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19 誤算

19 誤算


 校舎二階、特別教室の立ち並ぶ廊下にて。

 隼人とプレイトミルがアテもなくブラブラと歩いていた。

「で、これからどこへ行くのかな?」

「連絡があるまでは特にやる事もないわ。なんなら、あなたも適当にブラついてて良いのよ? なにも私と一緒にいる事もないわ」

「僕が好きにして良いって言われたら、君の傍にいるけどね」

「似合わないセリフ」

 隼人の口説き文句を一刀両断し、プレイトミルは足を止めた。

 それに気付いて、隼人も止まって前方を窺う。

「あの壁の影に暗殺者の気配でも感じたかな?」

「近いと思うわ。嫌な雰囲気しか感じられないもの」

 壁の影に潜んでいる人物。そこから発せられる雰囲気が、プレイトミルに危機感を覚えさせる。

 注意しなければ状況が悪くなるかもしれない。

「誰? 出てきなさい」

 プレイトミルの誰何の声に答え、壁の影から姿を現したのは秋野垂千穂。

「まさかバレてたなんてね。ちょっと驚かしてやろうと思ったんだけど」

「君は……秋野さん、だったっけ」

 隼人は彼女に見覚えがあった。プレイトミルもピンと来る。

 垂千穂と隼人たちは数時間前に部室代わりのコンテナ前で出会っているのだ。

「あら、覚えててくれたなんて光栄ね」

「僕こそ、忘れられたと思っていたよ。その節はグラウンドへお誘いいただいたのに、出向けなくて大変失礼しました」

「いえ、良いのよ。……それよりも、話があるわ」

 プレイトミルの視線が鋭くなる。

 垂千穂はまず間違いなく何か企んでいる。

 それを看破し、目論見を潰せなければ、何かしら不利益を被る。直感がそう告げている。

「僕に話? はっはっは、愛の告白なら遠慮しておこう」

「そういう話ではないわ。期待を裏切って悪いけれどね」

 飄々としている垂千穂の顔からは考えが読みづらい。

 ここは話を聞く前に退散するべきだろうか。

「申し訳ありません、秋野さん。私たちは急いでいるので……」

「なに、手間は取らせないわ」

「急いでいますので」

 睨み付けるようにして言う。

 強気な態度のプレイトミルに、垂千穂はどこか楽しげだ。

 プレイトミルはそれ以上、垂千穂の話を聞くつもりはない、と、隼人の手を引いて踵を返す。元々どこか目的地があったわけでもない。その辺をぶらつくだけなら垂千穂から出来るだけ離れた方が得策だ。

 しかし、廊下に声は良く響く。

「グラウンドの人間が、誰もやりたがらない事があるの」

 垂千穂の声を聞き、隼人が足を止める。

「なんて?」

「グラウンドの連中も腰抜けよね。あーあ、こんな時、頼りになる人がいないかしら?」

 チラリ、と流し目が隼人を射抜いた。

「隼人、行くわよ。話を聞いちゃダメ」

「いや、プレイトミル。これは聞かざるを得ないよ」

「隼人!」

 グイと手を引っ張るが、女の細腕では隼人を動かす事は出来なかった。

「ゴメンね、プレイトミル。これは僕のアイデンティティの問題なんだ。彼女の話を聞かなければ、僕は僕でいられない」

「……私が泣いても?」

「うっ……」

 上目遣いに見られ、隼人の心はかなり揺れる。

「あーあ、誰かいないかしらねぇ。誰もやろうとしない事を、勇んで引き受けてくれる人が……どこかにいないものかしらぁ!?」

 しかし垂千穂の追い討ちも止まらない。

「これは林くんのアイデンティティの問題だけでなく、蜀って勢力の問題でもあると思うのだけど?」

「……どういう事です?」

 垂千穂の言葉に、今度はプレイトミルが反応する。

「蜀の目的は校舎側とグラウンド側が衝突しないように、抑止力として存在する事でしょう? だったら、大事な話になると思うけどなぁ?」

 その言葉がブラフだと切り捨てるのは簡単だ。相手はグラウンド側の人間。自分のやりたい事のためなら何だって騙す人種である。そんな人間の言葉を真に受けるのはかなり危険だと言えよう。

 しかし、垂千穂はそこいらの生徒のように馬鹿ではない。自ら交渉を不利にするような材料をちらつかせるだろうか?

