13 三国鼎立
13 三国鼎立
それから数十分後。
校舎内、職員室前に五十名ほどの生徒が整列していた。
「ふむ、ざっと一クラス分、と言うところか」
その前方には中堂則正。生徒たちを見渡し、どんぶり勘定で人数を把握する。
彼らは全て覚醒者。則正の行使した能力によりルールを課された者たちでもある。
そのルールにより潜伏していた覚醒者は全て則正の前に整列し、規則正しく自分の学年、クラス、名前を述べたのであった。
そんな様子を見て、則正の隣にいた教師が喜色を浮かべる。
「こ、これだけ覚醒者がいれば、グラウンド側にも対抗できますな!」
グラウンド側が有している覚醒者の数はおよそ五十人ほどと推測されている。
根拠は校舎側から観察できるグラウンドの様子だ。グラウンドよりもかなり高い位置にある校舎の窓からはグラウンドを一望できる。当然、そこで活動しているグラウンドの王たちの様子もある程度は把握できるのだ。
その動きを見る限り、幅を利かせている生徒は五十名ほど。彼らのほとんどが覚醒者であると推測されているのだ。
そして職員室前に集まった覚醒者たちもまた五十名ほど。これで頭数だけならグラウンドの王と同等となった。
しかし、則正の顔は険しい。
「確かに、数だけ見れば彼らと同等……しかし、中身が伴わなければ完全なる抑止力とは言い難い」
「数だけではこけおどしだと?」
「この体制をグラウンド側に示せば、最初の内は確かに抑止力になるでしょう。だが、それは長く持続しない。黒い壁の件が早く片付けば問題ないのですが、これでは確実性が薄い。それに……」
則正はもう一度、集まった生徒たちの顔を見る。
「湯浅いおりがいない」
「え? ……あぁ、そう言われれば」
数十分前、則正が課したルールは『校舎内にいる覚醒者は全員集まるように』と言うもの。保健室にいたはずのいおりがいないのはおかしい。
しかし絶対にありえないと言う事はない。則正の能力は絶対に守られるモノでもないのだ。対象の意志が強ければルールに反する事も出来る。いおりが強く反発すれば、この場にいないのも頷けるが、彼女がそうする利点がわからない。
「あ、湯浅さんならさっき校舎の外に出て行きましたよ」
整列していた生徒が挙手して言う。
「校舎の外に? 具体的にはどこへ行ったかわかるか?」
「そこまではちょっと……」
「あ、でもさっき、校舎裏の方から声が聞こえたかも」
ざわざわと生徒たちから情報が散発される。
校舎裏で湯浅いおりの声。それは妙だ。
今現在、校舎内ですら白マント事件が起きてしまうぐらいに危険地帯。建物から外に出れば、いつグラウンドの生徒に襲われるとも知れない。そんな場所にいおりが一人で行くだろうか?
「校舎裏から声が聞こえたと言ったが、他に誰かいたようだったか?」
「うーん、声を聞いた限りだと、あと数人いたっぽいですけどぉ」
誰かまではわからないと言ったニュアンス。
「あ、でもぉ、男も混じってたかなぁ」
それを聞いて、則正は一瞬、不安を覚える。
確か、湯浅いおりは鬼頭虎勝と幼馴染ではなかったか、と。
『あーあー、テステス』
その時、校舎中のスピーカーが鳴る。
『現在マイクテスト中、あーあー……よし』
「な、なんだ? 校内放送?」
スピーカーから聞こえてきたのは男子生徒の声。
『我々はええと……そう、林隼人率いる、蜀である』
「ショク? なに?」
放送を聴いた生徒、教師に関わらず、その声に疑問符を浮かべた。
『我々はグラウンドの王、校舎側という二大勢力、魏と呉に対するべく、新たな勢力を立ち上げました。リーダーは私、林隼人! 林隼人です! どうぞよろしく!』
いつか出てくるのではないか、と思っていたが、こんなタイミングだとは。
則正は頭を抱える。
いつの時代にも、どんな状況でもバカというヤツは現れる。今回はその類だ。
状況を把握せず、ただ『ノリ』なんていうわけのわからないモノに浮かされて、事態を混乱させるような事を平気で起こしてしまう不確定要素。
しかし、こんな状況でバカな行動を起こしてしまっては、悪ふざけではすまない。
「中堂先生、どうします?」
「放送室に行って取り押さえます。覚醒者の生徒を数人、借りていきます。私の指示があるまで、覚醒者共々、待機していてください」
則正は覚醒者の生徒を適当に数人選び、同じ二階にある放送室に向かって一歩踏み出す。
しかし、
『我々には心強い味方、鬼頭虎勝がいます。今から彼に言葉を頂こうと思います』
「……何?」
足を止めた。
