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Radiant Wings  作者: 新夜詩希
5/12

<最被害者の独白と曲げられなかった信念と>

「…………」




 こんな筈じゃなかった。私が望んでいたのはこんな結果じゃなかった。私が願ったのは……こんなものとは全く違うものなのに……。

 薄暗い部屋に一人きり、私は膝を抱えていた。喉が乾いた。お腹が空いた。でも部屋からは出たくない。部屋を出たら『あの人』と顔を合わせなければいけない。私の事など何も分かっていない『あの人』と。

 コッ、コッ、と小さな音を立てて時を刻み続ける振り子の付いた壁掛け時計に視線を移す。午後3時。今日は結局学校に行かず終い。人様にはとてもお見せ出来ない腫れぼった目周りとどうしようもない倦怠感により、有り体に言えば自主休校を決め込んだのだが、ホントの所を言えば、チームメイトに合わせる顔がなかったから。当たり前だろう、あんな事態を引き起こしたのは、何を隠そう私が原因なのだから。


 ……そう、分かってはいた。このチームに私のポジションはない。そんな事、葦切に進学する前から分かっていた。もっと言えば、覚悟もしていた。全てを理解した上で、この学校を、このサッカー部を選んだのだ。

 だからと言って、納得していた訳ではない。理解と納得は似ているようで全然違う。サッカー選手である以上、試合には出たい。でも私の得意ポジションは、そもそもピッチ上にはなかった。懸巣監督の構築するサッカーに、トップ下しか出来ない私のプレーは不要だったのだ。

 正直な話、その気になれば試合に出る事くらいは出来た。プレーエリアをもうほんの5メートルほど下げるだけで良かったのだ。それだけで、私のポジションは『ボランチ』というチームにとってなくてはならないポジションになる。たったそれだけの事で、試合に起用される確率は格段に跳ね上がる。自惚れかも知れないけど、レギュラーを張ってるコよりパスもボールキープも私の方が巧い自信があるし。

 でも私は敢えてそれをしなかった。終ぞ、自分の得意ポジションから動かなかった。監督からボランチ転向を何度勧められても、頑として首を縦に振らなかった。それは私のプライドであり、信念であり、そして意地。トップ下で試合に出て、ゲームのタクトを私が揮う。それこそが私の理想であり、目指すサッカーなのだ。トップ下でなければ、私じゃない。今でもそう言い切れる。

 確かに、自分が出ていない試合をベンチや客席から見守るのはなかなかに堪えるものだ。負け試合ならば尚の事。自分がピッチに立っていれば、あの場面ではああして、こうして、そして必ず勝ってみせるのに。私ならあんなミスはしないのに。そんな事ばかり考えてしまう。

 生意気な事を言えばとどのつまり、私の必要性を監督に見せつけたかった。監督の目指すサッカーには不要でも勝利の為に、このチームには私が必要なのだと分かって貰いたかった。私が出場機会を求めてボランチに転向するか、それとも監督が戦術よりも結果を重視して私を使うか。要するに、我慢比べのチキンレース。意地と意地のぶつかり合い。……あ、決して監督と不仲だった訳じゃないけど。

 そんなこんなで、1年以上。その間に大会は2度あり、公式・練習を合わせて試合は20を数えた。その内、私が出場したのはたった5試合でスタメンは結局一度もなかった。それはそうだ、スターティングフォーメーションには私のポジション自体がない。このチームに入った時点で、私はスタメンの座を諦めざるを得なかった。

 たまに途中出場しても、本来私がやりたい役割をやらせて貰えない。中盤にケガ人や退場者が出たからその替わりとか、相手のトップ下が手強いから中央の枚数を増やす為だとか、手数を掛けずにパスを捌けとか。私は中盤の高い位置、専門用語で言うとバイタルエリアでボールを貰い、得点に直結するようなプレーがしたいのだ。中盤でちまちまボールを回して相手に綻びが出来るのを待つサッカーは本意じゃない。

 ……そう、こんな事は最初から織り込み済みだった。懸巣監督の作り上げるサッカーはここ何年も変わっていない。私一人が加入した程度で、結果の出ている手段を放棄する訳がないのだ。でも最大限の努力を続け、少ないアピールチャンスでも結果を出し続ければ、必ず報われる。そう考えていた。……いや、そう願い続けていた。私のやってきた事は間違いじゃなかったんだと、いつの日か必ず笑顔で言える時が来る筈だ。


 ……そんな私のささやかな願いは、無残にも打ち砕かれる事となる。他でもない、まさか自分の親に潰されるなんて、想像だにしていなかった。

 予兆、というか今思えば、ああ成程と納得出来ないではなかった。時既に遅いけど。彼女のヒステリックな一面を見た事はこの14年間、一度や二度どころの話ではない。それこそ桁が2つも違う。

 まあ……知ってはいても何の対処もしなかったのであれば、それは知らなかったのと同じ事。知らなかったのは寧ろ、あの人があそこまで私の気持ちを理解していなかったのかと言う部分だ。流石に自分の親くらい、信頼してみようと思うものだろう。それがあっさりと言うか、ああ成程と言うか、無残にも覆されてしまった訳だ。

 世間一般には『モンスターペアレント』と呼ばれる私のママ。確かに今までも少し過剰かなーと思う部分もあったけど、それは愛情故のものだと納得していた。否、思い込んでいた。そう言う人なのだと割り切っていた。……それは今や後悔にしかならないけど。もっと物事を客観的に見れていたなら。今更ながら、よくパパはママと連れ添えたものだと思う。今までも尊敬はしていたけど、今回の件で尊敬は尚一層深まった気がする。なんて皮肉。


「……はぁ……」


 通算何度目かの、溜息。もうこうして俯いているのさえ疲れてしまった。グラウンドでボールを追いかけている方がよっぽど疲れないかも知れない。……でも戻れない。今更、一体どんな顔して戻ればいいのか。どんな謝罪の言葉を掛ければいいのか。分からなくて、恐ろしくて、悲しくて、そして凄く寂しい。暗く沈んだ心は、浮上を目指す勇気もない。沼の底が居心地いいとは決して思わないけど。この苦しみは一体いつまで続くのだろう。




 枯れた筈の涙が、私を慰めるように再び頬を伝った―――




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