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Radiant Wings  作者: 新夜詩希
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<新たな出会いとチームとしての完成と① 水鶏由香里の場合>

「弥生おねーさまぁぁんっ♪」


「うっ……その声はやっぱり来たわね由香里(ゆかり)……」




 葦切学園中学女子サッカー部キャプテンにしてU-15女子日本代表のセンターバック、翡翠弥生はささやかな危機に直面していた。新入部員を探して校内を歩き回ろうとした、その矢先の出来事である。冷静な彼女にしては珍しく、表情を歪めている。危機察知能力の高い彼女の事だ、ある程度の予感はしていたのだろう。さして驚く様子こそ見せなかったものの、苦手なものは仕方がない。


「取り敢えず、その呼び方はやめてくれる? 寒気がするんだけど……」


「おねーさまはおねーさまですっ。それ以外の呼び方は由香里が許しませんっ」


「それこっちの台詞じゃ……」


 相変わらず会話は成立しない。長いツインテールを振り乱す元気一杯の少女は、弥生に抱き付いたまま離れようとしない。

 彼女の名は『水鶏(くいな) 由香里』。葦切学園の2年生である。お察しの通り、弥生のファン……と言うか、もう愛しちゃってる(本人談)らしい。以前、弥生に近付こうとマネージャーに志願したのだが、あまりのハチャメチャ振りでマネージャー採用どころか逆に出入り禁止処分を喰らってしまった事からも分かる通り、頭のネジが1本と言わず数十本ほどぶっ飛んでいる。行き過ぎた愛情と言うものは、得てして相手の為ならず。そんな格言を見事に体現しているのがこの由香里なのだ。弥生は弥生で、一応慕ってくれている後輩を無下にも出来ず、困りながらも対応しているのであった。


「それにしてもヒドイですおねーさまっ! サッカー部の危機なら、いの一番に由香里に相談してくれればいいですのにっ! どんな事でもおねーさまの力になりますのにっ! と、健気な後輩を装っておねーさまとお近付きになろうと由香里は建前を取り繕ったりしてみるのですっ☆」


「……はあ……」


 どっと嘆息する。悪い娘ではないのだが、如何せんこのテンションには付いて行けない。


「気持ちは嬉しいのだけど、貴方はサッカー部出禁でしょう? 力になる以前の問題だと思うのだけど……」


「その点なら抜かりありませんっ! 由香里を出禁にした監督はもう監督じゃないのですっ! 確認取って来ましたからモーマンタイなのですっ! 由香里とおねーさまの間に障害なんてありませんっ! あったとしてもブチコワシマスっ! と、由香里はサッカー部の危機にむしろちょっと感謝している心情を吐露してみるのですっ☆」


 エヘン、とドヤ顔を輝かせる由香里。どうやら外堀から埋めるタイプの人間らしい。理知的な狂人ほど怖いものはないのだが、残念な事に本人にその自覚は見受けられない。


「うーん………」


 弥生は思案する。現状、サッカー部再建に向けて猫の手も借りたい状況である。このままでは廃部は免れない。目の前には願ってもない協力者。形だけでも入部させておけば、取り敢えず最悪の事態だけは避けられるだろう。

 しかし、自分自身に不利益が被るとなれば二の足を踏んでしまう。由香里は弥生の言う事だけはきちんと聞くかも知れないが、由香里の暴走が部内に悪影響を及ぼす危惧がある。他の部員も思う所があるだろう。何しろ前例があるのだ。一度貼られたレッテルを剥がすのは容易ではない。

 しかも、今は状況が違う。今度の監督はあの憧れの『雲雀飛鳥』なのだ。由香里に部を乱されたら飛鳥に迷惑が掛るかも知れない。引いては、主将である弥生の評価を落とす結果になるかも知れない。


「……ちょっと考えさせて。他の部員が勧誘に成功して人数足りるかも知れないし」


 思案の後、弥生が実質的な拒絶を口にする。計算高いと言えば聞こえはいいが、弥生とて中学生の女の子。主将としての責任と保身を天秤に掛けるのも致し方ない所だろう。そしてその天秤が保身に傾いたとしても、誰も責められないだろう。弥生は由香里を振り払い、逃げるように立ち去ろうとする。


