三浦 透のその後
後輩ができたと聞いたとき、
正直、嬉しさより先に不安が来た。
自分が、人に何かを教える立場になるなんて。
小林真帆は、配属初日からよく喋った。
「これって、なんでこうするんですか?」
「昨日の資料、見ましたけど、ちょっと違くないですか?」
言い方は素直だ。
でも、遠慮がない。
透は一瞬、言葉に詰まる。
(昔の自分なら、こんなふうに聞けなかった)
真帆は空気を読まない。
というより、読もうとしていない。
昼休みも、隣に座ってくる。
「三浦さん、いつも静かですよね。
怒らないタイプですか?」
「……たぶん」
答えになっていない返事に、真帆は笑った。
ある日、真帆がミスをした。
小さな数字の入力ミス。
でも、放っておくと後で響く。
透は画面を指して言った。
「ここ、違う」
それだけ。
真帆は首を傾げる。
「え? なんでですか?」
透は一度、深呼吸をした。
怒鳴る必要はない。
でも、曖昧にもできない。
「理由は三つあります」
一つずつ、静かに説明する。
真帆は真剣な顔で聞いていた。
「すみませんでした」
真帆は素直に頭を下げた。
透は少し驚いた。
(ちゃんと、受け取る人だ)
帰り際、真帆が言った。
「三浦さんって、優しいですよね」
透は立ち止まった。
優しい。
その言葉が、少し怖い。
「優しくは、ないです」
そう答えると、真帆は首を振った。
「ちゃんと教えてくれました」
席に戻って、透は一人考える。
厳しくしなかったのは、
嫌われたくなかったからじゃない。
自分が、
言葉で人を傷つけられる立場に来てしまったことを、怖がっていただけだ。
教えるって、
強くなることじゃない。
相手を壊さない言い方を、
何度も選び直すことだ。
透はPCを閉じた。
今日も完璧じゃなかった。
でも、真帆は前を向いていた。
それなら、きっと大丈夫だ。
同じ職場で、
同じ時間を過ごしても、
見ている世界は人それぞれ違う。
でも、
壊さずに今日を終えられたなら、
それはちゃんと“生きた日”だ。




