第23話「仲間」
バルチ草採取の依頼達成から二日が経過した。 一日しっかりと休養を取り、英気を養った俺たちは、
ついに「インザーの洞窟」へ向かうことになった。
今回の目的はダンジョンの攻略ではない。 この洞窟の隠しエリアに出現する高経験値モンスター「ジュエル系」を狩り、効率よくレベル上げを行うことだ。 本来なら、推したちとのパーティプレイ、それもボーナスステージのようなイベントに心躍らせるところだ。
だが、俺の心臓は朝から嫌な音を立てていた。 エミルの死亡フラグ。 『ダンジョンで、赤い魔物に襲われ、仲間を庇って死ぬ』。
わかっているのはそれだけだ。「どの」ダンジョンで、「いつ」起こるのかまではゲームの知識でも不明瞭だ。だからこそ怖い。
今日かもしれない。このインザーの洞窟かもしれない。 不確定な未来への恐怖が、胃の腑を冷たく締め付けていた。
◆
転移魔法でダンジョンの入り口付近に到着すると、俺たちは最後の装備確認を行った。
「アーク、ミーナ、これを使ってくれ」
俺は実家の宝物庫から拝借しておいた、ジュエル系魔物用の武器を二人に渡す。
「おお! 刃が透き通っててすげぇ!」
「わぁ……! ありがとうございます!」
二人は純粋に喜んでくれている。問題はここからだ。
俺は震えそうになる指先を握りしめ、収納魔法からエミル用の装備を取り出した。
「エミルさん、貴方にはこれを」
俺が差し出したのは、《守護のグレイスダガー》と《聖障のシールドボウ》。どちらも一級品のユニーク装備だ。 さらに――
「あと、この《半減のガーディアンコート》を着て、その上に《影走りのフェザークロス》を羽織ってください。
で、インナーにはこの《精霊連理のエレメントスケイル》を……」
「ちょ、ちょっと待って! 待ちなさいよ!」
エミルが慌てて俺の手を止める。彼女の顔には若干の引いた表情が浮かんでいる。
「一つしか着れないわよ! そんなに着込んだらダルマみたいになって動けなくなるわ! これじゃローグとしての動きができないじゃない!」
「今のトレンドは着ぶくれ女子ですよ! 防御力こそ正義です!」
俺は必死に食い下がる。冗談ではない、本気だ。万が一の一撃を防ぐためなら、トレンドなど捏造してでも着せたい。
「どこの世界のトレンドよ! 却下!」
くっ、物理的な重ね着はやはり無理か……! 俺は脂汗が滲むのを感じながら、アクセサリーの山を取り出した。これなら物理干渉しないはずだ。
「わかりました。では、これらを」
《精霊のリボン》、《鉄壁の護符》、《不屈のリング》、《魔障のリング》、《俊敏のリング》……。
俺は自身の身体強化を発動。焦燥感に急かされるまま、三倍速の動きでエミルの指や首に次々と装備させていく。
「ちょっ、なに!? 早っ!? アスノ君、目が怖いわよ!?」
エミルの悲鳴に近い声を無視し、俺は確認する。
足りない。まだ不安だ。即死耐性は? 火属性耐性は?
「なんなのこの成金みたいな装備は! 指輪で指が曲がらないじゃない!」
「エミルさん、靴を脱いでください! 足の指にも更に追加しましょう! まだ十本いけます!」
「いらないわよ! なんで私だけこんなに重装備しないといけないのよ! あんた私のことアイテムコレクターか何かだと思ってる!?」
「死ぬかもしれないからですッ!」
俺の叫びに、エミルがビクリと肩を震わせて口をつぐんだ。
場の空気が凍る。俺はハッとして、慌てて笑顔を取り繕う。
「あ、いや……ダンジョンは危険ですから。念には念を、です」
「……だとしても過剰すぎるわよ。動きにくくて逆に危ないわ」
結局、エミルが受け取ったのは《精霊のリボン》と《不屈のリング》だけだった。
俺は自分の無力さに唇を噛む。これだけじゃ、あの未来を覆せる保証がない。
エミルは少し疲れたようにため息をつき、ミーナの方へ歩いていく。
俺はその背中を見つめながら、拳を強く握りしめた。 ……どうすればいい。どうすれば確実に守れる。
思考が空回りして、嫌な汗が止まらない。
その時、ガシッと強い力で肩を掴まれた。
「お前も、緊張することがあるんだな」
アークだった。 彼は俺の顔を覗き込むようにして、真剣な眼差しを向けてくる。
「そりゃあ……まぁ俺も人の子ですから」
「Sランク冒険者が、こんな初級ダンジョンで顔面蒼白になるか?」
俺は苦笑しようとしたが、頬が引きつってうまく笑えない。
アークは俺の肩を掴んだまま、静かに言った。
「何がそこまで心配なのかわからねぇけど、エミルの事は俺も注意して見ておく」
肩を掴んでいた手を握り、俺の頭を軽く小突く
「気を張りすぎるなよ、不安があるなら話せ。 パーティは皆で支え合うもの、だろ?」
アークは真っ直ぐに俺を見つめていた。 その瞳は、俺の心の奥底にある怯えを見透かすように鋭く、真剣そのものだ。
けれど、口元にはいつもの屈託のない、それでいて頼もしい笑みが浮かんでいた。
それは、画面越しに焦がれた主人公─ 絶対的な安心感を与えるリーダーの顔。
アークの言葉が、張り詰めていた俺の心を揺さぶった。
俺はずっと「守らなきゃ」と一人で背負い込んでいた。
だが、目の前にいるのは誰だ?
