する。
しかし、剣十郎の方はどこ吹く風といった顔をしている。
「あのさぁ、中堂ちゃん。俺ぁもう、アンタの教え子じゃないわけ。いちいちアンタの言う事聞いてらんないの。わかる?」
「なに……!?」
違和感があった。
先程、かなめと戦った時には能力が無効化された実感があったが、今は何の反応も感じられない。能力は発動した。だが、剣十郎は未だに則正を『アンタ』と呼び、敬語を使わない。
「お察しだろうけど、俺も覚醒者なのよ。アンタの能力は他のヤツらから聞いてるぜ。対応策ぐらい練るって。俺だってバカじゃねぇんだから、さ!」
そう言って椅子から立ち上がる。身長を目算しても百九十センチほどあろうか。
その巨体に立たれて、圧迫感を覚えない方がおかしい。
則正は警戒するように距離を測った。
「おやおや、中堂センセともあろうお人が、俺なんかを相手にビビッちゃいけないよ。そんなんじゃ、校舎の連中全員がビビッちやうよ?」
「お前がグラウンドのリーダーなのか?」
「そうならどうする? もしかしてリーダーを倒してグラウンドの王を解散させようとか考えてる? 答える義理はねぇけど……まぁねぇ、俺が実質取り仕切ってるって言っても良いかなぁ。でもこいつら、別に俺に従ってるわけじゃねぇぜ?」
剣十郎は手近にいた生徒を一人捕まえて引き寄せる。
「例えばこの、何の変哲もない男子。コイツだってグラウンドの王にいるって事は少なからず野心を持ってる。ここなら力さえあればのし上がれるからな」
「い、いや、ぼくは波多野くんに逆らう事なんか考えてな……グッ」
「うるせぇ、黙れ」
百九十センチほどの身長を持つ剣十郎の手は、相応にでかい。
その大きな手によって男子の下あごが丸々掴まれた。
「あー、ゴホン、コイツだってチャンスがあればのし上がろうとするはずだ。だから今のところは一番強い俺に従ってる振りをしてるが、コイツら全員、一人一人が王様気取りなんだよ、わかるか、センセ?」
「現状、貴様がリーダーである事は変わりあるまい」
「だったら俺を倒せば終わりだって思うかい? それは違うよ。俺に次ぐ二番手がグラウンドの王のリーダーに成り代わるだけだ。結局、グラウンドの王を全て潰すには、ここにいる大半を倒さなきゃならん。って事で、センセの質問には正確に答えられねぇな」
「もとより、まともな返答など期待していない。ただ意外だっただけだ。貴様のようなクズが人の上に立てるなどとな」
則正の言葉の余韻が消えると共に、ゴキンと気味の悪い破壊音が聞こえた。
「あ、ああああああああ!!」
「おっと、悪い。つい力が入った」
剣十郎が捕まえていた男子の下あごの骨が、砕かれたのだ。
「いあ、いあい……あおあぁ! あおあああ!!」
「うるせぇな、あごが砕けたぐらいでそんな……悪かったって」
「いあいいいい! いあいいいいい!!」
「ああ、もう」
呆れたようにため息をつき、剣十郎は何のためらいもなく、男子の顔面に拳をめり込ませた。
何の誇張表現でもない。
剣十郎の大きな拳が男子の顔を陥没させたのだ。
男子はブッと断末魔の声を上げ、そのまま顔から血を吹き出し、痙攣して地面に倒れる。
「うるせぇって言ってんだろ。ごめんね、センセ。下っ端がちょっとうるさくてさ」
「……貴様はどうしようもないクズだな」
怒りを覚えると共に、剣十郎の力に警戒心が湧く。
あの男子の顔面をへこませたパンチ、尋常ではない。
「ああ、センセ。知ってると思うけど、一応忠告しておくぜ」
巨体から発せられるプレッシャーが、著しく増大する。
「俺は煽りに対して、我慢が利く方じゃねぇ」
「知っているよ、単細胞」
「あぁ……人の忠告は聞くもんだぜ……クソがぁ!」
土煙が上がり、剣十郎が則正に対して突進を始めた。
それは則正の予想の範疇を超えていた。
人の踏み込み速度には限界がある。それを把握していれば幾らトップスピードが早くてもある程度の軌道、スピード、タイミングを予測し、相手の攻撃に対して備える事が出来る。受け止めるなり避けるなり、手段はあったはずなのだ。
