15 非道
15 非道
校舎の北側。山を登る側の斜面の方角で、ここは通路として以外、何の役にも立っていない。たまに物置にされるぐらいで、今は工事現場で働く人たちの駐車場兼物置になっている。
「い、いや! いやです!」
そこに、女子の声が響く。
山の斜面が崩れないように補強された壁と、校舎に挟まれているこの場所で、その声は良く響いた。
別に彼女が乱暴されているわけではない。単に、手を引かれて歩いているだけなのだ。
彼女を引っ張る女子は、何の遠慮もなくグイグイと手を引き、そのまま真っ直ぐに進んでいる。
「やめてください! 私は行きたくないんです!」
「グダグダとうっさい! アンタはちゃんと見なきゃならないんだよ!」
前を行く女子は湯浅いおり。引っ張られている女子は元白マント鶴木かなめ。
いおりはかなめから、駿平の前に殺した二人の遺体がある場所を聞き出し、そこに連れてきたのだ。かなめにとっては、遺体の在り処を簡単に教えてしまったのは間違いだった。もしもいおりがそこへ連れて行く言い出すなんて知っていたなら、絶対に教えたりしなかっただろう。
しばらくすると、異臭が漂ってくる。
「ぐっ……」
これにはいおりも顔をしかめる。
異臭の元に近づくと、物陰に死体が二つ、折り重なっていた。
「うっ……確かに死んでる」
「い、いや……」
「なに嫌がってるのよ、アンタが殺したんでしょ?」
腕をピンと張り、この場から逃げ出そうとするかなめを、逃がすまいと力強く引き止めるいおり。
いおりはかなめの身体を引き寄せ、羽交い絞めにする。
「あたしはね、アンタのやった事を軽蔑しているし、アンタ自身の事をこれ以上ないぐらいに嫌悪してる。あたしは人殺しって人種がこの世で一番嫌いでね!」
羽交い絞めにしたまま、かなめを死体の前で固定した。
「い、いや! いや! 見せないで! 見たくない!!」
「目を逸らすな! アンタがやった事を自覚しろ!」
「ひっ……!」
目を背けるかなめを一喝する。
かなめは涙を浮かべながら、恐る恐る目を開けた。
暗がりに転がっている死体が、かなめを見た気がした。
「い、いやあああ! いや、いや、やめて! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
自分が死の淵まで追い詰められた事によって、かなめは死に対して敏感になっていた。自分のしてきた事、自分の犯した罪を痛いほどに近くに感じるが、それに対して逃避を選んでいたのだ。しかし、その罪の証が今、目の前にある。
もう逃げ出せないような脅迫感に囚われ、ただただ錯乱する。
その後ろから、大きな声が聞こえた。
「謝って済む問題か! アンタは二人も殺したんだよ!? こいつらにだって人生はあったんだ! それをアンタは、簡単に摘み取った! その罪を自覚しろ! 謝ったからって、泣いたからって許されると思うな!」
いおりの怒声に、かなめの喉が詰まる。
確かにかなめはこの二人を殺した。それは到底許される罪ではない。黒い壁が出来上がってしまった、こんな現実味のない現実でも、その罪がうやむやにされる事はない。
その内、死体がひとりでに動き出し、かなめの脚を掴んでくる幻覚すら見始める。
「い、いや……もうやめて……ごめんなさい……何でもする、何でもするから……。死んで許されるなら、死にますから……もう……」
「わかってないね、アンタ」
ふっと目の前が暗くなる。
瞼の上が暖かい。いおりの手が目の前に覆いかぶさったのだ。
視界は塞がれたが、背後のいおりの暖かさが不思議な落ち着きを与えてくれた。
「死んだら何も償えない。アンタはこれからも生きるんだ。生きて償え」
「で、でも……どうしたら……?」
「それはアンタが考えるんだ。誰も答えなんか教えてくれない。他人をアテにするな。自分で考えて、自分で行動して、この二人の分も生きて、償え。それがアンタの罪に対する代価だ」
へたり込んだかなめを抱きかかえるように、いおりもその場に座る。
「それが終わるまで、あたしがちゃんと見ててやる。アンタが道を踏み外しそうになったら、あたしが怒鳴ってでも修正してやる。サボったらぶん殴ってやる。偽善でも良い。行動しろ。立ち止まるな。歩け」
「は……はい……ごめんなさい、ごめんなさい……」
その場でかなめはひとしきり泣いた。
「あたしはね、昔、大事故に巻き込まれたんだ」
泣き止んだかなめを赤ん坊のように抱えて座ったまま、いおりはポツポツと語りだした。