幾多の困難を仲間と共に乗り越えていく「主人公」アーク・ブレイズだ。
俺が彼らを信じなくてどうする。彼らに背中を預けなくて、何がパーティだ。
「……アーク。大事な話があるんだ」
俺はアークの手を掴み返す。
「だが、この話をお前やエミル達が信じてくれるかはわからない……。狂ってると思われるかもしれない。それでも、聞いてくれるか」
俺の尋常ではない様子に、アークの表情から笑みが消えた。
彼は一度だけ強く頷く。
「勿論だ。お前がそこまで思い詰めることだ。ただ事じゃないんだろう」
俺は深呼吸をし、震える声を抑え込んで告げた。
「……エミルは、そう遠くない未来、ダンジョンで命を落とす」
アークが息を呑み、目を見開く。
「なっ……」
「『赤い魔物』の襲撃を受け、お前とミーナを庇って、死ぬんだ」
「……!」
アークは言葉を失い、俺と、そして離れた場所にいるエミルを交互に見た。
眉間に深い皺が刻まれる。驚愕、混乱、そして否定したいという感情がその顔に浮かぶ。
「……悪い冗談、って顔じゃねぇな。……予知、なのか?」
「正確には違うが、似たようなものだと思ってくれ。俺の意思とは無関係に、未来の映像が頭に流れてくるんだ」
俺は嘘を混ぜながらも、必死に訴えた。
「場所がここなのかは分からない。いつなのかも分からない。分かっているのは『ダンジョン』と『赤い魔物』、そして『仲間を庇う』という状況だけだ。だから俺は……怖くてたまらないんだ」
アークはしばらく沈黙し、拳を握りしめていたが、やがてふぅと息を吐き出して俺を見た。
「……聖女の天啓に近いのか。しかし使い勝手の悪い能力だな。呪いみたいだ」
「ああ、全くだよ」
「わかった。信じるよ、アスノ」
「……いいのか? 証拠なんて何もないんだぞ」
「お前のその顔が証拠だ。冗談でそんな必死な顔ができるなら 役者になったほうがいいぜ」
フッっと笑いながらアークは俺の背中をバシッと叩いた。
痛みが、俺の正気を繋ぎ止めてくれる。
「俺に考えがある。みんなにも話そう」
◆
「ミーナ、エミル姉。ちょっと集まってくれ」
アークの声に、二人が戻ってくる。 アークは普段のおちゃらけた雰囲気を消し、真剣な面持ちで切り出した。
「今から話すことを、茶化さずに聞いてほしい。俺たちの命に関わることだ」
その前置きに、二人の表情も硬くなる。
「アスノがな、『予知』に近いスキルで、俺たちに迫る危機を察知した」
「えっ……予知?」
エミルが驚いたように俺を見る。
「エミル、お前に死の危険が迫ってるらしい。『赤い魔物』の手によって」
「……はぁ? 何言ってるのよアーク。私が死ぬ? そんなの、ただの悪い夢か何かじゃないの?」
エミルは呆れたように笑い、俺の方を見た。
「アスノ君もよ。まさか、さっきの過剰装備もそのせい? 心配してくれるのは嬉しいけど、予知なんて胡散臭い話、簡単に信じられるわけ――」
「信じてください」
俺はエミルの言葉を遮り、一歩前に出た。
「胡散臭いのは承知です。ですが、俺には視えているんです。貴方が、仲間を、アークとミーナを守ろうとして、その身を犠牲にする未来が」
「ッ……」
エミルが言葉に詰まる。 俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「俺がSランクのステータスを隠して貴方達に同行したのも、さっき嫌がられるほど装備を渡そうとしたのも、全てはその未来を変えるためです。貴方に、死んでほしくないからです」
俺の声は、自分でも情けないほど震えていたかもしれない。 だが、その必死さは伝わったはずだ。
