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難聴系です。だからこそ主人公は難聴系なのです。

「ということがあったんだよ」


 昼休み。

 中庭で弁当の卵焼きを突っつきながら、俺はとなりに座る幼馴染、ひいらぎ木乃葉このはに駄弁っていた。

 木乃葉は姿勢よく背筋を伸ばし、丁寧に膝の上で風呂敷を広げている。そんな彼女の姿は、控えめに言って絵になっていた。


「だから騒ぎになってたんだね~」

「ん、騒ぎ?」

「なんか、小刻みにステップをしながら、自分の席に座っていた不届き者を半泣きにさせた輩がいるって、四組で噂になってたよ」

「なにそのカチコミに来た不良みたいなシチュエーション!? 噂に尾びれ付きすぎだろ……」

「やれやれですよ、浩太くん……。幼馴染で家族ぐるみの付き合いで、君の不器用さもある程度熟知している私でも、カバーしきれないこともあるんだよ?」

「不器用なのは認めるが……。今回俺何もしてなくない?」


 ちっちっちと、木乃葉は人差し指を振り子のように動かす。


「そもそもね。向こうの立場になって考えてみるんだよ」

「向こうの……?」

「オタク君たちは、わりと内向的で秘密主義な子たちが多いんだよ。だからいきなり異分子が乱入してきたら警戒するの」

「なんか、やけに強調してる部分があったような気がしたけど……。まあ、それはさておいても、お前の言う通りだな。その通り過ぎてぐうの根も出ませんな」

「でしょう? そして相手は、全国を股にかけて暴走族集団を撲滅させていると噂される孤高のヤンキーときた。怖がるのも無理はないよ。小刻みにステップしながら近づいてくるし?」

「なに、その設定流行ってるの? かおりにも言われたんだが!? あとステップじゃなくてスキップ!」

「普通、男子高校生にもなって教室でいきなりスキップしないよ」


 確かに……。何故か納得してしまった。


「えいっ」

「ああ、おい!」


 木乃葉はまるで猫のように素早い動きで箸を滑らせて、俺の唐揚げをかっさらっていった。

 小さい口で唐揚げにかじりつきながら、


「おいひい」


 と顔をくしゃりとほころばせる。


「あたりめーだ。桜が作ってくれたからな」


 恥ずかしながら、優秀な俺とはいえ料理まではできない。

 両親は基本仕事で朝早くに家を出て、夜遅くに生還する社会人戦士なので、家事全般は妹の桜がこなしている。


「桜ちゃん、可愛いし料理もできるし、完璧さんだねえ。浩太くんがシスコンになるのも無理ないね?」

「前半は認めるが、後半は認めんぞ」

「私も頑張らないとね」

「いや、お前は十分すごいだろ」


 そう言ってくしゃりと微笑む木乃葉は、自己評価は低いものの、なかなかにハイスペックだ。

 本人は否定しているが、容姿もかなり整っている。メガネをつけていてメイクもほとんどしてなくてこの可愛さは異次元だ。成績も良いし、優しいし……、あれ、天使か?


「むしろ俺の方こそいいのかなって感じだよ」

「いいって?」

「だって、俺、あんま良い噂ないし、誤解とかされるだろ、色々。それにお前、結構モテるじゃん?」

「そっちの方こそ愚問だよ。浩太くんの良さは私だけが知っていれば十分です」

「モテるのは否定しないんだな」

「浩太くんと一緒にいれば、強くアプローチされなくて済むしね」

「俺は身代わりだった!?」


 とツッコみを入れつつ、

「でもまあ、お前が楽しけりゃ、俺はそれでいいぜ」

「またまた、調子のいいこと言って。昨日は私に待ちぼうけ喰らわせたくせに」

「わ、悪かったって! だから拳に力入れないでぇ!?」


 どこかの誰かさんに脅h、じゃなくて、勧誘、されたせいで木乃葉に締め上げられたことは当分の間、夢に出てきそうだ。


「やっぱり、私が言ってたことは割と事実だったよね」

「というと?」

「浩太くんは意外とモテるってこと」

「ないない。かおりは単に、誘いやすかったのがたまたま俺だったから誘ったんだよ」


 脅迫材料もそろってたし……。


「じゃあ、誰かが浩太くんを取る前に、私がもらっておこうかな? ……なんちゃって」

「はー? なーに言ってんだ。お前はもっと良いやつとくっつくべきだろ」


 こんな不良みたいな見た目な奴、木乃葉に悪いだろしな。


「もーう!! 浩太くんはいつもそうやって。この鈍感系! 難聴主人公! たぶらかしヘンタイシスコンヤンキー!」

「ぐふぇえええっ! ぐ、ぐるしい。むなぐら掴まないで……」


 やっぱり今日も相変わらず木乃葉は超絶馬鹿力だ。

 むなぐらをつかまれて木乃葉にぶん回され、昇天しかける俺。


「ご、ごめん」


 朦朧とする意識のなか目を開けると、我に返った木乃葉が心配そうに俺の顔を覗いていた。


「だ、大丈夫だ。それより本題があってだな」


 頼めるのは幼馴染しかいないの!


