ハイパーウルトラスーパーミラクルハイテクハイレグハピネスキック
トーク 天音
オーケー。任せろ。
素早くそれだけを返したシュウは、ドキドキしながら部屋でシャドーボクシングをしていた。興奮したら妙にヤリたくなってしまうのだ。
(いやいやいや、え、誘拐!? マジで何やってんの!? そんなラブコメ展開現実で起こるのか!? 起っちゃうのか!?)
いけねいけねと、燃え上がる己の作家魂を鎮める。次の作品の参考にするのは確実だが、今は天使からのお願いにバッチリ答えるとしよう。
「天音ちゃんのお願いは、応えないとまずいっしょ」
シュウはそのままとある人物に電話をかける。幸いにも相手はワンコールで出た。
この早さは昔から変わってない。
「久しぶりっす。早速ですけど頼みたいことがあるんすけド」
——何の用だ。仕事用の携帯だぞ。
とても低く、それでいて不愛想な声音だった。
「割と緊急事態っぽいんで、一度しか言わないっすよ」
——言え。
相手は黙って続きを待っている。
「――ってわけです」
——分かった。すぐに動く。
相手はそれだけ言うと、プチっと電話を切ってしまった。
(相変わらず、せっかちだなあ……、まあ、無理もないかぁ)
かつての記憶を思い出し、シュウは懐かしい気持ち半分、嫌な感覚が蘇る。
「まあいいか。……てかオレ、今最高にかっこいいんじゃね……?」
主人公を支え陰ながら動く優秀キャラと自らを重ね合わせて、シュウは一人ニヤニヤしながら、車のエンジンをふかし上げた。
◆
「はあはあ……。っと、ここだな……」
21時32分。
半ば倒れ込むようにして自転車から降りる。辺りを見回してみると、そこは思っていた以上に暗かった。
辺りはもう使われてない工場や、誰が停めるのか定かではない、だだっ広い駐車場があるだけだ。
廃校舎というぐらいだからツタやら雑草やらが生い茂り、壁ははがれ落ちてとんでもないことになっているんじゃないかとひやひやしていたが、意外とそうでもないらしい。
割と普通だ。廃校になってからそれほど日が経っていないというのもあると思うが。
俺は敷地を囲う柵をたどって、中の様子を窺ってみる……が、特にここからじゃわからない。木乃葉に会うには、やはり中に侵入するしかないらしい。
歩いていると、こつんと何かを蹴ったらしい。
「ん、なんだこれ」
つま先に当たった硬い物体に、「石か?」とスマホのライトを照らしてみる。
「誰かが落としたのか?」
スマホが落ちていた。拾い上げてみるとどこか既視感が否めないデザイン。
どっかで見たことのあるスマホケース(確信)だな、と思いながら試しに画面に触れてみる。
「電源が切れてんのか?」
充電が残っていることを一縷の望みにかけて電源ボタンを長押しすると、幸運なことに明かりがつき……。浮かび上がってきたのは、際どいアングルから見る、一糸まとわぬ美少女の全裸イラストで。
「エロイラストじゃねえか!」
俺は思わずスマホをぶん投げてそう叫んだ。待ち受け画面をエロイラストにするどアホがどこにいる! と思っていたが、どうやら身近にいたらしい。
このスマホの落とし主はかおりで確定だろう。
「ったく、こんなの落としてあいつらはどこに行ったんだか」
兎に角。
こんなところで立ち往生していても仕方がないので、俺は外壁を軽く乗り越えて、廃校舎に侵入した。
◇
校舎の中どうやって入るんだ、なんて心配は杞憂に終わり、あっさり侵入を成功させた俺は、スマホのライトを頼りに廊下を歩く。
コツ、コツ、コツ、コツ。ドクン、ドクン、ドクン。
緊張で心臓の鼓動が頭にまで響いてくる。足音と拍動が妙なリズムを形成し、俺はスマホを握る手に力を込めた。
別に幽霊が怖いとか、そんなんじゃ断じてないが! ……ないが?
てか、なんでこんなことやってんだろ。かっこつけて飛び出してきてしまったが、もう帰ってたらどうすんだ……。
とはいえ。俺は辺りを見回す。
先ほど外観を見て思ったのと同じで、例えば窓ガラスにひびが入っているとか、蜘蛛の巣がいたるところに張り巡らされているとか、そんな様子は見受けられない。
音楽室から謎のピアノの音がきこえてくる、みたいな超常現象もない。理科室の人体模型が一人でに動き出して踊っているとかもなさそうだ(まだ確認してないからわからないが。……大丈夫、だよな?)。
一階。
昇降口から道なりに廊下を進むと職員室が見えてくる。扉の鍵は開いている。中を覗くが誰もいない。そのまま隣は保健室。これもまた誰もいない。
続いて、教室。
「うん……。いないな」
開いたドアは開けっ放しにしておく。探すときに二度手間を防ぐのと、誰かが閉めたらわかるようにするためだ。
俺は余計な思考を除外しながら事務的に機械的に木乃葉を探す。声を出したいが、警備員がいたらまずい。
「一階はこれで最後か」
いつの間にか体育館まで来ていた。教室はすべて見終え、「さすがに体育館はないだろ」なんて呟きながら「いや念のため……」と思い直し、結果、俺は体育館の扉に手をかけるに至っている。
と、そんな時だった。
「!」
俺は思わず肩をビクンと跳ね上がらせた。足音だ。 俺はとっさに身構える。
耳を澄まして、瞳をドアの隙間に移動させ、俺は……。
——叫んだ。
「木乃葉っ!」
扉をドカンと勢いよく開けて俺は臨戦態勢。
感情が高ぶるのを確かに感じた。これはいったい、いつぶりだ。こんなにも衝動に駆られて走り出すのはいつぶりだ? 燃え上がるように体が熱くなる。
俺の叫び声に、体育館にいた二人は肩を跳ね上がらせ、こちらをぎょっとした顔で振り向いた。
男だ。変な男だ。なんというか、チャラい。羨ましいくらいサラサラ黒髪マッシュに、耳や鼻についたアクセサリー。制服はだらりと着こなしている。
(なんだこのくそヤリチンみたいな男はっ!)
「だ、誰!? ひ、ひえっ……」
俺の威嚇にひるんだ男は何事かと目を大きく見開く。
「うおおおおおお!」
俺は全速力を緩めることなく、男に急接近。
(まさか事後か!? そうなのか!? 襲ったのか!? やっちまったのか? 『いやああん、助けて』『お、おりゃあッッ』『ああん♥』ってやっちまったのか?)
瞬時に想像し、俺は全身にこれでもかと力を込めて、咆哮。
「俺の幼馴染に手ぇ出したやつはてめええええかあああああ!!!! オラァァッッ!! シ○ぇぇぇ!!! んおうぉぉぉんどりゃゃぁぁぁ!! このやりチンうんこカスマッシュルーム鼻毛くそうんこ野郎がぁぁ! くたばれゴラァァッッーーーーーー!」
と、叫び散らかして、俺は盛大にジャンプ。体が重力に逆らって突き上げるように宙へ。
「こ、浩太君!?」
そんな木乃葉の声が聞こえてくるのとほぼ同時に、
「ちょちょちょ、な、なんだ……!? ……ッッ、ぐふええええええっ!」
男は獣に睨まれたウサギのように硬直。
「くたばれこの○ソ野郎がァァッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺の飛び膝蹴りが、男のあごにクリティカルヒット!
男はとっさに身構えて後ろに飛んだが、無駄に終わり、白目をむきながら凄まじい距離を飛行して墜落した。
KO勝利である。




