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Radiant Wings  作者: 新夜詩希
11/12

<二人の監督と受け継がれて行く志と>

「さて……」




 時間は午後4時をやや回った辺り。うら若きエネルギーが充満する中学校を目の前に、オレ・雲雀飛鳥は佇んでいた。

 私立葦切学園中学校。この正門前にオレは今立っている訳だが……まー視線が痛い事。妹達が通っている学校とは言え、一応名門校だしオレは大学生だし、しかも男だし。ご近所さんとか下校する女子生徒とかそこの守衛所から『不審人物か? 不審人物なんだな? へっ、そろそろ平穏な学園生活に飽き飽きしてた所だ。いいぜ、掛かって来いよボーズ。たっぷりと楽しませてくれよ?』みたいな顔してこっちの様子を窺っている警備員さんとか、あらゆる疑惑の目がオレを苛んでくれている訳だが、残念ながらオレはドMじゃないのでこの状況は針のムシロだ。こんなに注目されるのは試合以来だなー。何かちょっと懐かしい。

 とは言え、今はちょっとマズい状況だ。このままボーっとしてたら下手すると通報されて国家権力のご厄介になりかねない。愛歌か舞歌を呼び出そうにもあいつらケータイ持ってねえし。一応人待ちという名目はあるが、監督する許可を取り付けるだけでも一苦労だったのにそこら辺の融通が利くとは思えない。大人しく待つしかないとは思うけど……先方には出来るだけ早く来て貰わないとオレの身が危うい。

 いっそ害意がない事をアピールする為にダンスでもするか? 幸いロボットダンスは得意だ。よし、ゼミの飲み会で酔った勢いで披露して友達に『上手すぎて引く』とか酔ったフリして男共に愛想振りまいてたはずの女の子に冷めた目で『キモイ』とか言われたオレの唯一の特技、今ここで存分に披露して―――


「やあ、遅くなってすまないね、雲雀くん」


 などとアホな事を考えていると、ようやく待ち人来たれり。因みにオレは19歳設定の筈で、そんなオレがゼミの飲み会で酔っ払ってダンスとか……この物語はフィクションです。通報・炎上はお控え下さい。


「懸巣監督、お久しぶりです」


「はは、私はもう監督じゃないよ。これから監督は君だろう?」


 そう言って目の前の初老の男性は快活に笑う。……でも何処となく空元気というか、淋しそうだ。懸巣監督も……いや、懸巣先生もこの一件では立派な被害者。オレや生徒には見せないだろうが、やっぱり辛かったんだろう。

 オレを迎えに来てくれたこの男性は懸巣 文敏(ふみとし)元監督。ボールも人も動くムービングパスサッカーを標榜し、葦切学園女子サッカー部を全国屈指の強豪にまで押し上げた、その筋では名監督と名高い好人物だ。ついでに、今回の件でオレと学園との橋渡しに一役買ってくれた人でもある。指導している場面を直接観た事はないけど、妹達が語る彼の印象はとてもいいし、試合での采配も実に迅速且つ的確だ。オレの尊敬出来る数少ない監督の一人と言ってもいい。


「直接会うのは雲雀……おっと、苗字が同じでは混乱してしまうな。愛歌くん達の試合を見に来た時以来だったか。もうサッカーは出来なくなったと聞いたが、足は大丈夫なのかね?」


「ええ、普通に歩いたり、中学生の監督をやるくらいなら問題ありません」


「そうか。それは良かった……と言いたい所だが、残念だったよ。君ほどの選手がもう選手生命を絶たれてしまうとは。君のプレーは何度も見た事があったが、君なら地区選抜と言わず将来の日本サッカーを背負って立つ選手になれると思っていたのだがね」


「ちっ……」


「そんな……買い被り過ぎですよ。貴方ほどの名監督がしがない大学生を煽てないで下さい。うっかり木に登っちまいますよ」


「はは……ありがとう、褒め言葉と受け取っておくよ。それでは早速行こうか。部室まで案内するよ」


 そう言って懸巣先生は歩き出す。オレも慌てて先生の後を追う。やっぱり何処か元気がない。『名監督』は失言だったか、くそ。オレも気遣いが甘いな。……それとそこの警備員、さっきの舌打ち聞こえたぞ。




「……私は、少し意固地過ぎたのかも知れん」


 部室への道すがら、世間話の最中に懸巣先生がそんな事をポツリと漏らした。

 今回、何故女子サッカー部がこんな事になってしまったのか、その経緯は妹達から聞いた。原因はズバリ『起用法』だ。先生が責任を感じるのも無理はない。


「事情は聞いていますが……監督としてはそんなに悪い事じゃないと思いますがね。オレは今まで運よく冷遇されずにいましたけど、今回のような事例は今までにも何人も見て来ています。ちょっと相手が悪かったというか、運が悪かっただけなのでは?」


 そう、サッカーに限らずスポーツの世界では残念ながら『よくある事』なのだ。今回はその相手が強い権力を持っていたからこそこのような大惨事にまで発展してしまったが、普通ならこんな事例、五万とあるだろう。だが懸巣先生はその白さが目立つ髪を梳き、かぶりを振る。


「いや……あの年頃の選手にはやはり結果よりもより多く試合を経験させる事の方が重要だ。『彼女』に才能がある事は分かっていた。類稀なキープ力、敵陣を切り裂くスルーパス、そして力強いミドルシュート。チームさえ違えば確実にエースの逸材だ。……だが私は終ぞ、自分のサッカーを貫いた。彼女の能力に目を背け、自分がやりたいサッカーを追及してしまった。子供に大人のエゴを押し付けてしまった。その結果がこれだ」


