<双子の涙と犠牲になったTシャツと>
「アスにーさまぁぁぁぁぁ!!」
「アスにーちゃぁぁぁぁん!!」
鬱陶しい梅雨の季節。晴れない空と晴れない気分に、陰鬱通り越して絶望の念すら抱いて自室に引きこもり、さて、昨日手に入れたニューオカズを存分に活用すべく自家発電の準備……あ、いや、文学少年気取りで読書に励もうかといそいそと本を開いてみた瞬間、二つの闖入物に突然の襲撃を受けた。オレは神の如き反応速度で、ベッドの下へと『書籍』を滑り込ませる。……ふー、アブねえアブねえ。危うくオレの性癖……もとい、文学的趣向がバレちまう所だったぜ。……あ、いや、人様にお見せ出来ないようなものを読もうとしてた訳ではアリマセンよ? ちょーっとだけ肌色成分が多めなだけですよ? そうですよ?
オレの名前は『雲雀 飛鳥』。名前からしてたまに女子と間違われるが、残念ながら列記とした男。大学二回生の19歳だ。去年まではスポーツマンとしてファンの女の子を取っ替え引っ替え……などという夢物語はさて置き、それでも地元ではそれなりに名を知られたサッカー選手だった。……そう、『だった』。まあその辺の事は追々。
んで、そんなオレの事を『アスにーさま』『アスにーちゃん』と呼ぶ二人の襲撃者。お察しの通りマイシスターズなのだが、
「「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」」
この通り、オレに強烈な体当たりをかました挙げ句、胸にすがりついてガン泣きしている。……全く持って意味不明な訳だが、妹とはいえ泣いてる女の子を無碍に振り払える程、オレとて人間は出来ていない。つーかそんなカコイイ輩がいたら男としてむしろ尊敬……いやいやそんな人間にはなりたくねーものですね。
「………………」
まあ取り敢えず、オレの胸倉を掴んで離さないちっちゃい泣き虫共の頭を撫でる。落ち着かなきゃ涙の意味を問いただす事も出来ないし。あーあ、このTシャツ気に入ってて洗濯にも気を使ってたのに。襟周りはデロデロに伸びきっちまったし胸元は涙やら鼻水やらでシミだらけ。……あーあ。
「少しは落ち着いたか?」
オレはそろそろと泣き止んで来た二人に問い掛ける。こいつらは昔から泣いた時はオレに頭を撫でられるとすぐ泣き止む。年が離れている所為か、何だかもう一人のオヤジみたいな扱いなのかも知れない。……まだそんな歳じゃねーんだがなぁ……。
「うん……」「ゴメンなさい……」
二人は目を真っ赤に腫らせて、同じ顔でオレを見上げる。普段は活発を絵に描いたようにオテンバな癖に、こんな時だけは妙にしおらしくて可愛らしい。これぞ理想の妹像……あ、いやいや、うんうん。
この二人はオレの妹。顔も体型もまんま同じの双子で見分けがつかない為か、片方はセミロングの黒髪をストレートに、もう片方はセミショートをヘアピンで留めている。ストレートでオレを『アスにーさま』と呼ぶ方は『愛歌』で、ヘアピンの『アスにーちゃん』と呼ぶ方は『舞歌』。現在中学二年生で13歳。オレとは実に6歳差。別に今流行りの血の繋がらないうんたらかんたらなどという夢のあるお話では断じてない。ないったらない。いいじゃんか、最近は実妹路線も需要あるし。一応、二人とも美少女設定よ?
「さて、理由を訊かせてもらおうか? またチームメイトとケンカか?」
「そんなんじゃ……ないけど」
「えーっと……うーんと……」
いい加減二人も泣き止んだので、本題に入る。……泣き止ますのに要した犠牲はTシャツ一枚か……。こいつらが目の前にいなければ悔し泣きに暮れている所だが、今は頑張って兄の威厳を保つ。誰か後で慰めて下さいな。
二人はまだ若干混乱しているようだ。愛歌は視線が定まらないし、舞歌は額に指を当てて唸っている。何かこう、言っちゃ悪いが見た感じ少し滑稽なのだが、決してオレの妹達は頭が弱い訳ではない。ではない……はず。
暫く二人からの回答を待つ。……どうせまたお前等の親衛隊とか名乗るクラスの男子が過剰に応援してきただの、それを妬んだクラスの女子に虐められただの、そんなんだろ。人気者ってーのはとかく敵を作りやすいからなぁ。オレもそれなりに苦労……しなかったけど。その手のトラブルはイケメンエースや美少女の特権であって、オレみてーな地味ボランチには荷が勝ちすぎた悩みってもんだ。
……などと自分の経験談を交えつつ二人の涙の理由を想像していると―――
「「サッカー部が……壊れちゃった……」」
予想だにしていなかった一言。……この言葉がオレと双子の運命を大きく狂わせる事になろうとは、この時のオレはまだ知る由もなかった―――――