 隼人はこれで誠実な男だ。嘘を嫌い、真っ直ぐであろうとする。そんな彼に対して嘘の情報を混ぜれば交渉は即破綻である。

 垂千穂が隼人の人となりを知らないと言う可能性もあるが、彼女が隼人を交渉相手に選んだのならば、相手の情報収集ぐらいしてくるはず。

 ならばここは垂千穂の言う事を信じてもいいのではないか?

 こちらは話を聞いた上で『交渉の余地はない』と撥ね付ける事も出来る。さっきの様子を見れば、隼人だってプレイトミルが泣いてお願いをすれば折れてくれるはずだ。

「……いいでしょう、話を聞きます」

「ありがたいわ」

 垂千穂の笑みが恐ろしい。

「話ってのは簡単よ。あなたたちに中堂先生の足止めをして欲しいの」

 中堂則正の足止め。

 その事案を聞いてプレイトミルはすぐに隼人の手を引く。

「やめましょう。無理です」

「え!? そんな即決!? 僕の評価低すぎない!?」

「相手は覚醒者ですよ!? 何の取り得もないあなたにはまず無理です」

 普通に考えれば覚醒者に一般人が挑むのは無謀だ。

 どんな能力であれ、覚醒者は一般人よりも確実にスペックが上なのである。能力を活用すれば一般人に負ける事はほぼあるまい。

 それに、相手が則正となるとまず勝ち目がない。

 何せ覚醒者を含むグラウンドの王数百人をたった一人で無力化する程度の力を持った男だ。隼人が挑みかかっても数秒で返り討ちにされるのがオチだ。

「あぁら、林くん一人でどうしようも出来ないなら、あなたが手伝えばいいんじゃないかしら、学外の方?」

「……なんです?」

「あなた、見かけない顔だけど、学校の人間じゃないわよね? あなたみたいな人が事件発生前に学校にいるわけがないし、未だに黒い壁は健在。だとすればどうやって学校内に入ったのか……なにか不思議な手品でも使ったんじゃないの?」

 垂千穂はプレイトミルの正体についても、何か感づいている。それは恐らく、覚醒者ないしそれに準ずる常識外の存在である、というところまで手が伸びているだろう。

 現在の学校内は常識の通用しない不思議な空間である。。こんな一連の事件が起こるのならばどんな存在でもありえる、と垂千穂の認識が拡張されているのだ。柔軟な思考である。

 だからと言ってプレイトミルは魔法使いなんじゃないか! なんて突飛な発想に直結しているとは思えないが、何かしらの特殊能力があると睨まれている。

 あながち間違えでもないので、パッと言い返せず、言葉に詰まる。

「あら、意外と図星だったかしら?」

「……あなたの見当外れな物言いに呆れただけです」

 誤魔化せたかどうかは怪しい。だが、プレイトミルの正体を明かしてもプラスになるとは思えない。ここは魔女である事は隠し通す。

 垂千穂もそれ以上は突っかからずに話を進める。

「まぁ、それはどうでもいいわ。でも正直困ってるのよね。グラウンドのヤツらは王を自称してても教師一人にビビッて動けない腰抜けばかり。こう言う時に頼りになる人がいてくれれば、私も楽なんだけど……」

 隼人の耳がピクリと動く。

 プレイトミルがいなければ一も二もなく飛びついている話題だろう。

「ダメよ、隼人。あの人の言葉を聞いちゃダメ」

「あなたは黙ってて! 私は林くんとお話してるの」

 二人に挟まれた隼人はどんな心持ちだろう?

