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Radiant Wings  作者: 新夜詩希
12/12

<土下座する新監督と新たな指針の構築と>

「ずびばぜんでじだ……」




 唐突だが、土下座である。それはもう見事なまでにジャパニーズDOGEZAスタイルである。大の大学生が、年端も行かない女子中学生達に、衆人環視も甚だしい学校のグラウンドで、紛う事なき土下座を惜しげもなく披露していたのであった。そりゃあ道行く若人達がヒソヒソ話に勤しむのも無理からぬ所だろう。

 私立葦切学園中学校第一グラウンド。そのサッカーコートの一角。ここは葦切女子サッカー部の専用練習場である。立派な天然芝のサッカー専用コートは、とてもではないが中学生女子が練習するには贅沢すぎる。それを納得させられるだけの実績を積み重ねて来た伝統ある強豪校であるからこそのこの恩恵。練習場所はおろかチームそのものさえ普及がままなっていない低年齢女子サッカーというカテゴリーにおいて、この厚待遇は先達の努力と偉業に最大限の感謝を捧げるべきだろう。

 ……その先達の努力と実績が、あと一歩で全て水泡に帰す所だった。件の部活崩壊が起こってから一週間。あと三日も立て直しが遅れていたなら、女子サッカー部は同好会に降格し、専用練習場は勿論、部室も公式戦出場資格も全て取り上げられてしまう所だった。それがどうにか寸での所で食い止められ、今日から新監督の下新しい第一歩を踏み出すはずだった。その立て直しに一役買った新監督というのは……


「ずびばぜんでじだ………」


 今正に、恥も外聞もなく4人の女子生徒の前に土下座をかましているこの男がそうなのだ。名を雲雀飛鳥。かつて地区選抜にさえ選ばれ、将来を嘱望された秀才MFは今や見る影もない。己の贖罪の為同じ台詞を繰り返す事、優に三桁。呂律が回らない腫れ上がった顔を芝に擦りつけて許しを乞うている。新監督の威厳などある筈もない。まあ事前に通達が行っているとは言え『女子の部室にノックもなくいきなり乱入』したのだから、悪いのは全面的にこのジャパニーズ土下座マンであるからして、この処遇については何ら文句も言えまい。むしろ拘束され警備員や警察に突き出されなかっただけでも充分寛大な処置と言えよう。いやむしろ、我々の業界では御褒美ですっ!


「あの……そろそろ許してあげたら……? 一応新監督なんだし、早い所練習に取りかからなきゃだし……」


「そ、そうだよ、にーさまも反省してるみたいだし……」

「流石に身内のこんな姿を見せられるのはあたしとしても忍びないってゆーか……」


 ヒーローオブDOGEZAの前で仁王立ちする4人の女子生徒、その後ろに控えていた数名の女子生徒の内の3人がおずおずと声を掛ける。キャプテンで3年生の翡翠弥生と、彼の妹で双子の雲雀愛歌と舞歌である。


「いーえ許しません! 変態に人権なんてありません! 事もあろうに乙女の柔肌を覗き見たんですよ!? 極刑以外有り得ません!!」


 そう主張するのは被害者の一人、新入部員の1年生燕理子。陸上部顧問との諍いは結局そのまま退部という形で終結したようだ。理子は他の3人よりも一歩だけ前に立ち、容疑者Aを見下して……もとい見下ろしている。


「えー……っと、じゃ、じゃあ他のコはどう? 皆もまだ怒ってるのかな?」


 流石にこのままでは埒が明かないと思ったのか、弥生は両者の橋渡し役を買って出る。現に、部活開始時間に入って既に40分以上が経過している。ようやく再開出来た部活として、このタイムロスは余りに痛過ぎる。問題は直ちに片付けて、なるべく時間を確保しなければならないのだ。

 しかし蓋を開けてみると……


「由香里自身はどーでもいいですが、被害者におねーさまが混じっていたら全殺しじゃ済まない目に合わせていましたね♪ と、由香里は心の器の大きさを新監督に見せつけてやるのですっ☆」と、水鶏由香里。


「え、えっと、最初はびっくりしましたが、もうあたしはそんなに怒っていません。着替えるのにちゃんと鍵を掛けなかったあたし達にも責任はありますし……」と、五位鷺友美。


「うーん、ぶっちゃけノリ?」と、鳳唯。


 このように、理子以外の3人は淡泊だった。新入部員達も一枚岩ではないらしい。

 因みに友美がバレー部を辞めてサッカー部に入部出来た経緯だが。部活に入っていなかったり掛け持ちだったりする他の新入部員とは違い難航に難航を極めたのだが、弥生以下女子サッカー部レギュラーメンバー総出で数時間にも及ぶ長い交渉話がまとまり、何とか入部に漕ぎ着けたのだった。その際に女子バレー部とは深―い因縁と言う名の軋轢が出来てしまったのだが……それはまた別のお話。


