隣のツンデレヒロインはまともじゃない
「ん、何か騒ぎか?」
教室に入ると、いつもと雰囲気が違った。
喧噪の度合いは大して変わらないのだが、何というか浮足立っている。
もしかしてあれか、木乃葉が言っていた転校生関連だろうか。
そう思いながら隣の席をチラ見すると、
「あ、名前」
クエスト発生だ。先ほどまでなかった名前シールが、机と椅子に装着されている。
どうやらアタリだったらしい。
どれどれ、名前は。
いずれラブコメするであろうヒロインの名だ。しかと目に焼き付けておこう。
「はーい。席に着きなさい」
そんな時、ちょうどいいタイミングで担任教師が現れた。
一ノ瀬ロリエ。金髪ロリだが立派なレディだ。騙されちゃいけない。
それはそうと、すぐに自己紹介があるだろう。転校生の名前はわざわざ確認する必要はなさそうだな。
「手続きの関係で一日遅れたけれど、転校生が来ることになったわ。はーい入って来て」
唐突なロリエの報告に、一同ざわめく。
ガラガラと扉を勢いよく開け、一人の女子が入ってきた。
最初に目を引いたのは、美しく洗練された金髪で。
「今日からここで過ごすことになった、和葉・ツン・デレーリアよ!」
一気に引き込まれた。何に? その自信満々な立ち振る舞いにだ。
名前からもわかる通り、ハーフのようだ。金髪のロングヘアをツインテールに結び、宝石のような碧眼をきらめかせている。
俺を含め、クラス全員がかたずをのんで和葉の次の言葉を待っている。
さぞかし素晴らしい自己紹介をするのだろう。
そんな期待が、クラス中を駆け巡る中、
「イギリス生まれイギリス育ち! 日本語はアニメを見て覚えたわ! 公道をスケボーで爆走するのが夢で、好きなことは従順な下僕を作ることよ。みんなをあたしの下僕にできたらいい(?)なと思うわ。下僕メンバー募集中。よろしくね☆」
空気が凍った。
俺とたいして変わんねえじゃねえか。心の中でそんなつっこみを入れてしまった。
どこか既視感を覚えるそんな自己紹介に俺は戦慄し、この先の一年間に一抹の不安を覚える。
しかも周りのクラスメイトが何故か俺の方を見てくるし。
やめて! そんな「同類じゃん(笑)」みたいな視線向けてこないで!
「え、ええと。とりあえずあなたの席はヤンキー、じゃなくて、あそこの金髪の隣よ」
さすがの先生も動揺してんじゃねーか。顔引き攣ってるし。
「わかったわ!」
ふんすふんす、と鼻息を荒くさせて俺の方に接近してくる。
どうやら俺が間違っていたようだ。こんなの俺が知ってるラブコメじゃない……。
下僕になんかなりたくねえ!
「あんたがあたしの隣ね! 名前はなんて言うの?」
普通に関わり合いたくないので目を逸らしていたが、そんなのお構いなしで話しかけてきた。コイツは完全にやべぇやつだ。
「……い、伊東浩太だ」
仕方ないので自己紹介はしておく。
いつもなら『友達を作るチャンス』だと意気込んでアプローチするところだが、残念ながらそんな気になれない。
だって怖いんだもの!
ていうか、あんな自己紹介かましといてなんでそんなに堂々としてるの!?
むしろ『決まったわww』みたいな表情させてるし。
「ふーん。なんだかパッとしない男ね! 日本のヤンキーはみんなこんなのばかりなのかしら」
「残念ながら俺はヤンキーじゃねえよ」
「なんだ、見掛け倒しね! せっかくヤンキーを下僕にできるチャンスだったのに」
和葉は席についてパタパタと足を動かしながら無邪気に笑う。
俺のことをポケ⚪︎ンか何かと勘違いしているのだろうか。
ゆるく制服のシャツを着こなし、爽やかな香りが漂う。スタイルも無駄に良い。
しばらく見ていると、先ほどのことを全て忘れて見惚れてしまいそうになる。
見た目だけは最強だ。この見かけに騙されて告白する男がいないことを祈るばかりだ。
「ていうか、転校生って言ったら王道ラブコメの展開じゃない」
和葉が唐突にそう言った。
「ま、まあそうなるな?」
「あたし、期待して教室に入ってきたのに、それがこんなに冴えない男子なんて、世も末だわ!」
「わ、悪かったな! いくらアニメ大国日本でも、そうそう起こってたまるかよ」
そうたしなめる俺だが、ちょっと残念だったりする……。
まあ、ラブコメが現実になると、春の時期にキャッキャウフフするカップルが大量増殖することになるからな。それはそれでなんかやだ。
「そこー。猥談は授業が終わってからにしなさい」
ロリエがなにやら含みのある笑みを漏らしながら注意してきた。小柄で童顔な見た目の人間が発する言葉じゃない……。
てか、教師が猥談とか言うな。
「すんません」
さすがにつっこむと周りの視線が痛いので素直に黙る。
「(ねえ、浩太。わいだんって何?)」
頭の上に『?』を乗せて聞いてくる和葉。
「(猥談ってのはな、仲良くお話しすることだ)」
すまん和葉。恨むなら担任教師を恨むがいい。
「(日本語は種類が多くて難しいわね! いいわ、授業が終わったら存分にわいだんしてあげるから、感謝しなさい!)」
「(おう、楽しみにしてるぜ)」
へへ、本当の意味を知った時の和葉の表情を見るのが楽しみだぜ。
「……そこ、二回目よ」
気がつけばクラス全員の視線を集めていた。
どうやら小声で話していたつもりが、全然小声じゃなかったらしい。
「すんません……」
謝る俺をよそ目に、和葉は何食わぬ顔をさせて鼻歌を歌っている。メンタルどうなってんだマジで。
だから、かおりさん。
視界の端で『変人同士お似合いね(笑)』みたいな視線向けてくるのやめてもらっていいですか……。
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作者は励みになるどころか咽び泣きながら喜ぶことでしょう。




