第9話「ラスボスだったけど、花屋します」
宿屋の階段を降りると、香ばしい匂いが鼻をついた。
パンの焼ける香り、スープの湯気、バターの柔らかな香り……
アークは先に宿屋を出ていった。採取クエストを受けたとかなんとか
エミルもギルドから受けた仕事で市場の方に行ったと宿の主人が教えてくれた
俺が席に着くと、厨房のほうからミーナが皿を抱えてやってきた。
「おはようございます!アスノさん! 朝ごはん、どうぞ!」
「……ミーナが作ったのか?」
「はいっ!あ、ここの宿屋、親戚がやっててー 台所を借りて作りましたっ」
ミーナの親戚の宿?! そんなのゲームで出てこなかったぞ
まぁ「チホート」自体ゲームで出てこなかったからな……
いや、そんなことよりもだ
ミーナの手料理が食べられる日が来るなんて──。
皿の上には、焼きたてのハーブチキン、柔らかな卵のスープ、小ぶりな丸パン。
彩りは素朴なのに、ひとつひとつが丁寧だった。
一口噛むと、じわりと肉汁と香草の香りが広がる。
「……うまい。うますぎる……!」
「えへへ、よかったぁ」
ミーナが椅子の背に手を添えて、少し照れたように笑う。
その笑顔が、料理よりも温かかった。
朝食を終えたところで、ミーナが小さな包みを差し出してくる。
「お弁当、作っておいたんです。よかったら!」
「わァ…あ…」
「ま、また泣いちゃった!?」
生まれてこの方、異性から手作り弁当渡されるなんてなかったし
ましてや推しキャラからなんてちい変わっちゃうだろう
心が平静を取り戻したところで、ミーナの今日の予定を聞く。
「私は花屋さんのお手伝いですっ。
ギルドに“人手が足りないから午前だけ手伝ってほしいって依頼が来てたんです」
そんな依頼もあるのか… メイド喫茶の手伝いとかはあったから
まぁ誤差みたいなもんか
エミルにはミニアスノも仕込んだし、ダンジョンには誰も行かない
──大丈夫だろう
「アスノさんは今日はどうするんですか?」
「ちょっと魔物を狩りに行こうかと」
俺とミーナは町の出口と花屋が同じ方向なので花屋まで一緒に行くことに
風に乗って花の香りが流れ、通りのざわつきが徐々に落ち着いていく。
ミーナはふとこちらを見上げ、「アスノさん、なんだか楽しそうですね」と笑った。
町を見るのはとても楽しくて、頭の中で想像していたマジブレの世界が
現実となって答えが出てくる、それがたまらなく楽しかった
「この道、朝はちょっとひんやりしますね。」
「そうだね、日陰になってるからかな。歩いてると気持ちいいね」
「来月には落ち葉でいっぱいになっちゃうんですよ、ここ」
ミーナはそう言って、わずかに歩幅を弾ませた。
特別な話題じゃない。ただ本当にそこにある景色のことを言葉にしているだけ。
何気ない会話の中にミーナのゲームでは知り得なかった仕草や
歩幅の小ささ、気遣うようにこちらを確認する視線。
それらが一つずつ積み重なっていくたびに、この世界が少しずつ
現実へと変わっていく気がした
ミーナとの何気ない会話をしているうちに、花屋の看板が視界に入ってきた。
花屋に着いて別れようとしたその瞬間、店の扉が勢いよく開き、
花の香りと共に元気のいい声が飛び出してきた。
店主の女性は俺とミーナを順に見てぱっと目を輝かせた。
「おおっ! ちょうどいいところに! 男手ほしかったんだよー!」
「えっ?」
「ま、待ってください! 依頼を受けたのは私だけで─」
否定する暇もなく、腕を掴まれて店の中へ連行される俺。
「かわいい女の子も来てくれて、今日は最高だねー!」
……まぁ、急ぎじゃないし。
ここで逆らって空気悪くするより、手伝ったほうがいいか。
仕事着に着替え花屋の鉢を移動していると
「すみません!遅くなりました!」
声の方に振り向くと
仕事着に着替えたミーナの姿
柔らかな薄緑のエプロン、腰で結ばれたリボン、そして頭には白い三角巾。
その姿は彼女の素朴な可愛さをさらに引き上げていた。
(ゲームだったらここ絶対イベントCGだな)
三角巾を指で押さえて笑うミーナの姿は、とても可愛い。
「……変じゃない、ですよね?」
それだけだ。
けれど、その短い言葉の裏に不安と、少しの期待が混じっているのが分かった。
俺は言葉を探すより先に、自然と視線が動いた。
首元から肩にかけて布がきれいに収まっていて、
髪をまとめた後れ毛がほんの少しだけ揺れて、
三角巾の白が彼女の柔らかな雰囲気を引き立てていた。
「すごく似合ってる。花よりミーナに目がいっちゃうよ」
一瞬だけ、ミーナの瞳が大きく開く。
頬をわずかに赤らめながら
にへへ と子供っぽく笑った
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
お世辞なんかじゃないんだけどなぁ……
仕事はミーナを見ていたら
いつの間にか終わっていた
仕事を終えた俺とミーナは
店の裏のベンチで朝もらった弁当を一緒に食べることにする。
「唐揚げ、絶品だったよ。卵焼きも……すごく美味かった」
「ふふっ それはエミ姉が作ったやつですよ」
「……やっぱり料理うまいんだな、エミルさん」
今度なんかいい食材渡して、何か作ってもらおうかな。
そんなことをぼんやり考える。
食べ終えたところでミーナが立ち上がる。
「じゃあアスノさん、町の出口まで送りますね!」
町の出口でミーナが手を振り、小さくなる姿が視界の奥へ消えていく。
街道を進み、農地が増えていく。鳥の声だけが響き、人の気配はほとんど消えた。
土の道に風が流れ、草が靡く。 ようやく完全に一人になったと実感したところで、深く息をついた。
「よし……試すか」
《身体強化》
《加速》
世界が一段階スローになる。
地面を蹴る。
ドンッ──!!
足元の土が爆ぜ、砂埃が後ろへ吹き飛んだ。
視界の風景が線となって流れ、木々がすれ違うたびに空気が裂ける音が耳に刺さる。
(ハハっ すげぇえ‼️)
自分の体が地面を滑るように進んでいく。
風圧は頬を叩き、視界の端が震える
時速80キロ……いや、それ以上出ている感覚だ。
勢いのまま地面を蹴り、跳ぶ。
重力が遠のき、身体が空を切り裂く。
足元の大地が一瞬で縮小し、景色が俯瞰へと変わっていく。
おそらく50メートルは跳んだ。
昔夕方に見た犬の夜叉が主役のアニメとか忍ばない忍者が
こんな移動方法だったなと思い出しながら、空中で口元を緩ませた。
地面が迫る。
ドスン、と衝撃が走ったが足はしっかり耐えた。
もう一度跳躍し
《浮遊魔法》
目に見えない力が体を持ち上げ、靴裏の感触が消える。
重力が薄まり、世界が軽くなる。
体が浮かび、自由に空を飛ぶ
(身一つで空を飛べるなんて─)
「最っ高だな!!」
速度もなかなか速く、その勢いのまま目的地を目指す
「よし行くぞ! “バーチの喉笛”へ!!」
空を切り裂く疾走感と共に、俺は一直線に飛び去った
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