時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「ミカの悪夢」
「時間戦士は永遠の夢を見るのか」本編では、常に志音かアミカナの視点で描かれていました。ただ、それだと、二人がいないところで起きている出来事を描写できません。もう少しだけ書きたいことがあって、番外編をアップロードさせて頂きました。
<遥か未来、5人目のアミカナが生まれる前日>
「やあ、ミカ君。君が複製の前にここに来るとは珍しいね」
白を基調とした部屋の中で、眼鏡をかけた白髪のカウンセラーに椅子を勧められ、ミカ=アンダーソンは腰を下ろした。続いて、湯気の立ち昇るカップが出される。
「今度は5回目かな? 今回のアンドロイドは新型だそうだが?」
「はい。そうです」
会釈しながら、彼女はカップを受け取った。
カウンセラーは、それ以上言うこともなく、自分のカップの紅茶をすすった。彼女は、カップを両手で抱え、揺らぐ紅茶の表面を見つめていた。
暫くの沈黙の後、意を決したように、彼女は話し出した。
「あの……実は、最近、よく悪夢を見るんです……」
「悪夢?」
彼女は頷く。カウンセラーはカップを置いた。
「どんな悪夢か、よかったら話してくれないか?」
ミカは目を伏せた。カップを握る手に力が入る。一度目を上げて何かを言おうと口を開いたが、結局何も言い出すことができず、再びカップに目を落とした。
「……すいません……それは言えません……ただ、何度も胸が張り裂けるような夢です……目が覚めると、いつも涙を流しています……」
「……分かった……」
微笑んだカウンセラーは再び紅茶を口にした。
「……今日は、先生にお聞きしたいことがあって……」
そう言うと、彼女は人差し指で鼻先を擦った。長い逡巡があった。
「あの……凄く……凄く馬鹿げた考えなんですけど……」
ようやく顔を上げた彼女は、作り笑いを浮かべたが、カウンセラーが向ける真剣なまなざしに気付いて、真顔になった。わずかに身を乗り出す。
「オリジナルと、コピーされたアンドロイドとの間で……その……意識が共有される、ということはあり得るでしょうか?」
「……なるほど……」
カウンセラーは腕を組んだ。
「古典精神学には、集団的無意識なる概念があるが、私はあまり同意できないね。ただ、オリジナルとコピーのニューロン・ネットワークには殆ど差がない。言わば、全く同じ精神の器が二つあるということだ。これは、量子頭脳が誕生する以前にはなかったことだ」
そういうと、一口紅茶を飲む。
「そもそも、我々は、未だに精神というものをしっかり定義できていない。それだけを取り出して見ることもできない。それが、時空を超えて共有されることを否定する材料は、現段階ではどこにもない。だから、私の答えはイエスだ」
彼の答えに、青い瞳が見開かれた。
「……そうですか……」
彼女は椅子の背にもたれた。長い息をつくと、納得したような、安堵したような表情を浮かべる。
「紅茶をどうぞ」
彼に勧められて、ミカは今気付いたかのように、手にした紅茶を口にした。その温かさは、思いつめた心をゆっくりと溶かしていくようであった。
「ミカ君」
彼女が紅茶を飲み終わる頃、カウンセラーは尋ねた。
「任務が近い。君が望むなら、悪夢を消し去る薬を処方することもできるが、どうするね?」
カップを置いたミカはハッとした。目を伏せる。しかし、鼻先を擦ることはなかった。
「これが、私の罪悪感から来る妄想ではないのなら……」
そう言うと、決意を込めた青い瞳を、彼に向けた。
「もしそうではないのなら、この心が切り裂かれるような悪夢は、コピーが経験した記憶として、しっかり覚えておきたいんです」
カウンセラーは頷き、彼女は微かに微笑んだ。
「紅茶、ご馳走様でした」
部屋を出ようとして、ふとミカは足を止め、カウンセラーを振り返った。
「この悪夢は、次のアンドロイドにもコピーされるでしょうか?」
彼は微笑んだ。
「器は同じだ。彼女も夢を見るなら、あるいはね」
本編中の奇蹟は、ただ奇蹟のままでもいいのかも知れませんが、希望は偶然やってきたのではなく、ミカの意志も介在したのだ、ということを示したいと思いました。最後の最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。