「アーク、あんたは……本気で信じてるの?」
「ああ。俺は信じる」
アークは迷いなく答えた。
「アスノは、俺たちが銅貨三枚の依頼を受けた時、損得なしで力を貸してくれた男だ。そんな男が、今はプライドもかなぐり捨てて、顔を青くして必死に頼み込んでるんだぞ? 俺は、こいつの『仲間を守りたい』って思いを信じる」
アークの言葉に、エミルは大きく息を吐き出した。 彼女は俺の元へ歩み寄ると、自分の指にはまった《不屈のリング》を複雑そうな顔で見つめた。
「……わかったわよ」
エミルはまだ納得しきれていない様子だが、拒絶の色は消えていた。
「そこまで真剣に言われたら、無視なんてできないじゃない。……とりあえず、頭の片隅には入れておくわ」
「あの……」
沈黙を破ったのはミーナだった。 彼女は不安そうに顔を曇らせ、小さな声で提案した。
「だったら……ダンジョンに入るのはやめない?」
「ミーナ?」
「だって、ダンジョンに入らなければ、『赤い魔物』にも会わないはずだよ。危険だとわかっている場所に、わざわざ行く必要なんて……」
「それは俺も考えた」
俺は首を横に振る。
「だが、いつ起こるかもわからないんだ。冒険者を続ける以上、一生ダンジョンに入らないなんて無理だろう?」
「じゃあ……私とアークは、エミル姉と別行動をとろう」
ミーナが悲痛な表情で訴える。
「エミル姉が死ぬ理由が『私たちを庇うから』なら……私たちがそばにいなければ、予知も外れるんじゃない?」
「ミーナ、お前……」
アークとエミルが息を呑む。 最も合理的で、そして最も寂しい選択肢だ。 だが、俺はそれを否定した。
「それじゃ意味がないんだ。君達は── 三人で『ビジルウォール』の先に行く。それが君たちの夢だろう?」
俺は三人の顔を見渡す。
「それに、俺がこうして予知の話をした時点で、未来の分岐は変わっている可能性もある。だからこそ、今日ここで『ジュエル系』を狩って、エミルさん自身が強くなることが、一番の生存率向上に繋がると思ったんだ」
俺は頭を下げた。
「すまない。ずっと一人で勝手に考えて、勝手に決めていた。もっと早く相談するべきだった」
「謝るなよ、アスノ」
アークがポンと俺の肩を叩く。
「お前は俺たちのために必死になってくれただけだろ? むしろ感謝してるぜ」
「ええ。言いにくいことを話してくれてありがとう」
「私もです。みんなで強くなって、その予知を覆しましょう!」
三人の言葉が、温かく胸に沁みる。
「……ねぇ、一つだけ聞いていい?」
ふと、エミルが真面目な顔で問いかけた。
「その予知の中で、私は『いつ』死んでいたの?」
「……学院に入学する時までには、もういなかった」
俺は正直に答えた。 ゲームのシナリオでは、アークたちがラウドニア学院に入学する時には、既にエミルはパーティから欠けていたからだ。
「……そう」
エミルは短く答え、視線を落とした。 その横で、アークが俺の顔をじっと見つめていることに気付いた。
いつもの屈託のない瞳の奥が一瞬だけ翳り、俺の言葉の真意を、あるいはその裏にある何かを、静かに推し量るような視線だった。
「よし! 湿っぽい話はここまでだ!」
アークが努めて明るく声を上げ、その場の空気を断ち切った。
「目標はジュエル狩りだが、最優先は『赤い魔物』の警戒と回避! 怪しい気配があれば即撤退! アスノの指示が絶対だ! いいな!」
「「了解!」」
俺たちは武器を構え、インザーの洞窟の暗闇へと足を踏み入れた。 運命の歯車が、音を立てて回り始めた気がした。
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