佐賀 奈美子
続きと言いますか、後編です。
今回は佐賀視点。
佐賀奈美子は、本日二冊目の文庫本を読了した。三百ページくらいの小説なら、一時間もあれば読破できる。速読しているつもりはないが、その程度の時間で読み終わってしまうのだ。
それほど佐賀は本が、というより、小説が好きだった。
恋愛小説、学園小説、ファンタジー、推理小説などジャンルは問わずとにかく「小説」なら大抵の文学が好きだった。芥川や太宰のような文豪の小説も読めば、ライトノベルであろうが面白そうな小説は読む。単行本なら一年間に三百六十五冊以上は少なくとも読んでいるだろう。その上、ネットでオンライン小説、ケータイ小説も読んでいた。とにかく人が書いた小説なら何でもよかったのだ。
故に、この文芸部に所属していた。ここならいくら小説を読んでいても文句を言う人間はいない。それに、ここなら部員自らが書いた小説まで読める。それが佐賀には一番嬉しい事だった。しかし最近は、小説を書こうと思う部員も減った。というよりは倉橋裕太ひとりきりだった。その原因は言うまでもなく自分だった。読む度に辛辣な感想、というよりも批評と言った方がいいかもしれない。
とにかく辛口にその小説を評価してしまうのだ。正直佐賀は自分で言う程、部員達の書く小説がつまらないとは思っていなかった。むしろかなり好きだった。どの小説にも、筆者の考えや筆者の中の世界が見えてくるようだった。そういう理由も合わせて小説を読むのが好きだったのだ。
「おい、ほら読んでくれよ。さっきの続き書いたから」
倉橋が、原稿をつきつけてきた。
「だからさっきも言ったでしょ。読む気にならないってさ。新しいの書いて出直して来い」
そう言って、原稿をつき返す。嘘だった。本当のところ、続きがあるなら読みたい。なのに何故自分はこんな意地悪な事をいつも言うのだろうか。自分でもわからなかった。こんな事さえ言わずに喜んで読んでいれば、他の部員も書くのを止めなかったかもしれないのに。
「断る。いいから読めよ」
「何が楽しくてそんな駄文を読まなきゃいけないわけ?あんた文才ないよ」
「お前がどう言おうと関係ない。おれはおれなりの小説を書くまでだし、おれは自分の小説のスタイルを
お前に言われたからって直す気はない」
そこまで言われて、ようやく読む。しぶしぶ読んでいるというポーズを作りながら。ついさっき佐賀が指摘した部分は少しも直っていなかった。いや、直す気があるように思えなかった。それが佐賀には何故だか無性に嬉しかった。実際倉橋の書く小説は、過去に部員が読ませてくれたどの小説よりも稚拙で、文章力もなかった。それでも、つたないながらも必死に自分の中の物語を文章で表現しようとしている様が伝わってくる。それが、好きだった。過去に部員が読ませてくれたどの小説よりも好きだった。そんな気持ちは毛ほども出さず、うんざりした表情を作って原稿を返した。
「没! 全然面白くない! あんたもっと本読んで勉強してきた方がいいよ」
「本なら読んでるってば。これでも一生懸命やってんだぞ」
わかる。その一生懸命さが好きだった。
「読んでるって、何冊くらい?」
「週に一冊くらいかな」
「たったそれだけ? 文芸部員だっていうのに。失格よ。少なくとも一年間に百冊は読まなきゃ」
「そこまで読むのが速くないんだから仕方ないだろ」
「とにかく読んでれば嫌でも速くなるから。いいから読め、とにかく」
佐賀は自分で自分がよくわからなくなっていた。何故思ってもいない事を言ってしまうのか。本当はそのままでも倉橋の小説は大好きなのに。
倉橋はとにかくめげなかった。佐賀がどんなにぼろかすに批判しても何度も小説を読ませてくれた。そして、どんなに悪い点を指摘しても、決して指摘された箇所は直そうとはしなかった。
そもそも人が書いた小説なら、文法や小説のルールを完全無視したケータイ小説やライトノベルも平気で読むのに、なぜ感想を求められると批評してしまうのか。ずっとわからないでいた答えが、今日やっとわかった気がした。
倉橋裕太だ。
倉橋のような男を自分は待っていたのかもしれない。
彼の様に、他人から何と言われても自分自身の小説を書き続ける人を。
小説は自由だ、と佐賀は思う。どんなストーリーにするか、どういう表現方法にするのか、どういう書き方なのか、全てが自由であるべきだ。他人の評価を気にして書く必要なんてない。自分の中の物語を表現したい、全ての人が平等に楽しめるものが小説だ。だからケータイ小説だろうと佐賀を読む。ライトノベルだろうと、絵本だろうと読む。そういう信念の様なものが佐賀にはあった。
しかし、揺らいでいた。その信念は本当に正しいのか。他人からの評価や、批判を気にするあまり自分自身の小説を書けないという人は多い。
佐賀は許せなかったのだ。自由に小説を書けない雰囲気が漂う今の環境も。
自由に小説を書こうとしない、臆病者の作家も。
倉橋は違った。倉橋は、何と言われても揺らがない。倉橋は倉橋流の小説を書くだけだった。
そういう小説こそ佐賀が追い求めていたものだった。
そういう作家こそ、佐賀が待っていた作家だった。
「ねえ、倉橋」
「あん?」
「これからもずっと読ませてね。あんたの面白くない小説」
「お前が面白いと言うまでは絶対やめねーよ」
倉橋は、そう吐き捨てると黙々と小説を書き始めた。
必死にああでもないこうでもないと、紙と格闘している。
その一生懸命さが、いとおしかった。
自分は倉橋裕太という男の子が、好きなのかもしれないと佐賀は思った。
「倉橋」
「今度は何? 今、集中してんだけど」
「月が綺麗だね」
「はあ?」
次、小説を読ませてくれたら素直に感想を言おう。
私はこの小説が大好きだよ、と。そんな事を佐賀は考えていた。
「何言ってんだよ。今、昼間だぜ。月なんて出てないぞ」
「文芸部なら、夏目漱石の事くらい知っとけ、ばーか」
初めての連載なので、本当に大した事ない駄文ですが
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。