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18 明日への決意

18 明日への決意


 足音が聞こえ、意識を取り戻す。だが、異常にまぶたが重い。身体全体がズキズキと痛む。起き上がるのも億劫だ。

 ……何があった、と記憶を探る。

 そうする内に、身体の中に熱く滾る怒りが湧いてきた。

「ざまぁないわね」

 聞こえてきた声は、とても聞き覚えのあるモノだった。

「勇んで敵地に乗り込んで行ったのに、そんな無様にボッコボコにされて、カッコ悪い」

「……るせぇ」

 喋ると血の味がした。

 口のあちこちが切れて、口内に血溜まりが出来ている。

 それを吐き出し、痛む身体を起こす。

「結局、負けたわけ?」

 声はそう尋ねた。

 瞼は上がらない。腫れ上がっているのか、著しく視界が遮られていた。

「負けてねぇ」

「負けたんでしょ? だからそんなボロ雑巾みたいになって、寝転がってたんでしょ?」

「負けてねぇっつってんだろうが!」

 大声を出してみるが、口の中が痛み、覇気が薄れる。

 口の中からまた血を吐き出し、床に手を突く。身体が思うように動かない。

 腕から脚から、痛みの叫び声が上がり、動く事を拒否している。

 疲れたし、痛いし、何もしたくない。そんな叫びが身体を支配しようとする。

 だが、心はそれを遮るように唸る。

 動け、動いて殴り返せ。

 自分をこんな風にした、憎きあの男をぶちのめせ。

 四つんばいのままでいると、胸倉を掴まれ、グイと引き寄せられる。

「アンタは負けた!」

 声が近くなった。

「アンタは負けて、自分の弱さを思い知った! そうでしょ!?」

「負けてねぇ……ッ!」

「弱いのは罪じゃない。それを認められない愚かさが罪よ」

「負けてねぇ!」

「虚勢を張るな! 負けを認めろ!」

「負けてねぇ!!」

 声の主を突き飛ばし、グラグラとよろめきながらも、自分の足で立ち上がる。

「俺は……俺は誰にも負けねぇ。あの男……中堂にだって負けねぇ」

「上等じゃない……今のアンタなら、あたしだって勝てそうよ」

「あぁ?」

 その真意を尋ねる前に、拳が飛んでくる。

 視界が悪い上に、いつものように動かない身体ではそれを避ける事は出来ず、顔面にキツイ一発がお見舞いされた。

「がっ……な、何しやがる!」

「アンタの弱さを思い知らせてやるのよ!」

 もう一発、顔面が殴り飛ばされる。

「テメェ……いい加減にしろよ!」

「いい加減にするのはアンタよ!」

 声に水気が混じった気がした。

 それに気後れしていると、もう一度胸倉が掴まれ、引き寄せられる。

「アンタは何度あたしに心配かければ気が済むのよ!? 何度ボコボコになった姿を見せて、あたしを悲しませればいいの? しかもこんな、狂った世界で。人が簡単に死んじゃう世界で……あたしはアンタのそんな姿、もう見たくないのよ!」

 声が震えている。

 トン、と弱い衝撃が胸を打つ。

「やめてよ、ホント……。アンタが死んだりしたら、どうすんのよ……」

 こんな弱々しい声は聞いた事がなかった。

 いつも気丈に振舞っていた、ケンカ友達。唯一の幼馴染。

 その声は二発の拳より、中堂則正の蹴りより、何より痛かった。

「すまんな。だが、これは俺の生き方だ。やめようと思ってやめられるモンでもねぇ」

「わかってるわよ……」

 ぴたり、と左頬が温かい。

 彼女の手が触れたのだと気付いたのは、痛みが引いてからだ。

 文字通りボコボコにされた顔面の腫れがどんどん引いていく。

「だから、あたしが言うのはたった一つ」

「おぅ」

「もう、負けたりするんじゃないわよ」

「……おぅ」

 視界が開けて、涙顔のいおりが見える。

 それに鬼頭虎勝は笑って答えるのだ。

「当たり前だ!」


****


 状況は大体把握できた。

「ありがとう、情報通くん。……この事件が終わったら、本名が聞きたいな」

「へっ、それまでは聞くつもりがねぇってか? いいぜ、全部終わったら、お前の名前も教えろよな!」

 三嶋駿平は彼から聞いた情報を全て頭の中で整理する。

 教えてもらったのは、今現在の各勢力の情報。

 校舎側は中堂則正がリーダーに立ち、校舎内に潜伏していた覚醒者を集め、グラウンド側との間の戦力差を埋めた。

 グラウンド側は蜀の台頭や校舎側の戦力増強を受けて足踏み。なんだか非道な策を使って荒くれ共の鬱憤の矛先をうやむやにしているようだ。

 蜀の情報はほとんどなく、駿平が所属している事すらわかっていないらしい。そりゃそうだ。どこからも情報が漏れるようにはしていない。構成員をハッキリさせないのは駿平の指示した通りである。