だが、突然の出来事で、人の思考は一瞬停止する。則正が陥ったのもその状況。
剣十郎の突撃は、異常なまでに速すぎた。
「はっはぁ!!」
剣十郎の威勢の良い笑い声。それは則正の耳には、驚くほど遠くに聞こえた。
内蔵が圧迫され、視界がぶれて、暗転しかかる。喉の奥から液体がわきあがり、空気と共に口から吐き出された。
気がつくと則正の腹部に剣十郎の拳が突き刺さり、身体が宙に浮く。
「がっ……!?」
理解が追いつかなかった。思考が混乱しているが、ありえないと言う信号ばかりが発信されている。
そう、ありえない。あのスピードは人間として常軌を逸脱している。
フッと意識が暗転しかけたのを、なんとか気合で繋ぎとめる。
視界がハッキリすると、則正は地面に転がっていた。
「が……ハッ……。なんだ……!?」
口から血が零れる。今のパンチで内蔵がイカレたのかもしれない。
身体の内側で激痛が暴れまわる。少しでも気を抜けば、意識がごっそり持っていかれそうだ。
あの一撃で致死にならなかったのは、則正の身体に刷り込まれた動きによる。
則正は拳をぶつけられた瞬間、無意識の内にダメージを最小限にしようと動いていたのだ。それがなければ内臓破裂どころか、背骨をぶち折られていたかもしれない。
則正は震える身体に鞭打ち、何とか立ち上がる。
「へーぇ、センセ、意外とジョーブだね」
「貴様……」
何をした、と問うのはプライドが許さなかった。
教師は生徒よりも立場的に上位に立たなければいけない。剣十郎は在校生でなくても卒業生だ。一度でも生徒として教えを説いた人間になめられるわけには行かない。
それが則正のルール。
ある程度の推測は出来る。剣十郎も覚醒者だといった。その能力によって身体能力が強化されているのだ。だが、その能力の詳細がわからない。
身体能力を強化するだけならば話は簡単だ。だが、剣十郎は則正の能力を無効化した前例がある。あれも能力だとするなら、一体どんな能力だと言うのだろうか?
「この場にいる全員、私以外能力を使うな!」
則正の言葉で能力が発動する。今、グラウンドにいる人間は能力を使えなくなったはず。
まず最初に疑ったのは他者からの支援。則正やいおりの能力のように、他者に影響する能力と言うのも存在するのだ。誰かが剣十郎の能力を上乗せしている可能性もある。
それが出来ないようにしてしまえば、可能性の範囲は狭まる。
「うーん、流石はセンセ……と言いたいところだが、見当外れだねぇ。でも目の付け所は悪くねぇぜ?」
「調子に乗ってられるのも今の内だぞ、波多野」
則正は呼吸を整え、腰を落として重心を低く構える。
それはまるで熟達の格闘家のような立ち振る舞いだった。
「へぇ、やっと本気ってワケか」
それを見て剣十郎も身構える。則正の構えがハッタリではないと知っているのだ。
則正はどこの流派とも知れない武術を身につけている。空手でも柔道でも中国武術でもない、どこぞで隠れて伝えられていた古武術と言われた方が納得できる。
則正がそれを人前で披露する事は少ない。しかし剣十郎はその構えを知っている。
「懐かしいね、俺はその構えに為す術もなくぶちのめされた」
「またあの時のように、無様に地をなめさせてやる」
「出来るかなぁ、センセ!」
またも剣十郎から突進。
瞬く間に間合いを詰め、則正を射程圏内に収める。それは先程と変わらぬスピード。
やはり、剣十郎には能力による支援などかかっておらず、その上で則正の能力を無効化し、自分の能力を発動させている。
分析の間にも大きく振りかぶられた拳が、則正の顔に目掛けて打ち出される。
殺人パンチ、と言うのは誇張表現ではあるまい。先程、顔面に拳をぶつけられ、一撃で絶命した生徒は、今もその辺に転がっている。それに先程のボディブローでも、食らったのが則正でなければ死んでいただろう。もしもう一度、あのパンチを食らってまともに受身が取れるかどうかも疑問である。
この拳を食らうわけにはいかない。
則正は突き出していた両腕を円を描くように開いた。
「むっ!?」
