思い出すのは・・・
少し一話の内容を付け加えました。
すみません。
ジュラール王城の南にある太陽の宮の庭園に一人佇む女性。
彼女の名はレイシア・イル・ジュラール。
この国の皇后となって10年の歳月が経った。
溜め息が自然と零れる。
そんな彼女の元へ一人の男性が歩み寄る。
「皇后陛下、このような夜更けに外へ出ては危険でございます。」
困ったように自分を諌めるのは昔から変わらない。
宰相のフレデリックは皇帝陛下の右腕であり、私が最も信頼する者である。
「あなたは、いつも私を見つけてくれるわね。」
「陛下は、いつも私を困らせてくれますね。」
お互いに気を許し、微笑み合うという穏やかな時間は王城に置いて数少ない。
そんな時間を過ごせる相手が王城にいて良かったと心から思える。
私は彼を見ずに月を眺めながら話し掛ける。
「あなたが居て良かったと心から思っています。」
「陛下…」
苦い顔をするあなたを見るたび私の心は痛む。
「そんな顔をなさらないで下さい。私は幸せです。誰もが羨む皇后の位を得て、世継ぎの皇子を産み、皆に助けられています。」
彼は目を伏せて言った。
「違う…あなたは皇后という地位に幸せを感じるような者でないこと私は知っている。知っていたのに、私は……。」
「人の心は、どうしようもできないわ。陛下が寵姫を愛していることも初めから承知の上で嫁したのよ。義務だとしても子を得て、母となれる喜びを知ることが出来たのだから私はそれで十分なのです。」
彼女が微笑み、少し声音を落とした。
「私が心配なのは皇子のことです。私と陛下が疎遠なことも原因の一つかも知れませんが、皇子は最低限にしか陛下に会おうとなさらないと聞きました。昔は、そういったことがなく陛下の所へ遊びに行かれていたので安心していたのですが、陛下と不仲になれば良からぬことを企む者も出てくるでしょう。」
今年10歳になるアルディア皇太子殿下は勤勉で武術の稽古も怠らず、また穏やかな性格なため人望がある。幼くして王の素質が垣間見えると重臣からも民からも将来が楽しみだと言われている。
そんな皇子が周りに唆されることは無いとは思うが陛下と距離を取っているのは確かである。
「心配はございません。皇子も陛下に甘えられる年頃では無くなったのでしょう。父と子の関係は年齢とともに複雑になると聞きます。」
「私はアルディアの父親という存在を失念しておりました。私の眼に映るのは皇帝陛下の背中のみで夫婦としての関係が結ばれていなかった。政略結婚では夫婦仲など関係なく子どもさえできれば、それで良いという考えに私も染まっていたのかもしれません。今でも思い出すのは、始まりの日です。」
レイシアは過去を振り返る。
全ての始まりを…。
必ずしも結婚が幸せとは限らないことを知っていた。
幼い頃から言われ続けた母の言葉が何度も頭の中を駆け巡る。
私は、あの日婚姻を結んだ。
婚姻は家を繁栄させる為の貴族の義務。
そしてまた王族に嫁ぎ、貴族と王族の間に繋がりを作ることも義務である。
富と権力を引き換えに貴族は義務に縛られる。
私は、自国の皇帝のもとへ嫁いだ。
この婚姻が幸せに繋がることはないと知りながら、嫁がなくてはならなかった。
両親は泣いていた。
華々しい日に涙に濡れる瞳で私を見つめた。
その涙が決して喜びからではないことを私は知っていた。
それを知りつつ、気付かない振りをした。
言葉にしてしまえば、「行きたくない」と泣き叫んでしまったかも知れないから。
そうすることは許されなかった。
これは守るための婚姻なのだから。
私は、ジュラール帝国の五大公の一つローゼディクス公家の娘。
国の中枢たる貴族の義務を心得、放棄することはできなかった。
あの日、陛下との誓いの場で愛を誓うのではなく、陛下に愛されることはなくとも自分の幸せを見つけてみせようと誓った。
私の選択は正しかったのだろうか?
またフレデリックも過去へと記憶を辿る。
自分の選択は正しかったのだろうかと…。
読んでくださり、ありがとうございます。
拙い文ですが、これからもよろしくお願いします。