「…………………」


 そう苦しげに心情を吐露する懸巣先生の表情には監督として、先生としての葛藤が垣間見える。実力を優先するか、理想を追い求めるか。それは監督として避けられない宿命。これから正に監督として一歩を踏み出すオレにとっても、決して避けて通れない道なのだ。


「だからこそ、君には私と同じ結果にはなって欲しくない。君は私と違ってこれからの人間だ。その輝かしい将来をみすみす潰して欲しくない。それは『彼女』を含めたあの娘達にしても同じだ。これから続く長い人生の一ページとして、もっともっとサッカーを楽しんで欲しい。これは私の……監督としてではなく、一教師としての願いだ」


「懸巣先生……」


 先程までとは打って変わって、願いを語る先生の目に輝きが戻る。責任を取るのが大人なら、子供に夢を見せるのもまた大人の仕事だ。そして、子供に夢を感じるのもまた、大人の特権だ。先生は今、監督という側面を失ったが故に残る『先生』としての立場でのみ、言葉を紡いでいる。いや、一人の『大人』として、オレ達子供に夢を託しているのだ。

 だがそれは、オレも同じ。あの日、オレに泣き付いて来た愛歌と舞歌。オレはあいつらの笑顔を、夢を守る為にこの道を選んだ。いや、あいつらだけじゃない。今はもう、葦切女子サッカー部全員の、そしてこの懸巣先生の夢をも一身に背負う。それだけの覚悟は決めて来たつもりだ。


「さあ、あそこの建物が女子サッカー部の部室だ。私の仕事はここまで。私はもう女子サッカー部に係わってはいけない人間だからね。あの娘達の面倒を最後まで見られなかったのは心残りだが、後の事は君に任せるとしよう」


 気が付けば、女子サッカー部の部室は目の前に迫っていた。周りの部よりも少し大きくて立派な部室は、今ではその大きさを持て余しているように見える。堕ちた強豪。周りはそんな風に言うだろうか。だがオレが指揮を執る以上、そんな不名誉は幾らでも払拭してやる。沸々と湧き上がる闘志に、オレは武者震いさえ感じるのだった。


「それじゃあ頑張ってくれ。あの娘達と共に、君も大いに成長して欲しい。期待しているよ。私も出来る範囲で最大限協力させて貰うつもりだから、何かあったら気兼ねなく相談してくれて構わない」


「はい、ありがとうございました、懸巣先生!」


 オレ達は固い握手を交わして、先生の姿を見送った。さて、ここからオレの監督人生が始まるんだ。上手く導けるかという不安と、きっと上手くやれるという確信。矛盾する様々な思いが交錯するが、自分の頬をパンと張って気合いを入れる。大丈夫だ、オレ達なら楽しくやって行けるさ。

 女子サッカー部のプレートが掛かるドアのノブに手を掛けた所で、さて一発目の挨拶はどうしようかと考える。妹達は勿論、サッカー部のレギュラーはみんな一応顔見知りだ。話した事がある娘はあんまりいないが、何度も試合を見に来ているし、妹達を通じて紹介されたメンバーもいる。多分中ではオレを待ち侘びてソワソワしている事だろう。ここはいっちょ、一気呵成に雪崩れ込んでみるのも一興か。最初の勢いは大事だしな。

 オレは握りしめたドアノブを一気に回し、飛び込むように部室へ入る。




「やあやあやあ待たせたねキミ達。新しい監督のお出ま………し………?」


「「「「――――――」」」」




 開口一番、陽気で爽やかなイケメンお兄さんを演じながら部室に入ったものの、その光景は想像していたものとは全く別物だった。オレの予想では愛歌や舞歌、それに部長の翡翠さん辺りがクラッカーをならして『ようこそっ♪ サッカー部へっ♪』みたいな歓迎ムードで出迎えられるものだとばかり思っていた。しかし実際は……見た事もない女の子が4人、今正に『生着替え』の最中だったのだ。


『きゃあああああああああああ!?』


 数秒のタイムラグを経て響き渡る悲鳴。……あれ? 声が、遅れて、聞こえるよ? 一瞬部室を間違えたのかと思ったが、キチンとプレートを確認してドアを開けている。ここが女子サッカー部であるのは間違いではない。という事は、この見覚えのない4人は新入部員……?


「痴漢、痴漢ですぅ!! おねーさまの貞操の危機ですぅ!! と、由香里はこんな時でも甲斐甲斐しくおねーさまの安否だけを気遣ってみせるのですっ☆」


「警備員! 警備員は何をしているの!? 早くこの変態を取り押さえて!!」


「はっはー、白昼堂々覗きとは、お兄さんなかなかやるなー」


「え、えっと………え、えっちぃのはいけないと思いますっ!!」


 そして降り注ぐスプレー剤やらジュースの缶やら漫画本やら食べ残しのお菓子やら、ついでに罵声やら。缶を頭に喰らい次第に遠のく意識の中で、ああオレの監督人生一歩目からこんなんで大丈夫かと自問。ああ問題ない、何せ最近の中学生は発育いいからNEっ! などと自答。これ以上ないカンペキな自問自答に、オレは然り然りと頷くのであった。


 そんなこんなで、オレはサッカー監督としての人生を歩き出した―――――








 最後に、作者からの一言。


 良い話風に〆ると思った? 残念、新夜ちゃんでしたっ♪





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