第4話 「その名が示すもの」
ミーナに“姉”と呼ばれた女性が、テーブルの端に腰を下ろす。
ミーナは弾んだ声で姉に話かけ、アークは適度に受け流しつつも、
その表情はどこか柔らかい。
三人の間に流れる空気には、長い時間を共に過ごさなければ
生まれない自然な距離感と温度があった。
──その光景を、俺は手で口元を覆い隠すようにして見つめていた。
眼に映る三人の仲睦まじい様子。
(誰なんだ……一体──)
「──ところで、そちらの方は?」
姉と呼ばれた女性が視線をアスノへ向ける。
その問いに、ミーナは「あ!」と体を跳ねさせ、勢いよく紹介を始めた。
「この人はアスノさん! さっき知り合ってね!」
「掃除が上手いヤツでな、気前も良い」
「掃除?」
不思議そうな顔をアークに向ける彼女に俺は平静を装いながら声をかける
「アスノ・パウワーです。貴方は?」
女性はひとつ息を吸い、アスノに向けて柔らかく微笑んだ。
「私はエミル・シーダ。よろしくね」
ぽつりと告げられたその名前が──
胸の奥の、閉じたままの引き出しを、勢いよくこじ開けた。
(エミル……シーダ……)
音が、記憶に触れた。
点と点が線になるように。
暗がりで断片的だった情報が、一気に輪郭を得る。
(……思い…出した──)
エミルの名が胸の奥に冷たく落ちる
俺が知る”彼女”なのか、確かめなければならない
「──3人はなぜチホートに来たんですか?」
ミーナが勢いよく身を乗り出し、目を輝かせた。
「私達はラウドニア学院に入るためにお金を稼ぎに来てるんです!」
その声は希望そのもので、未来の地図を胸の内に広げているようだった。
「……俺はあんまり乗り気じゃないんだけどな。勉強とか、めんどいし」
アークがぼやくと、エミルが横目で刺すように言う。
「素直じゃないわねぇ。ミーナが心配だからでしょ?」
「それは……まぁ、あるが……サラ姉が行けってうるせぇしなぁ」
言い訳めいた声に、エミルは鼻で笑った。
「アンタばかだもんねー。本当にサラサさんの弟なのかしら」
「いや~ 俺がバカなのはー ガキの頃に近所のねーちゃんに
頭殴られすぎたせいなの、知ってた?」
「ひっどいことするガキがいたもんねー」
「オメェーのことだよ‼」️
アークがムキになる横で、ミーナはくすくす笑い、
二人のやり取りを楽しんでいる。
俺はそこでふと、エミルに問いかけた。
「……エミルさんは?」
エミルは椅子の背にもたれ、わざとらしく胸を張った。
「私は!! いい男捕まえて玉の輿を狙ってるわ!」
「学園は婚活会場じゃねぇぞ」
アークが呆れ声をあげるが、エミルはどこ吹く風。
「大貴族や王族も入学してるって話だし、 よりどりみどりよ!」
「聞けよ」
アークの抗議は軽く流され、エミルは目を細めて続ける。
「……というのが4割。いや5? 6? まぁいいわ」
そこで声の調子が変わる。軽さの奥に、鋼の芯が見えた。
「ほんとはね──世界の果て(ビジルウォール)の先が見たいの」
ミーナが小さく微笑む
アークは頬杖をついて、黙ってエミルを見ていた
「だから学園で、知識やコネを得ようと思ってねー」
「世界の果てかぁ──」
アークが感慨深く呟き、ぽんとエミルの背を叩く。
「まぁ、頑張れよ」
「アンタも来るのよ」
「は?」
「二人が行くなら私も行くー!」
ミーナが両手を広げ、エミルに抱きつく。
「もー、ミーナったら~いい子いい子~ちゅきちゅきー」
ギルドの片隅で、三人の笑い声が温かく弾けた。
彼らの談笑を聞きながら、俺はエミルという人物が
ゲームのどこに存在していたか、その答えを得ていた
名前だけが残るキャラクター。
ミーナルートのとある時期にスローラ村を訪れると発生するイベント
町外れの小高い崖の上、スローラが一望できるその場所に置かれた墓石
イベント名──「墓参り」
そこに刻まれていた名
『エミル・シーダ』
ゲームでのアークがラウドニア学院に入学する理由は
「世界の果て(ビジルウォール)を超えるため」
──そこに辿り着くための旅を、家族で夢見ていたこと。
アークとミーナにとって、エミルは血を分けた存在ではない。
けれど、血より深い絆で結ばれた“本当の家族”だった。
目の前で、こんなにも自然に笑っているのに。
肩を寄せ合い、未来を語っているのに。
その先に待つ運命は──あまりに残酷だ。
三人の笑い声と笑顔が脳に刻み込まれていくごとに
墓の前でエミルに話しかける二人の姿が思い起こされる
エミルの未来を知っているのは、この世界では自分だけだ。
ゲームで語られた“その後”──死という結末。
アークとミーナはその痛みを乗り越えていく強さがあることも知っている
だが。
今、目の前で幸せそうに笑っている彼らを見てしまった以上──
その未来を受け入れるなど、俺にはできない
(それに俺は見たいんだ)
3人が並んで学院を歩くその姿を
俺はゆっくりと拳を握った。
(……守る。俺が、必ず──)
誰にも奪わせない。
彼らの夢も、旅も、家族の時間も。
エミルを死なせない──
その決意が、静かに胸の奥で灯った。