「高速道路の玉突き事故。あたしが乗ってた車もベッコベコになってね。父親が死んで、母親も大怪我を負った。あたしは奇跡的に……いや、お母さんが守ってくれたから軽い怪我で済んだけどね。……車の外も地獄だったよ」
いおりが目を閉じれば、今も鮮明に思い出す事が出来る。
炎上を始める車に消火剤が吹き付けられる。ぺしゃんこになった車から、ボロボロの血だらけになった人が引きずり出される。子供の泣き声、大人の悲鳴、救急車や消防車の音。
「あの時あたしは、人の命なんて簡単になくなってしまうんだって認識した。でも、だからこそ大切に扱わなきゃいけないんだ。人だけじゃない。どんな小さな命にだって、価値も意味も、計り知れないほどに詰まってるんだ。……そんな命を助ける仕事をしている連中に、当然のように憧れを抱いたよ」
「……いおりさんは、医療関係のお仕事に就きたいんですか?」
「あたしの頭じゃ医者は無理だけどね。……でも、どうにかそっちの仕事に関わりたい。あの時、あたしを救ってくれた人たちに恩返しするためにも。あたしの代わりに大怪我したお母さんや、死んじゃったお父さんのためにも」
「素敵な目標です……」
いおりの話を聞いて、かなめは自分に何が出来るのかと考えていた。
チラリと遺体を見る。
確かに恐怖心と罪悪感で目の前がグラグラし、頭痛を覚え、吐き気がする。
しかし、これに耐えなければならない。
「私、とりあえずあの人たちをちゃんと供養する所から始めます」
「……そうだね、墓の一つもなきゃ、可哀想だ」
この黒い壁から出られるとも限らない。それなのに死体を野ざらしにしておくのは忍びない。
「あたしも手伝うよ。アンタの事見張ってるって言ったばかりだしね」
「ありがとうございます」
立ち上がったかなめ。その瞳には迷いはない。
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「こいつら、好きにして良いわよ」
一方、グラウンドでは二人ほど、生徒が地面に転がされた。
男子と女子が一人ずつ。彼らを取り囲むグラウンドの王たちは数百名。
「ひっ……だ、誰か……」
「た、助けて……」
この二人が何をしたと言うわけでもない。
ただ、その辺にいたから捕まえたと言うだけ。
何の理由もなく、彼らはこれから酷い目に遭う。
その顛末を見届ける事もなく、この件を立案した秋野垂千穂は人だかりから離れていった。続くのは悲鳴と哄笑。
「まぁ、これで当分は目くらましも出来るでしょう」
彼女は人間二人を生贄にして、グラウンドの王のストレス発散の場を設けたのだ。
あの二人をおもちゃにする事によって、校舎に攻め入れない鬱憤を忘れさせようとしているのである。
「稼げる時間は少ない。……その間に打てる策を打てるだけ打つ」
状況の打開をしなければいけない。いつまでもおもちゃで目くらましし続ける事は出来ないだろう。そうなった時、グラウンドの王は崩壊してしまう。
「秋野! 朗報だ!」
彼女の元に側近が走りよってくる。
「中堂の能力が弱まってる。あと数分もすれば、なんの障害もなく階段を上れる」
「睨んだ通りね。あんな強すぎる能力が長時間継続して使えるわけがない」
垂千穂は五十人近くいるグラウンドの王の能力を全て把握している。そしてそれらで実験したデータを基に、ある程度、覚醒者の能力と言うものがどういった仕組みをしているのか解き明かしているのだ。
あまり強すぎる能力は、何かしらのリスクを負った上で発動しなければ、効果発動に失敗するか、もしくは効力が持続しない。
中堂則正の能力はかなり強力なものだ。使い方一つで、この学校全体を支配できてしまう。今現在、則正がそれをしないのはリスクがあるのと、効果が持続しないからだ。
「校舎側にいるスパイと連絡をとるわ。相手方の情報を掴んで、早急に次の手を打たないと、……あの調子じゃおもちゃが二人程度じゃ、三十分も持たないわ」
人だかりから聞こえてくる歓声は秒刻みで熱を増している。
何が起こっているのか知りたくもないので、それ以上は振り返らない。
「校舎側からの監視を避けて、フェンスの影を通りましょう。西側の階段を使えば、人目も少ないはずよ」
「オーケィ、すぐに準備する」
走り去る側近を見送り、垂千穂は歪んだ笑みを浮かべる。
「見てなさい、蜀とやら。私の計画を狂わせた償いをしてもらうんだから」
垂千穂は校舎を思い切り睨みつけた。




