第14話「ラスボスだったけど、パトロンになります」
夜風が少し肌寒い。 冒険者ギルドを出て、
大通りを雑貨屋の方角へと歩く俺とエミル。
空を見上げると、すでに月が高い位置に昇っていた。
「尋問されなかったのは良かったけど……すっかり遅くなってしまった」
「アスノ君が余計なこと言うからでしょ」
エミルが呆れたように肩をすくめる。 いや、返す言葉もない。
「そうは言っても、あんな疲れた顔してたら一声くらい……ねぇ」
「まぁ気持ちはわかるけど、かなり鬱憤溜まってたわね」
そう、副ギルド長は俺を疑っていたわけではなかった。
彼はただ、純粋に、圧倒的に――仕事に疲れていただけだったのだ。
別室に通された時、彼はテキパキとタウロスの査定を行い、書類を作成していた。
その動きには無駄がなく、一刻も早く業務を終わらせて帰宅し、泥のように眠りたいという執念すら感じさせた。
そこまでは良かったのだ。 支払いの準備が整い、彼がポツリと「ギルド長がまた新しい骨董品を買い漁って経費が……」と愚痴をこぼした瞬間。
俺の前世の記憶が反応してしまった。
『あぁ……わかります。上が好き勝手やると、下が割を食うんですよね……』
つい、社会人時代の共感を込めて同調してしまった。
それが、運の尽きだった。
「聞 い て く れ ま す か ?」
死んでいた魚のような目に、カッとハイライトが灯った瞬間を俺は忘れない。
そこからは、ギルド長の浪費癖、無理な依頼の押し付け、部下の育成不足に対する愚痴のオンパレード。
俺も似たようなダメ上司の下で働いていた経験があるから、ついつい「あるある」と相槌を打ってしまい、話が弾みに弾んで……。
気づけば、すっかり夜も深けてしまったというわけだ。
「最後の方、お酒振る舞われそうになって焦ったね」
「めちゃくちゃ残念がってたわよ。お預けくらったチワワみたいだった」
(チワワ、こっちの世界にもいるのか……)
「まぁそのおかげで詮索されなくてよかったじゃない」
「エミルさんのおかげですよ、上手いこと話題そらしてくれたじゃないですか」
実際、話が俺の出身地やスキルの詳細に及びそうになると、
エミルが絶妙なタイミングで
「そういえばギルド長の話ですが~」と話題を戻してくれたのだ。
彼女の会話誘導スキルは相当高い。興味もないだろうにおっさんの愚痴にも、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれたし。
おかげで副ギルド長とは妙な連帯感が生まれ、帰り際にはガッチリと握手を交わし、
『何か困ったことがあったら私の持てる力でなんとかします』 と、強力なコネクションまで手に入れてしまった。
「ありがとうございます。俺一人だったら何かしらボロが出てました」
俺が素直に礼を言うと、エミルは歩調を緩めて振り返り、ニッと悪戯っぽく笑った。
「そう思うなら……報酬がほしいわねぇ~」
ちゃっかりしてる。だが、今の俺にそれを断る理由がない。
今回のタウロス15体の買い取り額。
諸経費やギルドへの手数料を引いても、とんでもない額になった。
とりあえず前金として渡されたのが『500万ゴールド』
残りは解体が終わった後日に支払われることになった
500万Gなんて、チートコードでも使わないと拝めない数字だ。
ゲームの冒険者ギルド、ボリすぎじゃないか?
