17話「ラスボスだったけど、積年の疑問を断ちます」
チホートの朝は早い。だが、俺たちが歩いているのは市場へと続く大通りから外れた道だ。
まだ人通りはまばらで、静かな朝の空気が流れている。
「見つけたぞ! アークだ!」
前方50mほど先。朝日の中、ひときわ目立つ金色の髪を発見する。
アークとミーナだ。二人は並んで歩いている
俺は魔力を耳に集中させる。
《聴力強化》
風の音や遠くの喧騒がフィルタリングされ、指定した方向の音声だけが鮮明に鼓膜を叩く。
『――やっぱ肉だな、肉食えば死にゃしねェんだ』
『栄養素って言葉知ってる? アークェ……』
たわいない会話だ。おそらく昨日の夕食の話だろう。
「よし、追跡開始といきましょう」
エミルが小さく頷く
だが、ここは見通しが良すぎる。
遮蔽物が少なく、ふとした拍子に振り返られたら、隠れる場所もなく一発でバレる。
「早いとこ姿を消しておきましょう」
《隠密》
俺の身体を覆う光の屈折率が変化し、景色と同化していく。
足元を見ても、石畳が透けて見えるだけだ。完璧だ。
「えっ! すごッ! アスノ君どこ?」
隣にいたはずのエミルが、キョロキョロと宙を見回している。
「ここです。エミルさん、手を」
そう言って右手を差し出すが、当然エミルには見えていない。
俺は苦笑し、声で誘導する。
「あ、すみません。見えないですよね。……えっと、ここです」
「えっ? 手?」
エミルがおずおずと空中に手を伸ばす。
俺はその手を優しく握った。
ヒュンッ。
瞬間、エミルの姿も世界から消失した。
「わっ……!」
「こうして俺の体に触れていれば、貴方も透明化の恩恵を受けられます。離れると見えちゃうんで、しっかり掴まってくださいね」
「そ、そうなんだ……」
エミルの手が、俺の手の中でわずかに強張るのを感じた。
心なしか、掌が熱い。
(なんだ? なんかエミルの様子が変だな)
さっきまで「ライフワーク イクゾー!(デッデッデデデデ!)」と意気込んでいたのに、急に大人しくなってしまった。
「もしかして体調悪いですか? 熱とか――」
「だ、大丈夫だから! なんでもないから!」
エミルが空いてる方の手でバタバタと空を切る気配がした。
なんだろう。透明化の弊害か?
「そ、それより! 私にも二人の会話聞こえるようにしてよ!」
「あぁそうでした。すみません、今やりますね」
俺は握った手を通じて、エミルにも聴力強化の魔法を流し込む。
「いきますよ――《エンハンス・イアー》」
「ッ!! うわ! うっさ?」
エミルが耳を押さえてしゃがみ込んだ。 握っていた手が引っ張られ、俺もつんのめる。
「す、すみません! 人に使うのは初めてで……!」
「うぅ~……グラグラするわぁ~……」
街の環境音が脳内に雪崩れ込み、平衡感覚を失ったのだろう。
やばい、出力調整をミスったか? これ下手にやると倒れるヤツか?
「大丈夫ですか? 少し休みますか?」
「……ううん、平気。……だんだん、慣れてきた」
エミルは目を閉じ、深呼吸を繰り返す。
やがて、俺の肩に手を置いてゆっくりと立ち上がった。
「……うん、すごいわねこれ。遠くの鳥の声まで聞こえる」
「おぉよかった。エミルさんの順応能力が高くて助かりました」
ほっと胸を撫で下ろす。
「それじゃあ、気を取り直して追跡再開と――」
言いかけた、その時だった。
ブォォォォンッ!!
背後から、低い唸りを上げて迫る気配があった。
振り返るよりも早く、聴覚強化された耳が異音の正体を捉える。
魔導車だ。 しかも、かなりのスピード
人通りが少ないからと飛ばしているのだろう。
俺たちは透明化している。相手からは見えていない。
つまり、避けてくれるはずがない。
車は減速することなく、車道寄りに立っていたエミルへ一直線に突っ込んでくる。
エミルは聴覚強化の慣らしで前方に集中していて、車に気づいていない。
思考する時間はなかった。
俺はエミルの腕を引き、その体を強引に自分の方へと抱き寄せた。
キキィィィッ!! ブォンッ!!
