10 法の守り手
10 法の守り手
階段の頂上にいる人影を、グラウンドの王たちも認識していた。それが中堂則正だと言う事も含めて。
しかし、それでも怒涛の勢いを止めない。
「中堂ぉぉ! そこをどけぇ!!」
一番槍の三年男子は覚醒者。能力は定かではないが、階段の見張りであった教師を一撃で跳ね除けたところを見ると、恐らくは腕力の強化とかその辺りではなかろうか。
その一番槍は則正に記憶にもある顔だ。三年生の中でも不良と呼ばれるグループに属する人間である。つまり則正の嫌悪する存在であるというわけだ。
則正の眼光が鋭くなる。
「目上に対する敬意が感じられんな。これだからお前ら出来損ないは嫌いなんだ」
階段を駆け上ってくる生徒に対し、則正はまるでゴミでも見るかのような顔をする。
そして、凛と一言。
「私以外、暴力を振るう事を禁じる」
「何を言ってやがる! テメェの言う事なんか、誰が聞くかよぉ!!」
大腕を振りかぶった三年男子は、勢いのままに則正へと殴りかかる。
だが、その拳は壁にでも阻まれたかのように、途中で勢いを止めた。
「……なっ!?」
驚いたのは男子の方だった。
自分の意志とは裏腹に、勝手に拳が止まったのだ。
「テメェ、中堂! 何をしやがったぁ!?」
「猪突猛進と敵にぶつかっていくのは確かに才能だ。しかし馬鹿では生き残れないぞ。君は相手の力量も知らずに突っ込んでいく愚かさを、今知ったのだ」
則正は自分に向けられた拳に手を当て、ゆっくりと下ろさせる。
その様子を見た後続の生徒たちも、異様な雰囲気に飲まれて足を止めていた。
「ルールとは、古来からの歴史を鑑み、幾つもの不幸を乗り越え、それを学習し、過ちの再発を防ぐためにあるモノだ。ルールは人の世の中をより良くし、君たちの生活を保護するものである」
「な、なにを……!」
則正の言葉が理解できず、更には現状を把握しきれない三年男子は、呻くように言う。
その様子が滑稽だったか、則正は笑みを隠さなかった。
「君は今、愚行を犯した。君はそれを学習しただろう。次からはこうならないように、自分の中でルールを作ったはずだ。私と相対する場合には細心の注意を払わなければ、とね。それもまた、世界をより良くするルールだ」
「ルール、ルールってうるせぇんだよ! うぉら!!」
三年男子は残った左腕を振りかぶり、則正に拳を向けるが、やはりそれも途中で勢いを止める。
「ぐ……ぬぬ……!」
「理解が遅いのは仕方のない事だ。それは個人の資質に依存するからな。だから私たちのような教師と言う存在が、君たちを導く役目を負っている。この世のルールとは絶対であると君たちに教えるために、私がいるのだ」
またも、則正は向けられた拳をゆっくりと下ろさせる。
「若い内は愚行を犯す事は良くある。若さゆえの過ちと言う言葉が示すとおりな。だから私たちもある程度、君たち若者の愚行を許容するだけの余裕がある」
余裕たっぷりの則正は、三年男子の肩を軽く押してやる。
三年男子は階段を数段下り、悔しげに則正を見据えた。
「中堂、テメェも覚醒者って事かよ」
「いかにも。私の能力は『ルールを課す』能力。君たちにはそれ以上、先に進む事を禁じる、と言うルールを更に課そう」
則正の能力により、グラウンドの王たちはそれ以上、階段を上る事が出来なかった。
足を動かそうとしても、全く言う事を聞かないのである。
則正の操る能力は搦手。相手の行動を制限し、自分の有利を作り出す能力。上手く使えばどんな相手にも勝る力だ。
単なる腕力強化しか持ち合わせていない三年男子は、則正に先手を取られた時点で負けていたのである。
そんな負け確定の男子に、則正は笑みを絶やさずに近づく。
「さて、君も知っていると思うが、この世にはメジャーなルール、古くからの慣わし、ことわざと言うものがある」
「な、なんだと?」
「ことわざだよ。現国で習ったりするだろう? 確か、仏の顔も三度まで、と言うのがあったはずだ。あれはわかりやすいルールだよ」
則正の言葉端に、背筋が凍るような寒気を覚える。
気圧された男子は階段を一歩退く。
「な、なにをするつもりだ……!?」
「私は目上は敬えと言った。教師に対して敬称もなしとは、看過し得ぬ不敬だな」
則正は何かするつもりである。三年男子はそれを恐れ、先手を打とうと力むが、脚はこれ以上前に進んではくれないし、腕は既に振り上げることすら叶わない。
身動きの取れない男子に対して、則正が冷たく言い放つ。
「君にはこの三度、私を呼び捨てにした罰を受けてもらう。……自分の爪を三枚剥がせ」
「……なっ!?」
「なぁに、死ぬほど痛いが死ぬわけじゃない。安心したまえ。……それでは私は用があるので失礼させてもらう」
踵を返す則正。彼はそれ以上、階段を振り返ることはなかった。
男子の悲鳴が三度に渡って聞こえる。