「だいたい察しはつくけどねぇ。言ってみて?」

「さっき話した通り、クローズドサークルに入部してもらいたくてだな」

「いいよって言ってあげたいのは山々なんだけどね。ごめんけど無理かなぁ」

「やっぱそうだよな。家の手伝いあるもんな」


 木乃葉の家は古くから継承される旅館だ。

 彼女は大抵、放課後は両親の手伝いをするために早々に帰宅する。だから部活動には入っていない。


「(……入れないけど、でも……かおりさんがとても気になる……! へ、へんなこととか起こらないよね……?)」

「ん、なんか言ったか?」

「ぼっちくんの健闘を祈ると言ったんだよ~。たまには幼馴染に頼らず強く生きてくださいな」

「うう、まあボチボチやってみるぜ。ぼっちだけに……。ま、ありがとな、いろいろ」

「ううん。こちらこそ肝心な時にごめん(あとダジャレ寒い)。でも、お詫びに有力情報を教えてあげる」

「おお、なんだそれ!」


 やっぱ持つべきは幼馴染だ。どこぞの葉恋痴さんとは大違いだ。

 俺が目を輝かせて食らいつくと、木乃葉はコッソリ耳打ちして、

「転校生が来るみたいだから。チャンスかも」

「て、転校生だと」

「うんうん。もしかしたら隣の席のそれが、その子かもね」

「何そのラブコメ展開。順序すっぽかして、俺にも彼女が……?」


 そうなったら飛び級じゃねぇか。

 ついにリア獣、じゃなくてリア充の仲間入りか!


「妄想を捗らせるのはいいけど、あんまり変なことしちゃだめだよ?」


 くつくつと木乃葉は笑って、

「浩太くんのラブコメは、幼馴染が許しませんっ」


 そう言って、木乃葉は自然な動作でウィンクをする。


「……!?」


 木乃葉が言い終わるのと同時に、昼休みを終えるチャイムが鳴り響いた。「じゃ、またね」木乃葉は俺にそう告げて、そのまま去っていく。

 俺は彼女の背中を見ながら、乙女のように手で口を押えた。


「こ、これじゃあまるで、『時々ボソッとデレてくる幼馴染の木乃葉さん』じゃねえか……」


 でもまあ、もしかして俺のこと好きなのか? なんて、んなわけねえよな。

 だって幼馴染だし。向こうにそんな気、あるはずないさ。

 疲れてんのかな、俺。そう思いながら、俺は再び教室に戻ったのだった。

 

 一方その頃、木乃葉は――。


(やっちゃった、やっちゃった、やっちゃったぁ~~っ)


 顔を真っ赤に染め上げながら、階段を駆け上がる彼女がいた。


(だ、だって、浩太くん、すごく鈍感だもん。これくらいしないと、でもやりすぎたかな……。変に思われてないかな……?)


 最近、浩太はいよいよ友達作りに本腰を入れ始め、かおりという新たな友達まで作ってしまった(本人は否定している)。

 それまで安心しきっていた木乃葉も、少しづつだが焦燥感を抱きつつあったのだ。


(このくらいしておかないと。せっかく幼馴染ポジションにいるんだから!)


 そんなことを思いながら廊下を歩いていた時だった。


「——君ね」


 聞き覚えのある名前が聞こえて、思わず木乃葉は足を止めた。盗み聞きなんてほめられたものじゃないけれど。


 ——私、伊東君いいなって思ってるの!

 ——ええ~、明美、それはちょっと趣味悪いよ、ヤンキーじゃん。

 ——伊東君はヤンキーじゃないよっ……、たぶん。

 ——でも、彼女いるくない? 柊さんだっけ。

 ——あの二人ずっと一緒にいるし。

 ——付け入る隙ないっていうか。

 ——あの二人で完結してるよね~。明美もやめときな?

 ——……そうだね。柊さんに悪いし。


 ドキッと、心臓がはねた。

 体中から血の気が引いていくような、そんな感覚に陥る。


「わ、私のせいで」


 浩太くんに友達がいないのは……、私のせい?


「あれ木乃葉っち、顔色悪い?」

「ううん。大丈夫だよ〜」


 木乃葉は何事もなかったように教室へ戻った。浩太の教室の前を通らないように遠回りをして。

 彼女の足取りはどこかおぼつかないものになっていたのだった。

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