 状況は大体、駿平の思い通り。グラウンドの王の反応が大きすぎるのが気がかりだが、それも誤差の範囲と言うべきか。

「聞きたかった事はこれで全部か? 俺は忙しいんで、ここいらでおさらばするぜ」

 踵を返す情報通くんに、駿平は慌てて声をかける。

「あ、最後に」

「なんだよ?」

「君は神様って信じる?」

「おいおい、こんな時に宗教勧誘か? いや、こんな時だからこそってか」

「そういう意味じゃなくて……」

 何気なく尋ねてみたが、確かにいきなりそんな事を聞いてしまえば勘違いしてしまうだろう。

 だが、それも冗談めかして笑う情報通くんは多分良いやつだ。

「まぁ、俺らをこんな苦境に立たせて、何の助け舟も出さない神様なんて信じるに値しないとは思うがね」

「試練を与えるのが神様、って言う説もあるけどね。……何か神様に関して情報がないかな? どんな小さい事でも良いんだ」

「うーん……神様の話って言えば、今日、校長が言ってたのが最新の情報かな」

「校長先生が?」

「全校集会の時に喋ってたろ? 確かこの辺の土地神の話」

 思い出してみれば、クソ熱い炎天下の中聞かされた覚えがある。

 つい数時間前の事なのに、もう何日も前のような気がする。

 情報通くんは話を続ける。

「大昔に人柱になった女の人を神として奉ったとか。元は人間だったのが神様になるってスゲェよな」

 俊平が隣を見ると、ゴンベエがちょっと照れたように笑っていた。

「で、情報通くん、その神様について詳しく聞きたいんだけど、何か知らないかな?」

「バッカ野郎。俺だって健全な男子高校生だぜ? そんな埃塗れの話に興味持つかよ。俺だけじゃなくて、大抵の学生諸兄は神様の情報なんて持ってないだろ。校長にでも聞けば良いんじゃねぇの?」

 残念だが校長に突撃インタビューするような時間もない。

「それ以外にはちょっと手持ちがねぇな。なんならダメ元で話を集めてくるけど?」

「そうか……いや、ありがとう、大丈夫だよ。校長の話を思い出してみる」

「おぅ、それじゃな」

 情報通くんは片手を軽く挙げ、廊下を走り去っていった。

 神様の情報は校長の話が最後の手がかりか。

 確か不作を回避するために人柱にされた女性が、その後悪神となって暴れたのを畏れ、社を建てて奉り、神として崇めるに至った。

 その神様は厄除けと縁結びにご利益がある。

 チラリとゴンベエを見る。彼女がその神様だとしたら、厄除けにも縁結びにもご利益はなさそうなものだが、記憶を失くしてるから神様としての力も失っていると言う事だろうか?

「駿平さん、どうして神様の事なんか聞いたんです?」

「え? えと、そりゃ……気になったから、かな」

 ゴンベエの純粋な疑問に、駿平ははぐらかすように笑った。

 神様の事を調べていればプレイトミルの言った、ゴンベエが消えると言う話もどうにか回避できないだろうか、と思っているのだ。だが、それをゴンベエに聞かせるわけにはいくまい。これは駿平が秘密裏に行わなくては。

 神様の話を纏めるのと、事件の犯人探し、どちらもやらねばならないと言うのは、かなりの苦労かもしれない。

「駿平さん……難しい顔してますよ?」

「そう? まぁ色々面倒くさい案件ではあるけどね。でもこの事件を起こした犯人に関しては、ちょっと目星がついてるんだ」

「ほ、ホントですか?」

 駿平は先程、蜀を立ち上げたあの場面で、犯人の大きなミスに気付いていた。

 黒い壁は工事現場のフェンスの内側を通っていたのだ。

「だ、誰なんです? 犯人って」

「ゴンベエはさっき僕が情報通くんに聞いていた情報の内容、全部聞いてたよね?」

「は、はい。確か各勢力の情報と虎勝さんの居場所……あとは……」

「その次の情報が犯人の居場所さ」

「確か、屋上でしたっけ?」

「ああ、今からそこへ行く」

 そして全てを終わらせる。……終わらせてしまったら、ゴンベエはどうなってしまうのだろうか?

 不安を感じながらも、駿平は廊下を歩き始めた。

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