剣十郎の拳はそれだけで軌道を外れる。無理のない程度に力が受け流されたのだ。
剣十郎の剛拳に、則正も力で立ち向かえば、顔面をめり込ませるパンチ相手に勝ち目はない。故に用いるのは柔拳。
則正の動きは受け流しだけでは止まらない。
左腕で防御を行っている間に、既に足運びは攻めへと転じている。
受け流している左腕を背後まで伸ばし、右腕を短く畳んで構え、更に剣十郎の内側へと一歩踏み込む。
見えるのはがら空きの胴体。
踏み込んだ足とは逆の脚を勢い良くひきつけ、半身の構えから正面に構えると同時に受け流していた左腕も攻撃に転ずる。
狙いを定めていた右手の甲に向け、伸ばされていた左手が勢い良く打ち付けられる。
流れるような隙のない動き。これには剣十郎も反応出来ず、則正の掌底をクリーンヒットされてしまう。
胸部に強い衝撃を受けた剣十郎。痛みはそれほどないが、衝撃によって内蔵が揺らぐ。ハンパではない吐き気と、立っていられないほどの眩暈。視点が定まらず、視界がぼんやりと狭まる。気がつくと地面に膝を付き、立ち上がろうとしても脚に力が入らないのだ。
「ぐっ……おぉ……」
「ふん、相変わらずタフだな。私の勁を受けてまだ意識があるのだから、大したものだ」
則正は背広を正しつつ、しゃがみ込んだ剣十郎を見下す。
殴られた腹の痛みはまだあるが、弱味を見せるわけにはいかない。
「波多野、泣いて許しを請うのなら情状酌量の余地があるとみなそう」
「ぐ……中堂よぉ……テメェはミスを犯したぜ」
「な……なに!?」
剣十郎の声を聞いた途端、則正の呼吸が乱れ、腹部の痛みがぶり返す。
それどころか立っていられないほどに眩暈、吐き気を覚え、足が震えて力が入らない。
「こ……これは……」
「驚いたか、中堂センセ。これが俺の能力だ」
痛みや吐き気を我慢しつつ、首を持ち上げる。
見上げると、ピンピンしている剣十郎がそこにいた。
「立場逆転だなぁ、センセ?」
「き、貴様……」
「アンタはこう思ってるだろう。俺の能力は『他人にダメージを移し変える能力』だって。でもなぁ、惜しいなぁ。ちょっと違うんだなぁ」
剣十郎は自らの絶対的優位を確信したのだろう。
笑い声を高らかに上げた後、余裕たっぷりにネタバラしを始める。
「俺の能力は『他人のモノを俺のモノとし、俺のモノを他人のモノとする』。流石に他人の能力を丸々そのまんま掠め取るのは無理だが、他なら大抵何でも移し変えられるぜ? 俺のダメージはそっくりそのままアンタにプレゼントするし、アンタから課せられたルールは他のヤツらに適当にポイできるってワケだ。探してみな、今この場に、アンタに敬語しか使えねぇヤツがいるはずだぜ」
もし不都合なルールが課せられたら、それを誰かに押し付ければ良い。そうすれば剣十郎はペナルティはなしで行動できる。
彼の身体能力が格段に向上したのもこの能力を使っている。他人の腕力や脚力を自分に移し変えているのだ。
「なぁんで俺の能力をバラすか、不思議に思ってるか? 俺がアンタに負ける要素が一つもねぇからだよ! どんな能力も効かねぇ! どんなに殴られても痛くねぇ! 俺が負ける要素が一つもねぇよなぁ!?」
「……ぐっ」
口ごもる則正。確かに打つ手がない。
則正の能力さえ無効化、いや受け流されてしまうのだ。たとえ肉体的にダメージを与えたとしてもそれが他人に移し変えられるのなら、どれだけ戦っても意味がない。
さっきの則正のルール、覚醒者の能力使用を禁じると言うのも、その気になれば則正に移し変えられたはずだ。それをしなかったのは剣十郎が余裕を持て余してるからに過ぎない。
彼は見事に驕っているのである。そうするに値する力を持っているが故に。
「センセェ、悔しいなぁ? バカにしてた俺に、手も足もでないなんてなぁ? 今どんな気持ちだ? 泣きたいか? 怒り狂いたいか? あ、そうそう、泣いて慈悲を乞うなら温情の余地はあるぜ? なんてな! なんてな!! ははははははははははは!!」
剣十郎の言葉に何も言い返せない。
則正は剣十郎に、負けた。