則正の不安が的中したような気がしたのである。
『あーあー……ゴホン、俺ぁ鬼頭虎勝だ。知ってるヤツも知らないヤツもいると思うが、どうぞよろしく。俺はこの林隼人率いる、ええと……なに? ショク? とか言うのに参加する。因みに、校舎側が俺に差し向けたらしい白マントとやらは返り討ちにしてやった。大したことなかったぜ。今度はもっと強いヒットマンを用意するんだな』
職員室前に動揺が走る。
一番驚いたのは則正だ。
「今の、どういう事です!? 鬼頭に白マントを差し向けた!?」
「え、あ、いや……」
実は、職員室の全員は則正に白マントの件を教えていなかったのである。
「後で詳しくお話を聞かせていただきましょう」
身を小さくする教師を放って、則正は放送室へと歩き出した。
****
放送は校舎の外側についているスピーカーからも垂れ流されていた。
当然、その報はグラウンド側にも聞こえている。
『校舎側の連中は、もう既に何人か世話になっているかも知れねぇが、湯浅いおりも俺たちの仲間に入っている。安心して怪我を治したければ俺たちのところに来るんだな。まぁ、俺たちが見つけられれば、の話だが』
新勢力、蜀の戦力は、この短い放送の中でも恐るべきものとして考えられる。
攻めにおいては虎勝が、守りにおいてはいおりがいる。これだけでかなり驚異的な戦力と言えよう。
しかし、恐るべきはそれよりも別の場所だ。
『俺たちは校舎側、グラウンド側、どちらにも属さねぇ。中立だ。どっちか隙を見せた方の喉笛に噛み付いてやる。怖かったら隙を見せない事だな! せいぜい、背中には気をつけな!』
ここだ。彼らの狙い。それは恐るべきモノだ。
放送を聞きながら、グラウンド側にいた秋野垂千穂は親指の爪を噛む。
「やってくれるじゃない……鬼頭が考えた事とは思えないけど、面白くない策だわ」
これはグラウンド側と校舎側、どちらも牽制する策。両者を膠着させ時間を稼ぐ策といえる。その点では校舎側に有利でグラウンド側に不利と言えよう。
校舎側は今でも黒い壁を取り払う方法を探しているはず。時間が捻り出せればそれ以上に嬉しい事はないはずだ。
しかしグラウンド側は膠着状態が長ければ長いほど、情勢が不安定化する。
何せ集まったのは不良連中ばかり。暇を持て余していては鬱憤が溜まるばかりだ。その上、校舎側というわかりやすい敵を目の前にして長い間『待て』を食らえば、すぐに爆発してしまってもおかしくはない。その結果、グラウンドの王は予想よりも早く内部分裂し、いともたやすく崩壊してしまうだろう。
そんな最悪の状況を打開するために、方法は二つ考えられる。一つは蜀を滅ぼすこと。こんな状態を作り上げたのは第三勢力である蜀。それをなかった事にすれば、またすぐにでも校舎側へ攻め入れる。
問題は校舎側がそれを座視してはいないだろう、と言う事。
虎勝とやりあえばグラウンド側もタダではすまない。消耗してしまった所を校舎側に突かれでもしたら、大した抵抗も出来ずに負けてしまうだろう。
もう一つは蜀と手を組み、校舎側を倒す事。
校舎側の中堂則正は脅威だ。ヤツをグラウンド側だけで倒すのは骨が折れる。そこを蜀に突かれれば、やはりグラウンド側は負ける。そこで蜀と手を組めば、戦力増強も可能だし、後方の憂いもない。
だが、蜀に鬼頭虎勝がいるとなると、グラウンドの王たちは同盟に反対するだろう。何せヤツは一度グラウンドの王を裏切っているのだ。
もう一つ、校舎側と手を組んで蜀を滅ぼすと言うのも考えたが、これは蜀と手を組むよりもありえない。グラウンドの王にとって教師などと言う体制は嫌悪すべき存在なのである。そんなヤツらと手を組めなんて、口が裂けても言えまい。
「あいつら……蜀は私たちを潰そうとしている……」
自ら手を汚さず、自滅させる策をひねり出した蜀の頭脳役は、相当頭の回転が速いのだろうと思わされた。垂千穂は完全に後れを取っている。
実際の所は、この第三勢力の件を立案した駿平が、ここまでの効果を考えていたかと言えば、答えはノーである。単に膠着状態を作り出したかっただけだ。
しかし、垂千穂の瞳は燃え上がる。
「やっぱゲームみたいにはいかないか。……だけど、ここで諦めるほど、潔い思考回路ってわけでもないのよねぇ!」
ゲームのルールのようには行かない。それは『裏ワザ』のように感じられた。
ならばこちらもバグが起きるぐらいの裏ワザを行使するまでだ。
「やってやろうじゃない! この窮地を脱する! 面白いわ、面白いわよ、現実ッ!!」