鼻先を風が掠める。 車は俺たちのいた場所を猛スピードで通過し
砂煙を上げて走り去っていった。
「…………っ」
静寂が戻る。 俺の腕の中には、目を丸くして硬直したエミルがいた。
至近距離。互いの鼓動が聞こえそうなほど近い。
「すいません、車が来てたので……」
俺は慌てて体を離そうとするが、エミルは俺の服を掴んだまま動かない。
「怪我ありませんか? どこかぶつけたり」
「だ、大丈夫! どこもなんともないから! ……あ、アーク達を追うわよ!」
彼女はパッと顔を上げると、俺の手をグイッと引いて走り出した。
その横顔は、気のせいかさっきよりも赤くなっているように見えた。
(そうか……透明化にはこういうデメリットがあるのか)
車道側に俺が立たないと危ないな。
俺は反省しつつ、少し強引に手を引くエミルの背中を追った。
気を取り直して追跡を再開すると、アークとミーナは広場の手前にある屋台の前で足を止めていた。
甘い香りが漂ってくる。クレープ屋だ。
『うまそう……』
アークがショーケースに釘付けになっている。
『買っていく? 私も食べたいし』
『いいのか? いつもなら「朝食食べたばっかでしょ」とか言って止めるじゃん』
『女の子は甘いものなら無限に入るの』
『いいなそれ、俺も無限に好きなものが入る胃袋が欲しい』
『これ以上食べるようになったら食費が大変だからやめてね』
微笑ましいやりとりだ。 しかし、俺はふと現実的な懸念を抱いた。
「エミルさん、アークのやつ、ここで大量買いして所持金尽きるんじゃ……」
「フフン、甘いわねアスノ君」
エミルがふんぞり返る(透明だけど)。
「今日、この日のためにアークには特別臨時ボーナスとして、たっぷりとお小遣いを渡してあるのよ!
好きなものを好きなだけ買ってあげられるようにね!」
「やったー! 太っ腹ー! かっこいいー!」
俺は音を立てないように小声で拍手を送った。
そうこうしているうちに注文が決まったようだ。
『この「メガスーパーバナナクレープ」くれ!』
『私は「イチゴレアチーズ」をお願いします』
店員が手際よく焼き上げ、手渡されたそれを見て、俺は戦慄した。
それは、クレープと言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、太く、そして大盛りすぎた。
全長2メートルはあろうかという、巨大クレープだった。
「……皮が自重で落ちないように、何重にも巻かれて春巻きみたいになってるじゃないですか。あれはクレープと呼んでいい代物なんですか?」
「ギガバナナをふんだんに使った素晴らしい造形ね。芸術点高いわ」
「そ……そうかな……? ……そうかも?」
エミルが言うならそうなんだろう。
しかし、その素晴らしい造形の芸術品は、アークが受け取ってからわずか3分後、この世から消滅した。
あの質量を体のどこに蓄えているのか。亜空間胃袋説が濃厚だが、深く考えるとこちらの精神が削れそうなので考えるのを止めた。
『うめぇ! まだ食えるぞ! 追加で――』
『はい、行くよアーク』
『あだだだだ、耳ひっぱるなよぉ』
アークは抵抗虚しくミーナに回収され、二人は市場の方へと歩き出した。
◆
二人の姿が角を曲がって見えなくなったのを確認し、
俺は屋台の裏手でこっそりと透明化を解いた。
「俺達も買っていきませんか?クレープ」
「良いわね、アークが食べてるものってやけに美味そうに見えるから、食欲刺激されるのよね」
「アークを食の広告塔に据えれば、大体の商品は成功するでしょうね」
事実、ゲーム内での文化祭イベントでは、アークが食べ歩いた屋台の売上が爆増するという現象が起きる。
その功績により、翌年からアークは「文化祭フリーパス(食べ放題)」の権利を得ることになるのだがそれは先の話
「いらっしゃいませー!」
店員が元気よく声をかけてくる。
俺は豊富なメニュー表を眺めながら、長年の疑問をエミルにぶつけてみた。
「エミルさん、甘くないクレープ……いわゆる『惣菜クレープ』ってどう思います?」
「……公の場で話せないような話ね」
おっと、この世界では食の好みは政治宗教並みのタブーか?