「いいですとも!何なりと、支払いはお任せください!」
俺が請け合うと、エミルはぱぁっと顔を輝かせた。
「言ったわね! 後悔しても遅いわよ~!」
ルンルンとした足取りで、エミルが夜の市場へと駆けていく。
その背中を見ながら、俺は苦笑する。
(可愛いなぁ……じゃなくて)
500万G。 俺からすれば、ラスボスの宝物庫にあった財産に比べれば端金だ。
でも、彼女たちにとってはラウドニア学院への入学資金になり、
旅の支度金になる。
(貢げる時に貢いでおく。それがファンの務めであり、これは未来への投資だ)
俺は財布の紐を緩めるどころか、引きちぎる覚悟でエミルの後を追った。
遅くなっちゃったけど、まだ店は開いているだろうか。
◆ ◆ ◆
幸い、店はまだまだ営業していた。
中央広場の周りにある雑貨屋や露店はまだ明かりを灯していた。
「あ、あった! あのお店よ!」
エミルが指差したのは大きな雑貨屋だ。
店頭には鍋やフライパン、得体のしれない魔道具が所狭しと並んでいる。
「いらっしゃーい! おや、美人さんと……これまた景気の良さそうな旦那だねぇ」
店番をしていたのは、猫耳を生やしたおばちゃんだった。
俺の懐事情はなんでわかるんだろ、金貨の匂いとか?
「おばちゃん、大きい鉄板ある? すっごく大きいの!」
エミルが身振り手振りでサイズを伝える。
「あるよあるよ。パーティ用の特大バーベキューコンロなんてどうだい?
魔石式で火力調整もバッチリさ」
おばちゃんが店の奥から引きずり出してきたのは
ドラム缶を横に切って広げたような、無骨だが頑丈そうな鉄製のコンロだった。
網だけでなく、厚みのある鉄板もセットになっている。
「おお……これならタウロスの肉も豪快に焼けそうだ」
タウロスの肉は副ギルド長の愚痴に付き合っていた間に、1体解体が終わっていて
1体分だけ肉を貰ってある
「いいわね~ これにするわ!」
「まいどあり! 金貨3枚だよ」
日本円にして約30万円といったところか。高いが、性能は良さそうだ。 俺は即座に金貨を取り出して支払う。
「あと、調味料も欲しいわね。塩と胡椒だけじゃ味気ないし……あ、この『ピリ辛レッドペッパー』いいかも! アークが好きそう!」
「お、こっちの『マキシマル』も肉に合いそうですよ」
「あと、付け合わせの野菜! ジャガイモと玉ねぎ、それにトウモロコシ!」
「全部買いましょう。カゴに入るだけ」
「きゃー! アスノ君太っ腹ー! ちゅきー!」
エミルのテンションが上がりきっている。 「ちゅき」いただきました。ありがとうございます。
その後もエミルは「あ、これ旅に便利そう」「ミーナに似合いそうな髪留め!と、
次々と商品をカゴ(というか俺の手)に積み上げていった。
「ちょっと買いすぎじゃありません?」
「えー? 支払いは任せろって言ったじゃーん」
「言いましたけど…」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
減るよ?俺の財布が軽くなるよ?
まぁ全然良いけどね。エミルが楽しそうに笑っているのを見ていると
俺の心のライフポイントが回復していくからそれでチャラだ
さらに店内を見回していると――棚の最上段に鎮座する”それ”が目に入った。
「おばちゃん、あれ見せて」
「お! 旦那、お目が高いねぇ!」
目の前に置かれたのは、最新式の携帯型魔導コンロ
ミスリル銀の輝きを放つスタイリッシュな箱型の魔道具。
火力調整は10段階、オーブン機能付き、自動洗浄機能完備。
魔石の燃費も最高クラス。 まさに旅する美食家のためのアイテムだ。
「これ、ください」
「ちょ、ちょっと待ってアスノ君!?」
エミルが慌てて俺の袖を掴む。
「それ値札見た!? 金貨15枚よ!? さっきのバーベキューコンロの5倍よ!?」
「エミルさん、これがあればいつでも美味い食事が作れます」
「いや、でもさぁ」
「俺は、毎食美味い物が食べたい。