 まず間違いなく、両手に華だと浮かれてはいないだろうが。

「ぼ、僕は……」

 隼人が口を開いた時、肩が掴まれる。

「面白そうな話してるじゃねぇか」

「き、君は!」

 振り返るとそこには鬼頭虎勝がいた。

「よぅ、大将。その話、俺にも聞かせてもらおうか」

「鬼頭、虎勝……」

 その男の出現に、垂千穂は目に見えて動揺する。

 彼の力はグラウンドの王に関係する人間ならばよく知っている。彼が離反した時に追っ手を差し向けた垂千穂ならば特にである。

「よぅ、秋野センパイ。お久しぶり」

「久しぶりね、鬼頭くん。中堂にボコボコにされたって聞いたけど?」

「ああ、だから今の話、詳しく聞かせてもらいたいんだが?」

 虎勝の様子を見るに、傷一つ負っていない。

 ボコボコにされたと言う情報が嘘だったのだろうか? しかし、虎勝はその事を肯定したし……いや、考えても仕方がない。

 鬼頭虎勝は無傷でこの場にいる。それは事実。

 事実を事実として認識し、新たな策を見出すしかない。

「なら、あなたにも話を持ちかけてもいいわ。あなたが中堂を抑えてくれるなら、それが一番良いしね」

 垂千穂の新たな策は則正と虎勝をぶつける事。

 当初は隼人に則正の相手をさせて大敗させた後、旗印を失った蜀を一気に叩く作戦だったが、話は変わった。

 立候補者が現れてしまった現状、隼人はこの話に耳も貸さないだろう。

 隼人自身も

「いやー良かった! 僕が中堂先生とケンカする所だったよ!」

 などと言って笑っている。

 ならばプラン変更。蜀の最大戦力であろう虎勝を則正にぶつけ、二つの勢力の最大戦力がぶつかっている間に校舎側を攻め落とす。

 なんなら則正に虎勝を再起不能にしてもらい、蜀に抑止力としての効果を失わせる。

 どう転んでもグラウンド側がこれ以上不利になる事はあるまい。

「どう、鬼頭くん? それとも中堂先生が怖いかしら?」

「ハッ、バカ言え。アンタに頼まれなくても、今からアイツにケンカを売りに行くところだ。だがウチの大将がどっかの性悪センパイにたぶらかされそうになってたら、見過ごすわけにはいかねぇだろうが」

 ズイと一歩前に出て、虎勝は垂千穂を睨む。

「言っておくが、テメェの思い通りにはいかねぇからな?」

「どうかしら。あなたが中堂に勝っても負けても、私は上手く立ち回る自信があるわよ」

「……ククッ、面白い事を言ってくれるぜ」

 虎勝が踵を返し、垂千穂に背を向ける。

「アンタが立ち回る舞台ってのは、このイカレた黒い世界だけの話だろ?」

「……どういう意味?」

「もうそろそろ、この黒い壁が取っ払われるって言ってるんだ」

「なっ……!?」

 驚いた垂千穂は虎勝の肩を掴んだ。

「どういうことよ!? 詳しく教えなさい!」

「敵に塩を送る必要はねぇな。何せ蜀は弱小新興勢力。グラウンドの王様には敵わないもんで……知りたきゃテメェで情報集めな」

「ぐっ……」

 虎勝の言い口に垂千穂は喉を鳴らす。

 スパイの情報にはそんな項目、含まれていなかった。

 いや、それよりも黒い壁を取り払う方法を、虎勝は……いや、蜀の人間は知っていると言うのか?

 動揺する垂千穂を尻目に、虎勝は隼人とプレイトミルを連れてその場から立ち去った。

「ど、どうする……!?」

 垂千穂の計算が大きく狂い始めていた。

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