「いや、俺の中でクレープって『甘いもの』ってイメージが強くて。
メニューにある『ツナマヨ』とか『ソーセージピザ』を見ると、美味いのか? といつも疑ってしまうんです」
「だったら食べてみればいいじゃない」
「その通りなんですけどー。普通の甘いクレープ買えば満足度100%が保証されてるじゃないですか。
あえて冒険して、微妙だったらテンション下がるリスクを負うのが怖いというか」
「まぁ……気持ちはわかるけど」
エミルは呆れたように笑うと、惣菜クレープを指さして
「いつも悩むんだったら、今日ここでその迷いを断ちなさい!」
「!ッ 仰る通りですッ」
俺はその言葉に意を決した。ここで積年の疑問を断つ??
「すみません、『ソーセージピザチーズ』一つ」
「私は『アイスバナナチョコ』で!」
◆
数分後。俺たちの手には焼きたてのクレープが握られていた。
「いただきまーす」
エミルが幸せそうな顔で、冷たいアイスと温かい生地のハーモニーを頬張る。
「んーおいしー! やっぱこれよねー!」
うん、美味しいものを食べている人の笑顔には栄養がある。癒やされる
さて、俺もいくか。
俺はソーセージピザチーズクレープにかぶりついた。
とろけるチーズ、パリッとしたソーセージ、ピザソースの酸味。
「どう? 美味しい?」
「まぁ……なかなか美味しいんじゃないかな……。美味しいですよ、うん、美味しい」
だが、何かが違う。
決して不味くはない。むしろ調理としては完璧だ。
しかし、俺の脳が「クレープの皮=甘いもの」という認識を捨てきれていないのか
どこかコレジャナイ感が拭えない
「……なんか、よく分かりませんが、釈然としません」
「一口貰っていい?」
「はい、じゃあちょっと待――」
俺がクレープを分けようとするより早く、エミルが顔を寄せ、俺のクレープにガブッとかぶりついた。
「ふんふん……」
エミルはリスのように頬を膨らませ、真剣な顔で咀嚼する。
「なるほどね。私も惣菜クレープって食べたことなかったけど、こんな感じなのね。
生地をもうちょっと具材の味に寄せればさらに美味しくなるかしら」
おお、さすが料理上手。食べた瞬間に改善レシピが浮かんでくるとは。
「今度もっと美味しいの作ってあげるわ。あ、材料費はそっち持ちでよろしく!」
ニコニコと笑うエミル。本当に料理が好きなんだろうな。
「こっちの食べる?」
そう言って、エミルが『アイスバナナチョコ』を俺の口元に差し出してきた。
美味いとは言ったけど微妙だった、というのが俺の顔に出ていたのだろうか。
気を使わせてしまった。
……ていうか、食べて良いのか? そのままかじりつけってポーズだけど
俺が逡巡していると、エミルが「あっ」と声を漏らした。
差し出した手がピタリと止まる。
「ご、ごめん。アスノ君、そういうの気にするタイプだった……?」
俺は黙って顔を寄せ、差し出されたクレープにかぶりついた。
口の中に広がるバナナの甘みとチョコの香り。そして冷たいアイス。
「うん、やっぱりクレープは甘い方が美味しいです」
「そ、そうね! 今度作るときは甘い方も一緒につくるわ!」
エミルは慌ててクレープを引っ込めると、誤魔化すようにまた一口食べた。
小腹も満たされたところで、俺たちは再び透明化してアークたちの後を追った。
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