旅先で火を起こすのに手間取って生焼けの肉を食べる生活と、
ボタン一つで三ツ星レストラン並みの火加減ができる生活……どっちがいいですか?」
「うっ……それは、もちろん美味しいほうが……」
「ですよね。それに、優れた調理器具を使うことで調理の負担も減ります。これは浪費じゃない、”投資”です」
「理解できるけど!できるけど金額が」
「金はある時に使う!経済の!流れを!!止めてはいけない!!!」
「そうだー!おばちゃんもその意見に賛成よー!」
「待って!待って!待って! アスノ君!150万で何ができるかよく考え─」
「おばちゃん!コレください!」
「まいどぉ!!」
「わああああああ」
こうして最高級コンロもゲットした。 その後も色々買い込み
俺たちはホクホク顔で店を後にした。
◆
帰り道、広場の露店通りを歩いていると、ふとエミルの足が止まった。
彼女の視線の先には、キラキラと光るアクセサリーを並べた小さな露店があった。
エミルが見つめていたのは、一本の髪飾り。 銀細工のフレームに、彼女の瞳の色によく似た
透き通るような紫色の石が埋め込まれている。派手すぎず、それでいて夜の明かりを吸い込んで優しく輝いていた。
「似合いそうですね。買いますか?」
「えっ!?」
エミルは弾かれたように振り返り、ぶんぶんと首を横に振った。
「い、いいわよ! そんな……これ以上買ってもらうわけにはいかないし」
「でも、気に入ったんじゃ?」
「うーん……でも、贅沢品だしね。旅には必要ないわ。さ、行こ行こ!」
彼女は未練を断ち切るように、わざとらしく明るい声を上げて歩き出した。
(……これは)
「おっちゃん、これは?」
「あぁそれ? 古の聖女様がつけてた装飾のレプリカだよ お守りとして人気があるね」
(レプリカ……ねぇ…)
「アスノくーん! はやくー! 行くよー!」
「今行きまーす!」
俺はエミルの後を駆け足で追った
◆
宿への帰り道は、少し人通りが少なくなっていた。
10月の少し冷たい風が頬をなでる
「遅くなっちゃったなぁ、アークが餓死してないといいけど」
「タウロスを調理した匂いですぐ生き返るんじゃないですか?」
「ふふ、そうね グリル使うの楽しみだわ~」
軽口を叩きながら、エミルが笑う。
俺は歩みを止め、ポケットからさっきの髪飾りを取り出した。
「エミルさん、これ」
「え? そ、それ……」
エミルが息を呑んで、目を見開く。
「さっきの……どうして? 私、いらないって言ったのに」
「ギルドでの一件、エミルさんが助け船を出してくれたおかげで助かりましたから。そのお礼です」
「それは……グリルとか食材とかで十分……」
「それに」
俺は少し視線を逸らし、頬を掻きながら言葉を継ぐ。
「やっぱり、似合うと思ったんで。綺麗な人が綺麗なものをつけてるのは、目の保養になりますから」
俺はエミルに髪飾りを手渡す。
これで生存率が上がるならやすいものだ
今は縋れるものは何にでも縋るべきだろう
髪飾り アイテム名「聖女の祈り」
ゲームでの効果は”装備者は戦闘不能から一度だけ自動回復する(使用後は壊れる)”
店主はレプリカだと言っていたし、この世界で戦闘不能がどういう状態を指すか不明なので
気休め程度だが、彼女に持っていてもらえるならと思った
「……アスノ君、だれにでもこういうコトしてるの?」
「え? エミルさんが初めてですけど」
「…………」
エミルは後ろを向いてごにょごにょ言っていたが、
風の音に掻き消えてよく聞こえなかった
それから髪飾りを丁寧にポケットにしまった。
くるりとこちらに振り向くと、そこには最高に可愛い笑顔があった。
「ありがと 大事にするね」
(うっおカワワッ!? ウゥッ し、シンゾウガッ)
「さぁ、帰って肉祭りよ!」
「ハイッ ワカリマシタッ」
俺は痛む心臓を抑えながら
飯を待っている二人の元へと向かった
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