「どーしておねーさまは由香里の愛を分かって下さらないのですかっ! 由香里はこんなにもおねーさまを愛していますのにっ! おねーさまの力になりたいだけですのにっ! おねーさまに迷惑を掛けるような事は致しませんっ! 他の方々とも仲良くしますっ! どうか由香里をお傍に置いて下さいっ! と、由香里は真摯な願いを必死で訴え掛けてみるのですっ!」


 だが、この程度で引き下がる由香里ではない。即座に弥生の前に回り込み、行く手を塞ぐ。


「ゴメン、ちょっと急いでるから」


 弥生はにべもなく振り切ろうとするが、やはり由香里は聞き分けない。


「いーえどきませんっ! ここを通りたくば、由香里を倒してから行って下さいっ!」


 いきなり厨二くさい台詞を口にする由香里。対して弥生は困惑。別にケンカを申し込まれている訳ではない。この構図は正に、サッカーの1on1だ。ディフェンダーとは言えU-15代表選手に対して、挑戦状を叩き付けているのは未経験者の筈のツインテール娘である。


「……分かったわよ。私が勝ったら通して貰うから」


 ふう、と嘆息する弥生。ディフェンダーである以上、ドリブルはそれほど得意なプレーではないが、それでも素人とやり合って負ける訳がない。恐らく勢いだけで勝負を申し込んだのだろう。いずれにせよ、部員勧誘に割ける時間は限られている。早い所済まさなくては、手遅れになってしまうかも知れないのだ。

 弥生は軽い気持ちで、由香里の左脇を抜けようとする。が……


「……………え?」


 由香里に行く手を阻まれた。微かではあるが、一瞬右に抜けようとするフェイントを入れた筈なのに。


「………………」


 一歩下がる。今のはマグレだったのか? 或いはフェイントが微か過ぎて、逆に釣られなかったのかも知れない。経験則がなく反応速度が遅い素人だからこそ、フェイントに掛らない事は多々ある。その事を失念していた。ならば、もっと分かりやすいフェイントで引っ掛けるまで。

 弥生は視線を上げる。由香里と視線がぶつかった。真っ直ぐに弥生を見つめる由香里。しかしそれこそが罠。動き出す刹那、弥生は視線を左に逸らす。所謂目線のフェイクである。


「……っ」


 由香里は一瞬視線に釣られる。重心が移動した瞬間を狙って、相手とは逆に身体を傾ける。それでジエンド。素人の由香里はそれだけで成す術なく弥生に道を譲るだろう。それが弥生のプランである。


 しかし、由香里はそれでも付いて来た。逆に流れていた筈の重心は何故か弥生と同じ方向に傾き、弥生の行く手を二度に渡って阻む。


「……ッ!?」


 虚を点かれたのは弥生。だが弥生とてU-15代表選手としての意地がある。右に流れる身体を右足一本で踏み止まらせ、左足を軸にターンする。バレリーナのような鮮やかな回転運動で、更に相手の逆を取る。


「きゃあっ!?」


 弥生の動きに無理矢理付いて行こうとした為か、由香里は足がもつれて転んでしまった。これで本当に終止符。当初の懸念通り、この勝負は経験者の弥生に軍配が上がった。


「いてて……やっぱりおねーさまには勝てませんでした……っ。やっぱりおねーさまは凄い人ですっ。と、由香里は敗者として素直に勝者を称えてみるのですっ☆」


 尻餅を突いたまま、由香里が無邪気に笑う。片や弥生は無言。勝つには勝ったが、素人である由香里に追い詰められた。その衝撃は計り知れない。


「由香里、貴方どうやって私の動きを読んだの?」


 由香里を助け起こしながら、弥生が問う。


「どうって……身体の軸や足の運び方を見てたら分かりましたよっ? あと、いつもおねーさまを見てましたからね、おねーさまの考えは目を見てれば何となく分かるんですっ。きゃ~っ☆ これも愛の成せる業ですぅ~っ☆」


「………………」


 弥生を追い回す為に身に付けた鋭い観察眼。それが由香里の武器だったようだ。最終的に脚力が勝負の明暗を分けたが、動きの読み合いでは弥生が負けていた。とんだ才能が埋もれていたものである。


「(このコ………もしかしたら………)」




 勝負の終わりを告げるように、授業開始の予鈴が鳴り響いていた―――――





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