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Radiant Wings  作者: 新夜詩希
2/12

<モンペの脅威と名門チームの崩壊と>

「訳分かりませんわ!!」





 ―――それは、唐突に訪れた。今まで積み上げて来たものが、音を立てて瓦解する。それはあまりにも唐突で、無惨で、無慈悲。自身の及び着かない次元から、自身に突然降り懸かる災厄。少女達はまだ中学生。言ってしまえば所詮は『子供』である。本人達がどれ程努力を重ねようとも、大人の決定には逆らえない。

 私立葦切(よしきり)学園中学校。都心から少し外れた地方に存在するこの学園は、学業よりもむしろ部活動に力を入れている。中でも女子サッカー部は全国でも強豪に区分され、大会では常に優勝候補、過去に何人もの有力選手を排出していた。それは今年度に於いても例外ではなく、今夏に迫っていた全国大会でも優勝候補、そして15歳以下の女子日本代表に主力選手数人を送り込んでいた。

 ……しかし、そんな伝統ある葦切学園女子サッカー部に、今正に崩壊の危機が迫っていた。否、事態は既に手遅れであろう。


「こんな……こんな事でサッカー部が壊れてしまうなんて……どうしますの!? 大会はもうすぐなんですわよ!?」


 感情を露わにする女子生徒。場所は女子サッカー部室、ジャージ姿である。部室には彼女を含め6人。正にこれから部活を始めようと意気込んでいた矢先の出来事。やる気が削がれた、どころの話ではない。今まで努力を注ぎ込んで来たそのものが無くなってしまう危機感に声を荒げざるを得なかった。


「落ち着きなさい。大声出したって何も解決しないでしょ?」


 一際身長が高く、年齢不相応に落ち着いた女生徒が諫める。腕を組み、ロッカーに背を預けているが、冷静さを保っていた筈のその声には僅かに悔しさが滲んでいた。彼女がチームメイトに冷酷な事実を突き付けた張本人。しかし彼女とてただ通達をそのまま口にしただけの被害者だ。


「ッ……! そりゃアンタはいいですわよね。U-15代表なんですもの、引く手数多でしょうよ。けど!! こっちはそうはいかないんですわよ!? ここしかサッカー出来る場所がないんですわよ!? ワタクシ……サッカー大好きなのに……!!」


 気丈に叫んでいた少女は、遂に膝から崩れ落ちる。それは張り詰めていたもの、溢れて来たものが一気に決壊したが故。叫ぶ元気があるだけ、彼女はまだ強い方なのかも知れない。部室の床には、その他の部員達が茫然自失で座り込み、声も上げられずに泣き崩れていた。


 相手が悪かった、としか言いようがない。しかもその相手と言うのは対戦相手の事ではない。権力を持つ大人と言うものは得てしてタチが悪い。それは子供の視点から見れば、害悪以外の何物でもないのだろう。


 事の発端は、試合での起用法だ。『彼女』は部内でも実力者の方に分類されていたが、戦術的理由によりベンチを温める日々が続いた。それだけならば、まあよくある部活内の風景である。ましてや葦切サッカー部は実績ある強豪校。人数集めにすら四苦八苦するのが現状である一般の女子サッカーチームよりも遙かに潤沢な人材が揃っているのだ。実力があるイコールチームの主力、と言う図式は成り立たない。

 このようなケースの場合、選手の取るべき道は二通りある。『戦術に合わせて自分のプレースタイルを変える』か『自分に戦術を合わさせる程の実力をつける』のどちらか。いずれにしても、並大抵の努力では成し得ない苦行だろう。

 ……しかし『彼女』は、そのどちらも『選ばなかった』。否、『選べなかった』のだ。『彼女』が試合に出られない事を憂いていたのは、『彼女』だけではなかった。


 『モンスターペアレント』という言葉をご存じだろうか。昨今、教育現場で問題視されている事の一つで、学校や教師に対して自己中心的とも言える理不尽な要求をする親を意味する言葉だ。『彼女』の母親が、正にそれだったのである。

 実力があり人の何倍も努力している『彼女』が試合に出られないのは、全て監督の無能さ故である、とその母親は主張する。何度も全国制覇を成し遂げた実績ある名将を向こうに、だ。

 少し専門的な事を言えば、葦切のサッカーは特定のトップ下を置かずボールも人も動く流動的なパスサッカーを標榜し、実際そのサッカーで結果を出している。しかし『彼女』の得意ポジションはその不要なトップ下であり、自身がボールを保持してパスを散らす典型的な前時代型のファンタジスタだったのである。

 普及が未だ不十分な低年齢カテゴリーの女子サッカーに於いて、強豪と呼ばれるチームは限られている。それが葦切に進学せざるを得なかった理由の一つだ。例え、自身のプレースタイルが葦切のカラーに合わないと分かっていても。

 そこまでなら強豪校ではよくある事で済む話。だが、此度の問題が部の崩壊にまで繋がったのはむしろ、『彼女が葦切に進学したもう一つの理由』が直接の原因である。『彼女』は何と『理事長の孫娘』だったのだ。

 学園の理事に関わり、更に教育委員にも顔が利く『彼女』の母親は、我が子可愛さに監督を無能扱いし退任に追い込んだ。長きに渡り中学女子サッカー界での地位を築いた名将を、だ。しかもそれだけでは飽きたらず、『彼女』だけでなく息の掛かった選手の母親に圧力を掛け、強制的に退部を促した。結果、強豪校と言う看板は見る影もなくなり、残ったのはたった部員6人、しかも監督なしと言う公式戦にすら出られない壊滅状態となってしまったのだ。


悠理(ゆうり)を試合に出したいだけなら、監督に懇願するか何処かから別の監督を連れてくれば良かっただけですのに……。何で部そのものまで壊す必要があるのよぉ……」


「多分、自分の思い通りに行かないものは徹底的に壊さないと気が済まない性格なんでしょ。あんなヒスババアの考えなんてどうでもいいよ。とにかく、これからどうするかが問題だね」


 腕を組んだ少女は忌々しく臍を噛む。件の発端、『葦切 悠理』の母親を敵視しながらも、泣き崩れるチームメイト達よりも幾分か冷静に状況を鑑みる。それは主将としての責任か、実力者としての経験からか。とは言え、彼女とて中学生。いきなり突き付けられた現実に、上手く思考が纏まらない。


「……今日の所はこれで解散にしよう。明日の朝練は……自主練って事で。今後の身の振りも踏まえて、暫くゆっくり各自で考えてね。それじゃ、お疲れさま」


 しばしの思案の後、部長として最低限の仕事をこなし、彼女は部室を後にする。返事をする者などいない。本来ならば今頃、監督の指導の元グラウンドで泥だらけになりながらボールを追っている筈だったのに。これが夢なら早く醒めて欲しい、と彼女は今日何度めかの溜息を吐き、グラウンドに転がったまま放置されていたボールを怒りに任せて蹴り飛ばす。




 しとしとと降り出した6月の雨だけが、彼女の寂しげな背中を見送っていた―――――





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