「じゃあ後は理子ちゃんだけ納得してくれれば何とかなる訳ね」


「えっ……?」


 怒りで興奮していた頭に冷水を掛けられる理子。改めて確認してみれば何の事はない、特に味方や賛同者が自分を置いて他にいなかった訳だ。


「あ……えっと……あれ?」


 事態は一変。他に賛同者のいないこの状況では、むしろ理子一人だけで我儘を言っているようにさえ見えてしまう。裏切られた……と言う訳ではないが、皆の感情に従って牽引していたつもりが実は独り相撲だったと言う、何とも恥ずかしい立場に追いやられてしまっている。……と言うより、友美はともかく由香里と唯は女子中学生としてその反応でいいのか。


「わ、分かりました……。納得はしてませんけど、許します」


 こうなってしまえば最早意地の張り損である。理子にとっては引き下がらざるを得ない。変態豚野郎……もとい新監督・雲雀飛鳥はようやく表を上げる事を許されたのだ。


「よし、これで万事解決ね! ほら、監督も立って下さい。せっかくですから理子ちゃんと仲直りの握手でもしましょうか!」


 弥生が飛鳥を立ち上がらせ、膝に付いた土埃を叩き払ってやる。


「い、いや、流石にそれは……」「ええぇぇ!? この変質者と握手ですか!?」


 飛鳥と理子、同時に抗議の声を上げるが……


「これで手打ちだって言ってんでしょ……? 早くしなさい」


「「…………」」


 笑顔でゴゴゴーと気炎を上げるU-15女子代表の女子サッカー部主将に封殺される。もうこれ以上の厄介事はゴメンとばかりに、弥生は強引に二人を握手させた。


「あ、えっと、本当にすまなかった。今度からは重々気を付ける」


「……こっちこそ、意地張ってすみませんでした。これから宜しくお願いします」


 理子の方は若干渋々ではあるが、事ここに至ってようやく真の女子サッカー部再始動となった。


「私達も宜しくお願いしますにーさま!」「あたし達も頑張るよー!」「歓迎致しますわ、雲雀監督」「あーやっと復活だねー! 楽しみー!」「あるてぃめっとまーべらす。」


 双子はいの一番に飛び付き、他の部員達も飛鳥を取り囲み歓迎の意を表す。まだ慣れない為何となく輪に加われない新入部員の唯と友美、うっとり顔の由香里に激しく頬擦りされながらも部員達を優しく見守る主将の弥生。ここに、葦切学園中学女子サッカー部は新たな一歩を踏み出したのだった。


「……さて、それじゃあ初めに就任の挨拶でも」


 一頻り部員の顔を確認した所で、飛鳥は部員達の前に立ち襟を正す。


「改めまして、この度この葦切女子サッカー部の監督に就任致しました、雲雀飛鳥と言います。これからしばらくの間、宜しく。去年からちょくちょく試合を見に来たりしてたから既に顔見知りも何人かいるし、そこの愛歌と舞歌はオレの妹だ。ああ、オレの事は『飛鳥』と呼んでくれて構わない。苗字だとこいつらとごっちゃになるってのもあるけど、実はカントクって呼ばれるの、まだちょっと気恥ずかしいんだよ」


 飛鳥は少し照れくさそうに微笑む。そのお陰か、場の雰囲気が若干和らいだように感じられる。だがそれも一瞬。飛鳥は表情を引き締め直し、言葉を継ぐ。


「今回、オレのようなド素人が実績のある懸巣監督からこの名門チームを引き継ぐ事になった訳だが……普通なら有り得ない事だ。今回の異常事態はオレの口から説明する必要もなく皆分かっていると思うが、それだけこのチームは崖っぷちに立たされていると言う事でもある。正規人数さえ揃わない10人しかいないサッカーチーム。しかも約半分が未経験者。こう言っちゃアレだが、まあ弱小もいいトコだな」


 少し自虐的に目を伏せる飛鳥。部員達の中にも同様に目を伏せる者が数人。ほんの1週間程度でこの激変具合。何か悪い冗談のようにさえ思えてしまう。


「でも、目を背けてばかりもいられない。事情はそれぞれあるだろうが、それでもサッカーをやる為に今ここに皆は集まっているんだろう? 例え10人しかいなかろうが、やるからには勝利を目指す。過程が大事だ努力が全てだと言う人間もいるが、やっぱりスポーツは勝ってナンボだとオレは思っている。そして楽しんでナンボだとも思っている。その為にオレは最大限協力するし、皆も出来る限りの努力をして貰いたい。かなり無茶な練習を課すかも知れないが、どうか頑張って付いて来て欲しい。ちょっと想像してみ? 10人しかいないサッカー部が数々の逆境を撥ね退けて勝ち進んだら……控えめに言ってもめっちゃカッコよくね?」


 そう口にする飛鳥は、若干幼さを感じさせる悪戯っ子のようだ。否、彼は心の底からサッカー小僧なのかも知れない。そんな彼の楽しそうな感情が部員達にも伝播する。目を伏せ、受け入れ難い現実に顔を曇らせていた部員達に、再び希望の光が差し込むような笑顔を引き戻したのだった。


「そんな訳で、このサッカー部を指導するに辺り具体的な指針をまず一つ。それは……」


 コホン、と咳払い。飛鳥は部員達の顔をぐるりと見渡して、その明確な意思を口にした。






「今までの葦切サッカーを捨てる―――――」






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